第1331話「太陽に至る翼」
植物の成長に必要な要素とはなんだろう。現実では色々とあるが、惑星イザナミにおいては光、水、空気、温度、養分の5要素が重要となる。生命力の高い原始原生生物や、ある程度構造が簡略化されている種瓶はその限りではないものの、大抵の植物はこれらを欠かすことができない。
それを踏まえて〈スサノオ地下資源採掘場〉の環境を確認すると、水と空気と温度は十分。養分に関しても肥料で補える。問題となるのはやはり光だった。
「他の場所、〈スサノオ〉の周りとかに畑を作るわけにはいかないのか?」
下見も兼ねて〈スサノオ地下資源採掘場〉の暗い荒野を歩きながらスサノオに尋ねる。
単に花を育てるだけなら正直プランターでもいい。十分な肥料や環境を整えて高レベルの〈栽培〉スキル持ちが一人いれば、一つの種から三枠ぶん――つまり3,000本の花は手に入れることができるだろう。
そうでなくとも、スサノオならば都市の周囲に農地を開発することもできるはずだ。それなら無料で十分な光を手に入れられる。
『あうぅ……』
スサノオもそれは分かっているはずだ。実際、痛いところを突かれたと言わんばかりに眉を寄せている。
「何か理由が?」
『あぅ。その……他の人には秘密にしたいの』
その言葉に思わずほうと声が漏れる。確かにこの地下空間ならば通信監視衛星群ツクヨミの地上監視網からも逃れられる。彼女は管理者だから、隠そうと思えば完全に秘匿することもできるだろう。
だが何よりも驚いたのは、管理者の優等生筆頭であった彼女がそんなことを言い出したことだ。管理者同士は常に密接に情報を共有し、連携を深めることを是としている。だから俺もウェイドに懸賞金を掛けられたら、〈スサノオ〉だろうが〈サカオ〉だろうが〈ナキサワメ〉だろうがどこに居ても警備NPCに追われる羽目になるのだが。
管理者が秘密のうちに栽培をしたいとは。これはなかなか、彼女もずいぶんな不良となってしまったものである。
「なるほど、なるほど」
『あうぅ』
自分でもあまり褒められたことではないと思っているのか、スサノオは俯いてうめく。
「いいぞ、協力しよう。サプライズは大事だもんな」
俺が彼女の肩に手を置いてそう言うと、何故かスサノオは選択肢を間違えたような顔をするのだった。
━━━━━
「というわけで、この地下空間で花の密栽培をすることになったんだ。手を貸してくれ」
「まったく訳が分からないねぇ」
スサノオの依頼を受けることにした俺は、早速栽培方法の検討を始めた。そして、その一環として友人の助力を請うことにした。
突然のTELにも関わらず快く前線からやって来てくれたのは、赤髪のタイプ-フェアリー。機術師の中でも破格の実力者として知られるトッププレイヤー、〈炎髪〉のメルである。
「いったいワシに何をさせようと」
〈スサノオ地下資源採掘場〉の一角にある酒場でテーブルを囲み、メルは疑念に満ちた目を向ける。彼女と共にやってきた〈
「そんなに緊張しなくていい。ちょっと太陽を調達したくてな」
「じゃ、帰るね。お代はそっち持ちってことで」
「待て待て。ちゃんとした完璧な理論で成り立ってるんだよ!」
すっとスツールから飛び降りようとしたメルの手を慌てて掴む。
「一応私たちも忙しいんですけど……」
水属性機術の専門家であるミオが氷のような目を向けてくる。俺と賢者たちの間に挟まれて、スサノオはプルプルと震えている。
エンジョイ勢の〈白鹿庵〉とは違い、〈七人の賢者〉は正真正銘のトップバンドだ。わずか七人という少人数にも関わらず、その実力は〈大鷲の騎士団〉や〈黒長靴猫〉と共に並び立つ。
当然、〈天憐の奏上〉にもしっかりと参加していて、現在もその関連で忙殺されている。
「わざわざ無理を聞いてくれたことには感謝してるんだ。だから、もうちょっとだけ話を聞いてくれ」
さっさと出口へ向かいそうな女性陣をなんとか押し留め、俺は考案した地下栽培プランを語った。
「この地下空間で花を育てるときに足りていないのは光だろ。だったら、太陽を作ればいい」
「太陽ねぇ。アーツってそんな万能なものでもないんだけどね?」
これだから素人は、とでも言いたげなメルの目線。
アーツというのは微細なナノマシンによって局所的に不自然な現象を発生させるという技術だ。攻性機術であれば、火を起こしたり氷を生み出したりといったことができる。魔法のようだという認識もあったが、最近はエルフやゴブリンが本物の魔法っぽいものを使い始めたことで、また研究が進んでいるらしい。
とにかく、アーツはあくまで科学技術の延長にあるもの。例えばエネルギーの保存法則などには従っている――と言うことになっている。永久機関などは作れないというわけだ。
「そもそも火属性アーツにも限度はあるからね。太陽ほどの熱量を生み出して維持するのは大変だよ。それこそ輪唱でもしないと」
〈七人の賢者〉によって開発されたアーツの運用方法である輪唱。複数人の調査開拓員が共同で一つのアーツを構築することで、個人では達成し得ない規模のものを繰り出すことができる。
それくらいの労力が必要だと、他ならぬ専門家が言うのだ。
「強制的に対象の温度を上げるアーツとかあっただろ。ああいうの使ったらできないか?」
「あー、アレねぇ」
先日のアップデートでも少し話題に上がっていた術式。対象の温度を、その対象がなんであれ、一定の条件さえ満たせば強制的に上げることができる、というものがある。
アプデで話題になっていたのは、数十人規模の輪唱機術によって、海水を700℃とかにしていたことだったか。
しかし、あれでも太陽は難しいとメルは言う。
「太陽って表面温度でも6,000℃らしいじゃないか。さすがのワシでもそれは難しいね。それに、そもそも太陽は単純な火の玉というわけでもない」
「そこまで忠実に再現する必要もないんだけどな。こんなところに本物の規模の太陽なんて出したら、それこそ壊滅だろ」
「とにかく、難しいってことだよ」
「うーむ……」
アーツによって人為的に太陽を作る。アイディアを思いついた時は妙案だと思ったのだが、実際に専門家に相談してみると現実味が薄いことが分かってしまった。
紅茶で唇を濡らすメルを見て、スサノオもしゅんとしてしまっている。
「そもそも加熱するのって結構コストがかかるんだよ。火属性機術師界隈でもよく最高温度記録とか取ってるけどね」
「そんなダメージ競争みたいなことしてるのか」
レティも最高攻撃力を競う選手権に参加していたり、トーカがクリティカル連続回数コンテストに出てたりするようなものだろうか。機術師界隈はあまり詳しくないが、そっちはそっちで面白そうだ。
「前に優勝した時は『熱い灼熱の高温の焼け爛れた高熱の燃え盛る焦土の溶解する白熱の超絶の燃え燃え盛る燃え立つ燃え上がる燃えこがる燃えたぎる燃え広がる炎威炎炎炎火の炎熱の焔』っていう術式使ったし」
「気持ち悪いなぁ」
「レッジに言われたくないね。まあ、実用性が皆無なのは認めるけど」
率直な意見に率直な返しをしながら、メルは苦笑する。
熱や火に関連するアーツチップも膨大な数があり、それを組み合わせることで一瞬の煌めきを生み出す。この術式は持続時間やLP効率などを全てかなぐり捨てたもので、発動にも数分単位の時間がかかる。そうして数秒程度の炎しか出せないのだから、なかなかだ。
「温度を維持するならまだなんとかなるんだけどね。太陽なんてものを作ろうっていうのは、流石に翼を焼かれても文句を言えないでしょ」
神に挑むような愚かな行為。そんなことを言いたいのだろうか。
メルは肩をすくめて今度こそ椅子から降りる。
しかし、俺は彼女の手を掴み、再び引き留めた。
「温度を維持するだけなら、なんとかなるのか?」
「え? まあ、そうだね」
「だったら、火種はこっちで用意しよう。それなら、何とかなるかもしれない」
俺がそういうと、メルはあからさまに顔を顰める。トッププレイヤー特有の勘の良さが働いたのは、まさしく火を見るよりも明らかだった。
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Tips
◇ 『熱い灼熱の高温の焼け爛れた高熱の燃え盛る焦土の溶解する白熱の超絶の燃え燃え盛る燃え立つ燃え上がる燃えこがる燃えたぎる燃え広がる炎威炎炎炎火の炎熱の焔』
22のアーツチップによって構成される火属性上級攻性アーツ。89GB級の術式規模であり、単独で実行するには卓越した技能を要する。
わずかな時間、著しく超高熱の炎を生み出す。
“第52回ヒートアップファイアコンテスト優勝機術に認定”――機術協定委員会
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