第1318話「姉妹の愛情」
T-3のアドバイス通りにレアティーズに愛を伝えたら、何故か泣かれたし逃げられた。いったい何がどうなっているのかさっぱり分からない。
「何が悪かったんだ……?」
『んふふー』
ミートの頭の花を撫でながら、ヒリヒリと痛みを発する頬を押さえる。
「そういうところですよ」
「ほんとほんと。一回馬に蹴られたらいいんじゃない?」
「こればっかりは擁護のしようもないわねぇ」
呆然と立ち尽くしていたら、レティたちから追撃まで受けてしまった。俺はただみんなを愛そうとしていただけなのに。
『パパ、私も頑張った。えらい?』
「うん? おお、イザナギか。わざわざ来てくれてありがとうな。おかげで助かったよ」
人混みの中から現れたのはイザナギ。すっかり成熟した大人の姿になった彼女は、尻尾や翼、ツノも立派なものだ。しかし、中身というか精神面ではまだまだ力が戻っていないのか、ミートと張り合うように頭を寄せてくる。
今回の作戦はミートとイザナギが鍵になっていた。彼女たちでなければあの黒霧に対処することはできず、レアティーズを引き摺り出すこともできなかったはずだ。二人にも改めてお礼を言って、彼女たちを連れてきてくれたラピスラズリにも感謝を伝える。
『もしもーし。こちら狙撃班なんですけど』
現地で片付けと掃討が始まる中、ルナからTELが届く。地上街に陣取っていた彼女たちが、レアティーズを追いかけてくれていたのだ。
「レアティーズが見つかったか」
『とりあえずずっと追いかけて、マークできてるよ。ただねぇ……』
ルナはそう言って言葉を濁す。
「どうかしたのか?」
『実際見てもらった方がいいかもね。スクショ送るよ』
直後にルナから一枚の画像が届く。彼女も〈撮影〉スキルとカメラは持っているため、かなり高精細な写真だ。白い廃墟の街並みが広がる美しい光景の真ん中に、瓦礫を積み上げたような塔がある。その頂点に黒い球体が鎮座しており、塔の足元では狙撃部隊らしい調査開拓員たちが困り果てている様子が写っていた。
「これは?」
『お姫様が引き篭もっちゃったのよ』
「ええ……」
地上街に飛び出したレアティーズは、そのまま周囲の瓦礫をかき集め、即席の塔を構築。その頂上に陣取り、黒い球体の中に入ってしまったとのこと。球体は非常に硬いようで、ルナたちの狙撃も虚しく弾かれてしまったらしい。
「先方から何か要求は?」
『なんにも。こっちの声も聞こえてるんだか』
どうしようもない、とルナは嘆息する。ともあれ、俺たちも現地に向かわないわけにはいかないだろう。
「アストラ」
『了解です。こちらの後片付けは任せてください』
「話が早くて助かるよ」
アストラにTELすると、ワンコールもしないうちに返答がある。こちらが何も言っていないのに、頼みたいことを先回りして承諾してくれるのは嬉しいやら頼もしいやら。
「レッジさん、大丈夫なんですか?」
地上街への経路を確認していると、レティが不安げに尋ねてくる。
ひと騒動あった後とはいえ、まだ根本的な解決はなにもしてない。レアティーズはいまだに強い憎しみを抱えていることだろう。おそらく、あの黒い球体も彼女が自らを封印するためのものだ。
だが、俺はレティほど不安を抱いてはいなかった。
「なに、役者は揃ってるんだ。あとは舞台を整えるだけさ」
俺はそう言って、早速地上街へと向かう。
地上と地下はいくつかの連絡塔によって繋がっている。そのうちの何本かは戦闘の余波で破壊されていたのだが、すでに戦場建築士の皆がすっかり直してくれていた。
「しっかし、ピラーも全部破壊されてるんだな……」
「霧がほとんど壊しちゃいましたね。跡形もなく消えてますよ」
道中、俺たちが“影雲”に入っていた時の惨状の痕跡を目の当たりにする。あれほど猛威を振るっていたピラーも黒霧の前にはなす術もなかったのか、ドロドロに断面が溶けてしまっている。
おかげで俺たちは歩きやすいが、塔の管理者とやらは今頃頭を抱えていることだろう。
「タワーのパワーも半減したわーってことだな」
「……はい?」
「いや、なんでもない」
自分でもちょっと苦しいかなって思ったから。だからそんな目で見ないでくれ。
連絡塔の螺旋階段を登り、地上街へと出る。すると、そこにはすでにルナたちが待ち構えていた。
「よう。貫通狙撃は流石だったな」
「レッジの修正指示が的確だったんだよ。おかげで楽だったもん」
ミリタリースタイルで金髪碧眼の少女、ルナはそう言って手で銃のジェスチャーを取る。彼女の地殻貫通狙撃のおかげで、レティたちも特攻を仕掛けることができた。いくら俺が座標を指示したとはいえ、それを正確かつ迅速に実行できるのは、彼女の実力だろう。
「それで、ルナ」
「ちゃんと連れてきてるわよ」
そう言って、ルナが背後を振り返る。その視線の先に、重曹盾兵たちによって厳重に警護されたエルフの少女が立っていた。エメラルド色の瞳に憂いを浮かべた、色白の美女、オフィーリア。改めてその容姿を見ると、なるほどレアティーズとよく似ている。
まあ、オフィーリアは小豆色のジャージを着ていて、なんともミスマッチな出立ちなのだが。
「オフィーリア、レアティーズのことは分かるか?」
一応、確認を兼ねて尋ねる。エルフの王女はこくりと頷いた。レアティーズは、彼女の姉である。その事実が双方で一致した。忘れられていないということだけで、かなり安心した。
「それじゃあ、会いに行こうか」
レアティーズを絶望の淵から助け出せるのは、俺たちではない。唯一の肉親であるオフィーリアが、その鍵になるはずだ。彼女も瞳につよい覚悟の光を湛えて、口をしっかりと結んで頷いた。
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Tips
◇ジャージ
柔らかく伸縮性のある厚手の布を用いた運動着。体を締め付けず、楽に着ることができる。胸元に名前を書くこともできる。
“あえてシンプルなデザインだからこそ、素材が光るというもの。芋ジャージこそが女性を飾り立てる至高の衣装。これこそが宇宙の真理なのである”――イモジャー・ジダイスキー
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