第1317話「愛する者」

 緊急退避用並行次元干渉テント“影雲”。内部に入った者を隣の次元に移すことで、一定時間あらゆる攻撃から守ることができる特別なテント。レアティーズの暴走の直前、ほんの一瞬だったが、このテントの展開が間に合った。

 そして、事前に頼んでいた通り、〈百足衆〉のムビトたちは応援に駆けつけてくれた。レアティーズの注意を引き、彼女が激昂し、そして分厚い地殻に穴を開けるのを促すために。

 その結果が、今ここにある光景だ。


「空が……」

「すげぇ、天井ぶち抜きやがった……」


 レアティーズの魔法だか何だか分からん爆発によって、地下街の天井が貫かれた。分厚く頑丈な地殻が凄まじい衝撃によって吹き飛ばされ、穴の向こうから光が降り注いでいる。

 まるで、地上へと誘うきざはしのようなそれは、思わず写真に収めたくなるほどの絶景だ。


『なんなのよこのテント! 狭すぎるでしょ!』

『筐体全部無クナッチャイマシタ……』

『落トサナイデヨネ!』


 影雲の中から、ぷりぷりと怒ったカミルが飛び出してくる。彼女が抱えているのは、二つのボーリング球程度の丸い物体。緊急パージされたナナミとミヤコのコアユニットだ。流石に影雲の中に〈白鹿庵〉全員とネヴァ、更にナナミとミヤコをそのままというのは収まらない。そのため、申し訳ないが警備NPCの筐体は諦めてもらった。


「うぅ。す、すごい密着してた……」

「ごめんなさいね。図体大きくて」

「エイミーが言うなら私だってそうよ」

「はええ……」


 カミルの後から続々と現れたのは、狭いテントの中に寿司詰になっていたラクトたち。流石に窮屈すぎたようで、顔を真っ赤にしている。

 とはいえ、おかげで彼女たちも無傷でやり過ごすことができた。影雲の効果終了前までにムビトたちがなんとか片付けてくれているかどうかはギャンブルだったが、無事に賭けにも勝てた。


「そういうわけで、レアティーズ。俺と一緒に地上へ行こうか」

『っ!』


 俺はレアティーズの腕を掴んだまま、上を示す。道は開かれた。彼女は空を飛べる。ならば、あとは行くだけだ。


『でも、あーし、やっぱり……ッ!』


 唇を噛み、何かに耐えるレアティーズ。胸の奥から沸き上がる怨嗟の衝動を、どうしても抑えきれない。あれだけの大爆発を起こしたのだから、すっきりしたかと思ったが、その程度で収まるほどのものではないらしい。

 レアティーズの怒り、憎しみ、絶望。それは彼女が融合を果たしたカオスエルフたちの全てであり、カオスエルフたちが受けてきた悠久の時にわたる拷問の蓄積だ。


『ふーっ! ふーっ!』


 だんだんと彼女の息が荒くなる。再び限界を迎えようとしている。

 黒霧を投げ飛ばし、食い散らかしていたミートが、こちらへ駆け寄ってくる。ムビトたちが戦闘態勢を取る。だが、俺は彼らを手で制して、レアティーズと向き合った。


「レアティーズ。君と戦っている時から、ずっと君のことを考えてきた。君の全てを理解しようと努めてきた。結果的に分かったことはごくわずかだと思うが、それでも少しは君の気持ちが理解できたと思う。――殺したいんだろう。自分たちを殺したのと同じだけ。自分たちが受けた苦しみと等しいだけの苦しみを」


 彼女の行動原理は報復だ。自分を地の底へと連れ去ったゴブリンたちを憎み、彼らを生み出した神を憎み、神と同じ俺たちを憎む。単純明快。これ以上に分かりやすいものはない。

 だが、憎しみと衝突の果てにあるのは、どちらかの死だ。俺はそれを望んでいない。俺たちはそれを求めていない。

 だったら、どうするか。


「レアティーズ」

『なっ――』

「れれれれれれれレッジさん!!??!?」


 彼女の背中に腕を回す。彼女の華奢な体を抱きしめる。


「ちょっと何をやってるんですか危険ですよ!!!」

「レッジ、今すぐ離れて!」

「おおおおおおおおおおおおおおじちゃんんんっ!?」


 周囲が騒がしくなるが、今は俺とレアティーズだけだ。

 絶望だけが、彼女の中にある。全てを失った彼女の中に詰め込まれたのは、黒くドロリとした憎しみだ。だったら、そんなものが入らないくらい、愛してやる。


「レアティーズ、俺は――俺たちは全力で君を愛そう」

「ぴっ!?」


 レティが何か奇妙な声をあげていた。

 だが、脇目もふらずレアティーズを見る。彼女は驚いた顔で、口を半分開けていた。


「今までの分、存分に。君が飽きるまで、嫌と言うまで」

『そんな、レッジ……。あーし、あーしは――』

「そうだろう、T-3?」

『…………は?』


 レアティーズの柔らかな髪をぽんぽんと撫でながら、はるばるここまで駆けつけてきたT-3に声を掛ける。なぜかレアティーズがぽかんとしている。彼女は俺の視線を追いかけて、人混みの中から現れた黒髪の少女と目を合わせた。


『えっ? だれ?』

『イザナミ計画調査開拓団指揮官、T-3。貴女を愛する者です』


 T-3は艶然と微笑み、両腕を広げて歩み寄る。

 彼女の行動原理は、愛すること。調査開拓団を、調査開拓員を、こよなく愛することだ。彼女の愛は留まることを知らず、ドワーフやグレムリン、コボルド、人魚たちにまで及ぶ。当然それは、第零期先行調査開拓団によって生み出されたエルフ族にも向けられる。


『エッ、その……エッ』

「はっはー! そういうことですよレアティーズさん。レッジさんだけじゃあないんですよ! 当然、レティも愛してあげますからねェ!」


 困惑するレアティーズに、レティがなぜか勝ち誇ったような顔で宣言する。

 レアティーズの憎しみを和らげるには、愛することが一番だ。俺はそう考え、動いてきた。愛することと言えばやはりT-3が第一人者となるだろう。彼女から色々アドバイスを受けて、レアティーズと接してきた。


「レアティーズ、ここに君を傷付ける奴はいない。安心して、笑えばいいんだ」

『……』


 放心している少女に声をかける。こう言う時に大事なのは、ここが安全であることを知らせること。害をなす存在はおらず、周囲の人々は危険ではないと知らせることだ。


『パパー。ミートのことも愛してる?』

「おお、もちろんだ。今回もよく来てくれたな。助かったぞ」

『えへへぇ。ミートえらい?』

「えらいぞー」


 駆け寄ってきたミートの頭も撫でてやる。彼女は嬉しそうに目を細め、くねくねと体を捩った。


『…………ッ!』


 その時、レアティーズが肩を跳ね上げる。まさか愛が足りなかったのか、と彼女の方へ視線を戻した。


『バーーーーカッ!』

「ごべっ!?」


 瞬間、頬を打つ熱い痛み。平手を受けたのだと気付いたの直後のことだ。


『うわーーーーんっ!』

「えっ、ちょっ、レアティーズ!?」


 そのまま彼女は泣きながら飛び立つ。猛烈な勢いで天井の穴へ飛び込んでいく彼女を、俺は唖然として見送ることしかできないでいた。


━━━━━

Tips

◇ 緊急退避用並行次元干渉テント“影雲”

 安全領域確保というテントの本懐の一つに特化した特殊なテント。最新鋭の次元干渉技術を用いることで、短時間だけ別次元へと内部を移動させ、あらゆる外部干渉を回避する。

 性質上、再使用までに長い時間を要するが、緊急避難としては非常に高い性能を発揮する。


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