第1316話「憂さ晴らし」
汚染術式に感染した霧は、その性質を急速に変容させていく。存在を破壊するという凶悪な力を失い、暴走する。ミートたちマシラは、本来の成り立ちからして、そんな
術式への対抗手段を持つ存在だった。
『ていっ!』
ミートが殴ると、霧が吹き飛ぶ。
術式と術式がぶつかり合い、より強い方が打ち勝つのだ。マシラたちの猛攻によって、拡大を続けていた霧は次々と削がれ、縮小していく。
霧が抑えられている。その朗報に調査開拓員たちも沸き上がる。彼らはマシラを応援し、霧が晴れるのを目の当たりにする。そして――。
「何か出てきたぞ!」
「うおっ、かわいいダークエルフだ!?」
「なんで蔦からまってんの?」
「蹴られたい……」
霧の奥から、それが現れる。
怨嗟を凝集させた呪いの塊。エルフたちの絶望した姿。
カオスエルフの姫、レアティーズが目を開く。
「『瞬転』『影斬』」
艶かしい褐色の肌が露わになった直後、その背後に黒衣の影が現れる。漆黒の刃が翻り、容赦なくレアティーズの首を掻き切る。
調査開拓員たちがその影を捉えたのは、攻撃が終わった後のことだった。
「あれ、ムビト!?」
「いつの間に近づいたんだ……」
カナヘビ隊隊長、ムビトの暗殺術。一瞬にして距離を詰め、敵の首を落とす。クリティカルダメージは、ボスクラスのエネミーであっても一撃で落とすほどの威力を発揮する。
〈忍術〉スキルの最高峰と称されるミカゲに匹敵する瞬殺だ。
しかし――。
「チッ。これじゃあ終わってくれないか」
『ふんっ!』
ムビトが肩を落とす。直後、レアティーズの体がぶれ、ムビトの体を粉砕した。
首という急所を襲った致命の一撃を受けてなお、レアティーズは動揺もなく反撃を繰り出したのだ。手応えの無さからそれを悟ったムビトは嘆息する。だが、鋭い蹴りによって吹き飛ばされたはずの彼は、吹き飛びながらどろりと溶けるように消えた。
「残念ながら分身だよ」
「ここからは俺が行こう」
無傷で現れたムビトが嘲るように言う。彼と入れ替わるように前に出たのは、〈百足衆〉の戦闘集団アカグマ隊の隊長、ケンゾウだった。高い〈換装〉スキルによって大規模な改造を施した機体はタイプ-ゴーレムの原型すら失い、内に秘めた戦闘力と暴力によって禍々しく膨張している。
「うぉおおおおおおっ!」
その咆哮は高いヘイト誘引能力を持ち、ムビトへ狙いを付けていたレアティーズを強引に自分の方へと引き寄せる。両者の視線が交差すると同時に、巨熊が猛然と走り出す。
「『ロケットブースター』ッ!」
背面が開き、巨大な六連ブースターが迫り出す。一気に青い炎を噴き上げたそれの推進力を受けて、ケンゾウは一瞬でトップスピードへと到達する。
「『デストロイパンチ』ッ!」
振り上げた拳にスピードを加え、レアティーズの柔らかそうな肉体へと叩きつける。〈植物型原始原生生物管理研究所〉の耐爆装甲隔壁も捻じ曲げるほどの怪力が、ストレートに解き放たれた。
轟音が響き渡り、土砂崩れでも起きたかのような揺れが広がる。破壊の権化が、その威力を爆発させたのだ。当然、それを受ける者もただではすまない。
そのはずだった。
「……ほう。なかなかやるじゃないか。『マッスルガード』」
ケンゾウが身を丸める。次の瞬間、鋭い破裂音が炸裂し、彼の重い巨体が勢いよく吹き飛んだ。ケンゾウの拳を真正面から受け止めたレアティーズが、仕返しとばかりに蹴りあげたのだ。
「な、なあ、あの人どんな動きしてるんだ?」
「分からん。全然見えねぇ」
エアリアルステップによって跳ねるようにして再び肉薄したケンゾウが、レアティーズに熾烈な打撃と蹴りを繰り出す。その速度は凄まじく、外野の調査開拓員たちは動きを捉えることすら困難だった。
「おっさん、あれと五感封じられたまま互角に戦ってたって本当なの?」
「今ほど敵も強化されていなかったんでしょう」
「そんな気はあんまりしないけど」
ケンゾウとレアティーズが激しい攻防を繰り広げている様子を、カミラやセントたち他の隊長が緊張感なく見ている。彼らはケンゾウを応援していないし、勝利を求めてもいない。ただ〈百足衆〉の一員として、各々がなすべきことを為している。
「撃ち方、始め」
『発射!』
カミラの合図で、ずらりと並んだNPC傭兵たちが一斉に引き金を引く。一糸乱れぬ動きで繰り出された弾丸が、ケンゾウを掠めるようにしてレアティーズへ迫る。
「逃走は許しません。壁の用意を」
「全方位包囲網構築完了」
レアティーズを取り囲む、巨大な壁が迫り上がる。上空へ逃げようと飛翔するも、不可視の障壁によって阻まれる。
戦いが始まって数分。驚くほどの速さで、檻が構築されていた。
『あーしを閉じ込めんナ!』
「なっ!?」
だが、セント率いるクロジカ隊が構築した檻が裏目に出る。激昂したレアティーズが広範囲に及ぶ強力な無差別攻撃を発動した。それはケンゾウを吹き飛ばし、カミラが指揮するNPC傭兵たちを半壊させる。なにより、完成した直後の壁が脆くも崩れた。
「……構造上の脆弱性を検証しなさい」
「お、恐らくは建物に対する特攻能力を持っているかと」
クロジカ隊は対象とする敵に対しオーダーメイドで建築を行うため、解析者も多く擁している。そして、彼らが出した結論が、レアティーズが特殊能力を保有している可能性だった。
「拘束しなさい」
「了解!」
隊長セントの指示で、次の戦場支配工作が実行される。大砲によって打ち出されたのは、四肢を拘束し動きを封じる拘束具。それは的確にレアティーズを捉える。
だが。
『ふざけんナッ! マジめんどいカラ!』
ソロボルさえ完封できるほどの枷が、強引に千切られる。
その光景は、セントさえ予測不可能なものだった。
『もーっ、マジだるい。いいかげんにしテ!』
「っ!」
無差別攻撃が再び繰り出される。〈百足衆〉の人員が次々と吹き飛ばされ、周囲に甚大なダメージが広がる。
次々と絶え間ない攻撃を受けて、レアティーズの怒りは頂点に達していた。彼女は最大の力を練り上げ、一気に解き放つ。
『全員、吹っ飛ベッ!』
大規模爆殺呪撃『チョベリバ』。
クロジカ隊の解析者が死の間際に見た技の名前。
次の瞬間、巨大な爆発が巻き起こり、太い火柱が立ち上がる。それは地下街の天井へと届き、硬い地殻を貫いた。
ガラガラと巨大な岩が落ちてくる。調査開拓員たちが逃げ惑う。
「――よし、いい感じだな。助かったよ、レアティーズ」
『えっ?』
その時、怒りに任せて暴走しかけていた彼女の手を、誰かが掴んだ。
━━━━━
Tips
◇ 大規模爆殺呪撃『チョベリバ』
かつて古代エルフが扱っていた特殊な呪術。その名前の真意は失われて久しく、ただその破壊力のみが恐怖の記憶と共に伝えられている。
禁呪とされ、王家によって固く封印された呪いであり、その言葉を口にすることさえ許されない。次にこの呪いが発せられた時、それは世界の終焉を意味するという。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます