第1314話「混沌の坩堝の中」※

「中央城塞で異常発生! 突如、原因不明の黒い霧が発生し、急速に周囲に拡大しています!」

「黒霧に触れたプレイヤーは強い“腐食”を発症。数秒で腕が溶けると――」

「現地で活動中のプレイヤーはただちに退避を!」


 中央指揮所は阿鼻叫喚の様相を呈していた。前触れもなく噴出した黒い霧が、調査開拓員たちを蝕んだのだ。その霧はピラーも次々と腐らせ、倒壊させていく。何より、NPCも区別なく破壊していった。


「防御障壁効果ありません!」

「機術障壁も同様です!」

「なんなんだこれは!」


 〈大鷲の騎士団〉率いる解析班が調査に繰り出すが、その霧の正体は全く不明だった。鑑定することすらできず、ただ広がるそれから逃げることしかできない。


「団長、団長!」

「……あそこにはレッジさんたちがいたはずだ。彼らの安否は」


 中央指揮所で悲鳴を聞いていたアストラが静かに問う。だが、それに答えられる者は誰一人としていなかった。

 レッジを含めた〈白鹿庵〉の面々は、中央城塞の最奥にあるという黒い泉に集まっていた。おそらくはそこが霧の発生源であるはずだ。そうでなくても、今頃は充満していることだろう。


「彼らの無事は確認できないのか!」

「む、無理です! 誰も霧の中には近づけません!」


 珍しく声を荒げるアストラに、騎士団員たちが怯えながら答える。霧に触れた瞬間機体が溶けるのだ。そんな空間に立ち入ることなどできない。

 冷静に考えれば、彼らはもう……。


『私が行きます!』

「ちょ、副団長!?」


 共有回線に響いたのは、焦燥に駆られた少女の声。騎士団の副団長のものだ。


「ダメですよ! アイさんまで死にます!」

『でも、確認しなければ……。あそこにはカミルさんや、ナナミさんとミヤコさんも!』


 アイの悲痛な声に中央指揮所も押し黙る。

 レッジたちは機体が機能停止した場合、中央指揮所付近に設置された簡易の復活地点から新たな機体で復活できる。だが、NPCであるカミルたちは違う。


「……ソロモンはすでに退避させているか」

「は、はい。72人のメイドロイドは全員無事とのこと」

「ペット、機獣、NPC傭兵、他種族の全てを下がらせろ。代替不可能な人員は安全を第一に。――アイ、霧の中への探索は許可できない」

『なんで――!』


 冷静を取り戻し、各所へ指示を下すアストラ。だが、彼が伝えた命令にアイは食い下がる。


「レッジさんたちはまだ復活が確認されていない。霧の中で耐えている可能性も高い」

『だったらなおさら、応援に向かうべきです!』

「足手纏いになりたくないなら、おとなしくしていろ」

『ッ!』


 厳しい団長の言葉に、アイは思わず唇を噛む。

 わかっているのだ。自分が無策で突っ込んでも事態は好転しないと。むしろ、余計なリソースをかけることになる。自分が率いるのは〈大鷲の騎士団〉の第一戦闘班、最精鋭の最大戦力なのだ。

 何より、今この時、最も動き出したいのは彼であるはずだから。


「今は信じるほかない。――解析班、霧の解析を続けろ。NULLとの類似性から攻めてみるんだ」

「りょ、了解しました!」


 アストラの指示を受けて、解析班は再び動き出す。全てを侵蝕する霧は、この塔から溢れ出していた謎の物質NULLと重なる部分も多い。そんな分かりやすいところすら見落としていたことに、解析班の面々は恥ずかしくなった。


「アイ、お前は第四階層の捕食作戦を見てくるんだ。八個目の封印を解けば、なんとかなるかもしれない」

『……分かりました』


 幽霊魚の捕食による封印の解放。いまだ7つしか達成されていないそれの、残るひとつを達成すれば、状況が変わる可能性はある。アイは配下の第一戦闘班を引き連れて、大穴から第四階層へと降りていく。


「NULL対抗防波堤で押し止められないか検証を。最新の注意を払うんだ」

「了解。〈ダマスカス組合〉に機材搬入を要請します」


 事態の急変に混乱していた調査開拓団は、一人の強烈なリーダーシップの下で平静を取り戻していく。無数の専門家によるひとつの万能家。調査開拓団の基本的な理念を体現するかのように、彼らは一丸となって動き始める。


━━━━━


◇ななしの調査開拓員

うおおおなんだこの霧やばすぎる


◇ななしの調査開拓員

腕溶けたんですが????俺のエクスカリバーオブザゴールデンゴッドサンクチュアリが溶けたんですが????????


◇ななしの調査開拓員

武器も防具も問答無用で溶かすのやばすぎる

高いアイテム持ってるやつは近寄らん方がいいぞ


◇ななしの調査開拓員

スキン溶けるかどうかのチキンレースしてたら半身溶けて死んだ


◇ななしの調査開拓員

つまり全裸なら失うものないってこと?


◇ななしの調査開拓員

ここの奴ら変態ばっかりかよ


◇ななしの調査開拓員

まあ俺たちは死んでも実質デスペナなしですし

それよりもNPCがやばい


◇ななしの調査開拓員

とりあえず手当たり次第荷馬車に乗っけて避難させたわ

ドワーフもグレムリンも頼むから喧嘩するな!


◇ななしの調査開拓員

ペットと機獣もやばいから避難させようね


◇ななしの調査開拓員

最悪飼い主が肉壁になって死んだら戻れるから


◇ななしの調査開拓員

あっぶえ俺の猫死んだかと思ったシャドウキャットで良かったああああああ


◇ななしの調査開拓員

残機持ちペットはギリ生き残れるのか

とはいえ避難がんばrふぇ


◇ななしの調査開拓員

これもしかしておっさんやらかした?


◇ななしの調査開拓員

おっさんが居たところだよなぁ霧の発生源って


◇ななしの調査開拓員

今んとこおっさんとか〈白鹿庵〉の奴らが死に戻った報告はないな

というかカミルちゃんとかいるはずなんだけど大丈夫なんか?


◇ななしの調査開拓員

おっさんなら何とかなるだろうという思いと、おっさんでもやばいだろの思い


◇ななしの調査開拓員

テントがあればいけるだろ


◇ななしの調査開拓員

でもこれってほとんどNULLだよな

おっさんってNULLの対抗策持ってたっけ?


◇ななしの調査開拓員

今んとこNULL防波堤かラピスラズリの領域くらいじゃ


◇ななしの調査開拓員

作ってて良かったNULL防波堤! 急にNULL消えたから破産するかと思ったけど、無事に活躍できるようだ。


◇ななしの調査開拓員

でかした


◇ななしの調査開拓員

NULL防波堤で押し込めるか?


◇ななしの調査開拓員

NULLは泥っぽかったけど、こっちは霧だからなぁ

機術師が風で押し込もうとしてるけど


◇ななしの調査開拓員

みんな、うちわで扇ごう!


◇ななしの調査開拓員

あークッソキモすぎるなんだコイツ!どうやって解析すればいいんだよ!!!!

NULLの時と全然勝手が違うんだが!


◇ななしの調査開拓員

解析班が荒ぶっておられる


◇ななしの調査開拓員

霧の侵蝕痕から逆演算かけて復元するしかない

とりあえず復元関数作るわ


◇ななしの調査開拓員

まじで面倒すぎるなこれ

葉っぱの虫食い跡を見て、そこから食べた虫の正体推測する感じか


◇ななしの調査開拓員

そんなことできんの?


◇ななしの調査開拓員

できるできねぇじゃねえんだわ

やるんだわ


◇ななしの調査開拓員

かっこいい


◇ななしの調査開拓員

結婚して


◇ななしの調査開拓員

とりあえず復元関数の骨子

これでどうだろう? 無料でPDBに公開してるから改変歓迎です。

[nullfog-hukugen.txt]


◇ななしの調査開拓員

しごとがはやい


◇ななしの調査開拓員

とりあえずあの霧はnullfogって呼ぶことになりそうだな


◇ななしの調査開拓員

かなり大雑把な復元だなぁ。まあ仕方ないか。

とりあえずデータが全然足りねぇわ。


◇ななしの調査開拓員

とりあえず仲間十人ほど霧に突っ込ませてきた。

[nullfog-kansoku.txt]


◇ななしの調査開拓員

鬼畜がおるで


◇ななしの調査開拓員

しかしありがたい


◇ななしの調査開拓員

めっちゃ高級な超高精度センサーぶら下げて突撃させたの!?

やばすぎるだろ……


◇ななしの調査開拓員

おかげで溶けるまでの動きが分かるからありがてぇ

とりあえず数値整理したから自由に使って

[nullfog-date.txt]


◇ななしの調査開拓員

解析班が優秀すぎる

俺はなんもできないので避難誘導してきます


◇ななしの調査開拓員

ペーハーわかったら連絡してくれ


◇ななしの調査開拓員

出たなペーハー野郎


◇ななしの調査開拓員

今それどころじゃねんだわ


◇ななしの調査開拓員

酸っぱかったら酸性だよ


◇ななしの調査開拓員

とりあえず復元関数できた

[nullfog-hukugen-kanpeki.txt]


◇ななしの調査開拓員

まじで解析班の仕事早すぎる


◇ななしの調査開拓員

あとはファイル名のネーミングだけなんとかなりゃいいんだけどなぁ


◇ななしの調査開拓員

ごめん、ちょっと修正

[nullfog-hukugen-kanpeki2.txt]


◇ななしの調査開拓員

だから言ったじゃん!


だから言ったじゃん!!!


◇ななしの調査開拓員

かんぺき2ちょっと改良できそう


◇ななしの調査開拓員

完璧とは


◇ななしの調査開拓員

かんぺき2改良しました

[nullfog-hukugen-kanpeki2-1.txt]


◇ななしの調査開拓員

数式のプロセス変えた方が良さそう

ちょっと改変します

[nullfog-hukugen-kanpeki2-α.txt]


◇ななしの調査開拓員

はい終わりです


◇ななしの調査開拓員

1系統とα系統はちょっと理念が違う感じがするなぁ


◇ななしの調査開拓員

1系統でちょっと発展させてくか


◇ななしの調査開拓員

こうして争いは生まれるんやなって


◇ななしの調査開拓員

見た感じだと結構NULLに近いところも多そう

でもブラックボックスになってるところも多くて完全には分からんな


◇ななしの調査開拓員

もっと復元関数を洗練させないと全容解明難しいわ


◇ななしの調査開拓員

完璧とはいったい


◇ななしの調査開拓員

しかたない

こういうのは徐々に完成させてくもんだし

そもそも霧発生10分ちょいでここまで解析できてるのが頭おかしい


◇ななしの調査開拓員

なんやかんや頭おっさんのプレイヤーってちょいちょいいるよね


◇ななしの調査開拓員

おっさんと比べないで


◇ななしの調査開拓員

おっさんはまじで何やってるんだよ


◇ななしの調査開拓員

案外解析してたりして


━━━━━


 多少の混乱を乗り越えて、調査開拓員たちが動き出す。

 彼らは霧の解明と解消を目指し、おのおのに出来ることを着実に遂行していく。


『……それじゃあ、行くよ』

『仕方ないなぁ。でも、パパを助けるためだもん。頑張るよ!』


 そんな騒動の渦中に飛び込む者がいた。


━━━━━

Tips

◇穏やかなそよ風

 2MB級初級風属性攻性機術。柔らかな風を発生させる。攻性機術ではあるが、攻撃力はほとんど期待できない。暑い日にぴったり。


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