第1312話「憎悪の女王」
あまりの衝撃に集中力が乱れた。というか途切れた。直撃を受けた腹部のフレームは大きく歪み、最大LP量までがっつり削れてしまった。痛覚が最大限の信号を発している。だが、アンプルを使う暇はない。
『ヘイ!』
「うおわっ!?」
上空からの追撃をギリギリ避ける。だが回避先を狙った打撃が迫る。
強引に身を捻り、サブアームを重ねて即席の盾にする。
『あっれー!? おもしろイ動きするじゃんネ!』
「くそ、高いんだぞ、これ……!」
頑丈に作っているはずのサブアームがまとめて三本吹き飛んだ。またネヴァに新しいものを作ってもらわないといけなくなった。修理と新造じゃ桁が違ってくるのに。
明らかにリズムが崩れてしまった。もはやオートパイロットなどと言っていられない。
「レティ、目はまだか!」
『も、もうちょっとです! 今、ワルキューレ三姉妹の皆さんが必殺⭐︎悩殺♡スサノオ音頭を――』
「なんでもいいから急いでくれ!」
次々と攻撃が飛んでくる。それを必死に避けながら叫ぶ。
今の俺は感覚を封じられているというより、ただ目隠しをしているだけの状態だ。これでは漏れ出てくる情報が多すぎてただの縛りプレイにしかならない。
しかも、聞こえてくるのは若い少女の声なのだ。やりにくいことこの上ない。
『あれー? おっさん動き鈍くなってなイ? もしかしてビビっちゃっタ? ぷぷーw』
「ええい、少し落ち着いてくれ!」
『あーしは落ち着いてるヨ! クールになりなよ、おっさん』
ミサイルのような衝撃を放つ拳を突き込んできておいて、何が落ち着いているんだか。
空気を砕く激しい音を広げながら迫る拳を槍で弾く。同時にナイフで切り込み、肩口から腕を飛ばす。
『はー!? 激萎えなんですケド! あーしの腕返してヨ!』
「いくらでもあるだろうが!」
ぶーぶーと文句を言う声が聞こえるが、その時にはすでに新しい腕が生えている。しかも伸縮自在な便利な腕だ。間合いという言葉は基本的に存在しない。どこかでヨガでも習ったのか?
『もーーーっ! テンション上げてくから!』
「うおおおっ!?」
怒った様子の声。次の瞬間、絹を裂くような悲鳴が叩きつけられる。
「くっ、これが『崩壊の号鐘』か!」
ログでしか見ていなかった広範囲多段ヒット攻撃。通りで避けられないわけだ。声の主を中心とした円形の範囲に音は響き渡り、周囲を蠢くカオスゴブリン諸共一掃する。
「なあ、ちょっと聞いてもいいか?」
『は? なんなノ?』
レッドゾーンに達したLPを回復する時間を稼ぐため、一か八か話しかけてみる。祈るような気持ちで声をかけると、唐突に攻撃が止まった。
「そもそも、俺たちはなんで戦ってるんだ。俺は――カオスエルフを見つけて、平和的に交渉がしたいんだが」
『……それ、マジで言ってル?』
声が落ち着きを取り戻す。
やはり、言葉が通じる。彼女とは戦う前に話し合うべきだった。
『あーしが話しかけたのに攻撃してきたノ、そっちなんですケド』
「……すまん」
不機嫌を隠すことのない声。俺は素直に謝り、事情を説明する。
「五感が封じられたままでな。今も声は聞こえるが、目は見えないんだ」
『は? そんな状態で戦ってたノ? 頭おかしいんじゃナイ?』
「そう言われてもなぁ」
なぜかさっきまで戦っていた相手にドン引きされている。なんでだ……。
「とにかく、お互いに平和的に話せるならそっちの方がいい」
そう言って、武器をしまう。彼女が攻撃してきたら甘んじて受けるしかない。回復も間に合わないだろう。これは賭けだ。
しばらく、沈黙が流れる。声の主は俺の行動に裏がないか見定めているようだった。
「とりあえず、名前を教えてもらってもいいか? 俺はレッジというんだが」
『…………レアティーズ』
しばらくの逡巡ののち、答えが返ってきた。
「オフィーリアは知ってるか?」
『あーしの妹だもん』
なるほど。
なかなか厄介な問題がありそうだ。
「レアティーズ。カオスエルフたちがどこに行ったか知らないか?」
『もう、大体分かってるっしょ』
そう言われてしまうと、否定しずらい。
俺はまだ目は見えないが、レアティーズがどんな表情をしているのかなんとなく分かったような気がした。彼女の声のする方へと歩み寄る。
「レアティーズ。カオスエルフたちは、そこにいるんだな」
泉に逃げ込んだカオスエルフ達は、そこで融合を果たした。その結果生まれたのがレアティーズなのだろう。融合するたびに高い知性を獲得し、こうして話が通じるまでになってくれたのは僥倖と言える。
とはいえ……。
「そろそろ、我慢の限界か」
『……ッ!』
避けると同時に攻撃が来る。
『なんで逃げたし!』
「当たったら死ぬからだよ!」
確実に俺の命を狙った一撃だ。いくら言葉が通じても、カオスエルフの融合体であることに違いはない。俺たちに抱く強い憎しみは消えていない。
それはきっと、彼女自身にもどうすることもできないものなのだろう。
「レアティーズ、聞いてくれ」
『うるさい! どっかいけ!』
「そうしたいのは山々なんだが。そういうわけにもいかなくてな」
次々と飛んでくる攻撃を、間一髪で避ける。しかし、こちらからは攻撃しない。彼女を傷つける意味も理由もなくなった。
「レアティーズ。君とは仲良くしたいんだ。君が欲しい」
『は、はぁ!? おっさん、何言って――』
「君がいないと、俺はどこにもいけない。一緒にオフィーリアに会って欲しいし、君たちの親とも会いたいんだ」
『ちょっ、はぁっ!? マジ意味わかんないんだケド!』
レアティーズの飛行能力がなければ、地上街の上空にある町まで行けない。そのためには、彼女がオフィーリアと和解する必要もあるはずだ。何より、姉妹が離れ離れというのは辛すぎる。
上空の町には、この実験を取り仕切る管理者がいる。ある意味ではエルフやゴブリンの親とも言える存在だ。今すぐにでもそいつの元へ向かわなければ。
「お願いだ、話を聞いてくれ!」
『うるさい! 黙れ! マジ意味わかんねーし!』
「意味が分からなくてもいい! 俺を信じてくれ!」
攻撃を掻い潜り、手を伸ばす。視界はまだ戻らない。手探りでその華奢な肩を見つける。
『なぁっ!? ど、ドコ触って――』
「レアティーズ。俺について来てほしい」
『……ッ!』
肩が震える。
『――ジさん! レッジさん、もうすぐスサノオ音頭が完成します! ああっ、幽霊ナマコがテファさんを捕食しましたよ!』
レティの声。
暗闇が晴れ、目の前に濃い褐色の肌をした少女の顔が現れる。派手な化粧をしているが、幼い顔立ちだ。なるほど、オフィーリアともよく似ている。あちらは色白だが。
「やっと会えたな。レアティーズ」
『う、うるさいシ!』
目と目が合う。俺の視力が戻ったことがわかったのだろう。レアティーズは拗ねた顔でそっぽを向いた。
『レッジさん? レッジさーん。全然声が聞こえないんですけど、ミュートになってませんか?』
「ああ、すまん。とりあえずこっちは解決したよ」
レティに一報を入れ、周囲を見渡す。
俺たちが戦っていたのは、古い地下神殿のような場所だった。足元にはドロドロした黒い水が溜まっており、なかなか汚い。カオスゴブリンは、この液体から生まれているようだった。
「レアティーズ、俺と一緒に外に出よう」
『……無理。絶対、殺しちゃうシ』
その身に宿す憎悪を必死に抑えながら、レアティーズが首を振る。彼女自身は優しい性格なのだろう。だが、カオスエルフとしての力がそれを許さない。
「まあ、その辺は任せてくれ。俺に案がある」
『は?』
首を傾げるレアティーズに向かって、俺はインベントリからアイテムを取り出して掲げてみせた。
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Tips
◇古エルフ語
エルフ発生初期に広がった原始的な言語体系。調査開拓団の標準言語を基幹とし、現在のエルフ語に通用するが、特徴的なイントネーションなどが見られる。
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