第1310話「思考の狭間」

[???→レッジ:混沌の旋風1027ダメージ]

[ランクⅨLP回復アンプルを使用]

[レッジ:LP3000(+256)回復]

[レッジ:エアリアルステップ]

[レッジ→???:トリプルタップトラップ]

[ワンダーボックス→???:330ダメージ]

[ワンダーボックス→???:330ダメージ]

[ワンダーボックス→???:330ダメージ]

[レッジ→???:刹那突きミス]

[???→レッジ:崩壊の号鐘572ダメージ]

[???→レッジ:崩壊の号鐘573ダメージ]

[???→レッジ:崩壊の号鐘574ダメージ]

[???→レッジ:崩壊の号鐘576ダメージ]

[???→レッジ:崩壊の号鐘581ダメージ]

[???→レッジ:崩壊の号鐘555ダメージ]

[???→レッジ:崩壊の号鐘562ダメージ]

[???→レッジ:崩壊の号鐘522ダメージ]

[???→レッジ:崩壊の号鐘590ダメージ]

[???→レッジ:崩壊の号鐘545ダメージ]

[???→レッジ:崩壊の号鐘599ダメージ]

[???→レッジ:崩壊の号鐘572ダメージ]


 全くの無音だが、LPが細かく削られる。ログを見たところ、無数の弱攻撃を連続して放つタイプの攻撃なのだろう。どれだけ避けても着実にダメージを受けるあたり、おそらくは範囲攻撃。

 こちらもダメージは与えているはずだが、あまり効果は得られていない。虚空に浮かぶ赤いHPバーだけが敵を捕捉する唯一の手掛かりだ。


「一瞬で6,821ダメージか。なかなか厳しいな!」


 LPアンプルを砕き、急いで回復する。しかし、もう一度『破壊の号鐘』を使われたらまずい。平均568ダメージの12連撃。全てのダメージを回復するにはアンプル一本では足りず、また絶え間ない連撃というのはアイテムやテクニックの使用を妨害してくる。どれだけ距離を取ればいいのかも分からないという状況も苦しいものだった。

 しかも戦う中で感じる敵の気配は軽やかなものだ。こちらの攻撃もよく回避する。〈罠〉スキルも交えたばら撒き戦法でなんとか少しずつHPを削っているというのが現状なのに、ひらりひらりと躱すせいで少し時間が経てば自然回復で傷を癒してしまっている。

 俺は八尺瓊勾玉の強化をLP生産量とLP貯蓄容量の両方にバランスよく配分している。どちらかといえば容量の方に比重を置いているものの、レティやトーカと比べればかなり最大LP容量からして少ない。その上、装備も戦闘を最優先に考えたものではなく、〈武装〉スキルも持っていないため、防御力はほとんど紙と言っていい程度のものだ。

 つまり、こちらはおいそれと攻撃を受けるわけにはいかない。


「ええい、邪魔だ!」


 背後から気配を感じて、背中のサブアームで槍を振る。わずかな手応えとともに、何かを捉え、そのまま貫いた。


[レッジ→カオスゴブリン:刺突720ダメージ]

[レッジはカオスゴブリンを倒した]


 正面の???とやらにだけ集中できていれば、まだやりようはある。

 しかし、頻繁に様々な方向からカオスゴブリンが横槍を入れてくるのだ。一撃で倒せる程度に弱いとはいえ、多少集中を乱されるのも事実。まるで顔の周りで羽虫が飛び回っているかのような煩わしさがあった。


「たぶん、これはシフォンの方が上手く戦えるんだろうな」


 カオスゴブリンを散らしつつ、???からの攻撃を避けて、反撃を叩き込む。俺はいちいち全部考えながらじゃないと動けないから、常に三人分くらいの並行思考を行なっている。別にそれ自体は、もう一つ俯瞰する思考を作れば楽になるので問題ではないのだが、そもそも思考すること自体が多少疲れるのだ。五感が封じられ、第六感に従っている状況というのも集中力を要する。

 シフォンはほとんど反射的、というか無意識のレベルで動いている。だからそこに思考を介在させる必要もなく、かなり省力的な戦いをしていた。あれは天性の才能というものだろう。俺にはできないことだ。

 この状況でより有利に戦えるのはシフォンだ。彼女ならば、もしかしたら
???も既に倒せているかもしれない。


「俺もシフォンみたいな特殊能力が欲しいなぁ」


 知覚する、というプロセスを挟むことなく自動的に戦うオートパイロット。それがあれば俺も楽ができる。とはいえないものねだりをしていても仕方がないか。


「いや、違うな」


 四本の槍とナイフを構え直し、考えを改める。


「特殊能力が欲しいなら、自分で獲りに行くべきだ」


 知覚を必要としない、判断を踏まない、脳を経ない、完全な反射戦闘。

 それが今必要なのだと感じるならば。必要なものは手に入れるべきだろう。

 俺は戦いに身を投じながら、もう一つ思考を走らせる。過去を想起し、分析するためだ。思い出すのは、以前シフォンと話した時のこと。彼女が〈花猿の大島〉の猛獣侵攻スタンピードに巻き込まれながらも無傷で生還した時のことだ。


━━━━━


「エネミーとの戦い方? うーん、あんまり考えたことないけど……」


 巨木の森が荒々しく薙ぎ倒され、見晴らしの良い荒野とかした。原生生物も調査開拓員も区別なく諸共倒れ、死屍累々の混沌が広がっている。あちこちでうめき声が上がり、駆けつけた支援機術師や回収屋たちが息つく暇もなく走り回っている。

 その日、〈花猿の大島〉で突発的に発生した“猛獣侵攻スタンピード”を一言で表すならば、タイミングが悪かった。〈大鷲の騎士団〉が出払っており、他の攻略系バンドもすぐには駆けつけることのできない、隙間のような時間に発生した。小さな針の穴を狙い澄ましたかのような絶好のタイミングで勃発した猛獣侵攻によって、〈花猿の大島〉は蹂躙されたのだ。

 更に運の悪いことに、大島の各地に設置されている〈フツノミタマ〉も半数が定期メンテナンスの真っ最中だった。

 いくつかの偶然が重なった結果、被害は拡大。〈ミズハノメ〉にまで原生生物の群れがやってくるかと思われた。だが、その手前の森で獣の大波は阻まれた。たった一人の少女――偶然遊びに来ていたシフォンが全てを打ち倒したのだ。


「いつも必死だから、余裕なんてないよ。なんとかなれーってずっと思ってる」


 変わり果てた森の真ん中。駆けつけた俺が尋ねると、シフォンは少し困ったように笑いながらそう言った。


「おじちゃんも、びっくりしたら声が出るでしょ? その時、何も考えてないんじゃない?」

「そりゃあそうだが……」

「うわっ、と思った時にはびっくりさせてきた虫とかを跳ね除けようと思って手を出すよね。それが虫じゃなくってナイフを持った人とかなら、急所を狙うとか考えずに突き飛ばそうとするでしょ。じゃあ、言葉も通じない猛獣だったら? 突然ピカッと光って落ちてくる雷だったら?」


 人間には危険を察知する本能的な力が備わっている。虫を見れば手で払い、人が襲ってくれば喉や胸を叩く。身に危険が迫れば、逡巡することなく身を屈め、危険から回避しようと動く。


「嫌だな、と思ったら体がなんとかしてくれるんだよ」


 どう動くべきかは考える必要もないのだ。それを危険と捉えることができるならば、俺たちは既にその対処法を知っている。


「熱いお鍋に触ったら、驚く前に手を離す。なんなら耳たぶを触ったりするかもね。暗いところに行ったら瞳孔が開く。眠いと欠伸が出るし、そもそも歩く時に人は全身でバランスを取ってる」


 人間というのは無意識の集合体だ。意識的に捉えていることは、そうではないことと比べればはるかに少ない。

 考える前に動く。ではない。


「考えるとか、考えないとか、そういうことを考えてるのが無駄なんじゃない?」


 超高速の突進で全てを薙ぎ倒す猪と、巧みな連携を見せる大猿、視認し辛い音波攻撃を放つ鳥。数百を超える原生生物たちを相手にしながら、1ダメージすら受けずに完封してみせたシフォンは、あっさりとそう言い放った。


「わたしが戦う時に考えてることは、勝ちたいとか生き残りたいとか、そういうことじゃないよ。――痛いのは嫌だなぁって。ただそれだけ」


 痛みや辛さ。人間が根源的に忌避するもの。それを回避し、退けるためなら、驚くほどの力が発揮できる。


━━━━━


「――なるほど、こういうことか」


 記憶を巡り、感覚を掴んだ。

 稼働させていた思考を畳んでいく。

 考えてはいけないのだ。いや、考えてはいけないと考えてはいけない。流れる水に身を浮かべるような自然体。そうなるように思うこともしない。


 ???から不可視の攻撃が飛んでくる。なるほど、嫌だ。あれには当たりたくない。LPが削り切れるほどではないが、フレームが歪むくらいはあるかもしれない。痛覚はないが、進んで当たりたくはない。


「ふっ」


 自然と手が出る。何かを弾く感覚。ログにダメージは記録されない。身を滑り込ませ、そこに槍を突き込む。ここだ、とも思わない。ここじゃないか? と疑問を挟まない。

 ただ、動けばいい。


[レッジ→???:刺突220ダメージ(クリティカル)]


 なるほど、こうか。

 実際にやってみると思い知る。これは、俺にはできないことだ。五感を封じられているからこそ、なんとかそれらしいことができている。シフォンはこれを、五感をフル活用しながら両立しているのか。

 しかもそこにテクニックやアーツすら織り交ぜている。どう頑張っても思考を必要とする、判断を踏まなければならないようなアクションを挟みながら、これをしているのか。

 なんという技量。いや、才能だろうか。


[レッジ→???:刺突220ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→???:刺突350ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→???:刺突250ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→???:刺突210ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→カオスゴブリン:刺突2991ダメージ(クリティカル)]

[レッジはカオスゴブリンを倒した]

[レッジ→???:刺突280ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→???:刺突222ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→???:刺突290ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→???:刺突240ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→???:刺突253ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→カオスゴブリン:刺突3002ダメージ(クリティカル)]

[レッジはカオスゴブリンを倒した]

[レッジ→???:刺突241ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→???:刺突290ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→???:刺突272ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→???:刺突289ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→カオスゴブリン:刺突2081ダメージ(クリティカル)]

[レッジはカオスゴブリンを倒した]

[レッジ→???:刺突222ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→???:刺突256ダメージ(クリティカル)]

[レッジ→???:刺突302ダメージ(クリティカル)]


「全く、末恐ろしい子だよ」


 激流に身を任せ、ただ体の動くままに動く。


━━━━━

Tips

◇トリプルタップトラップ

 〈罠〉スキルレベル60のテクニック。ワンダーボックスを3つ投げる。ワンダーボックスは敵性存在に対して3回330の固定ダメージを与える。


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