第1307話「NPCの戦い」

 瓦礫の山を蹴散らしながら、ナナミとミヤコが軽快に走る。八本の脚と先端の車輪をうまく使い、凸凹だらけの悪路もなんのそのだ。それでいて姿勢制御システムも精度が良く、背中に乗っかる俺やカミルにはほとんど揺れが伝わってこない。


「見えたな。ミヤコ!」

『任セナサイ!』


 壊し屋たちによって薙ぎ倒された町の中にひときわ大きな建物が見える。あまりに大きすぎるが故に、破壊からも免れた地下街の中心だ。その堅牢な建物に向かって、ミヤコが大筒の照準を定める。


「グレネード!」

『発射!』


 ドポンッ


 コミカルな音と共に、ボーリング玉程のモスグリーンが打ち出される。それは緩い弧を描きながら前方に立ちはだかる構造物の壁にぶつかった。その直前、ナナミが俺たちの前に飛び出し、作業用アームの下腕に装着したシールドを展開する。


「ひゃっほう!」


 爆炎が広がり、オレンジの光が周囲を照らしあげる。

 特大のグレネードが炸裂し、建物の壁を吹き飛ばす。

 ナナミの大盾が無ければ、俺たちも爆風をもろに浴びていたことだろう。


『突破口が開いたわね! 一気に突っ込むわよ!』


 カミルもテンションを高くして赤髪をたなびかせながら快哉を上げる。

 ミヤコが開いた大穴に、俺たちは勢いよく飛び込んでいく。


「ライト照射。屋内戦闘モードに切り替えろ」

『了解デース』


 閉所へと切り替わり、ナナミたちも動きを変える。元々警備NPCである二人はさまざまな環境下で問題なく任務を遂行できるようにプログラムされている。以前少し内部を覗いてみたことがあったが、ほとんど手を加える余地もないくらい完成度の高いものだった。

 ナナミは大振りで破壊力のある武器を小回りのきく小型武器へと切り替え、ミヤコも短距離複合哨戒センサーと近接ショットガンを装備する。背中の格納庫にいくつかのアタッチメントを揃え、状況に応じて取捨選択することができるのは、警備NPC本来の拡張性と汎用性の高さを物語っている。


『ソレデ、何処ニ行クノ?』

「ある程度のマッピングはできてるから、地図データを共有する。この奥にオフィーリアが捕えられてた場所がある。まずはそこに行ってみよう」


 この建物は以前にアイと二人で潜入している。それ以降も何度かミカゲや騎士団の斥候部隊が侵入して内部構造を記録しているため、ある程度詳細な地図が手元にあった。それをミヤコたちにも共有し、建物の奥へと進む。


『前方物陰カラ生体反応。ゴブリンネ』

「迎撃開始だ」


 数分は順調に進んでいたが、長い廊下で敵と遭遇する。

 現れたのは、武器を携えこちらを睨むゴブリンだ。


『ギャギィッ! ギャゴッ!?』


 勢いよく声を上げて迫ってくる小鬼を、ミヤコがショットガンで吹き飛ばす。だが、その間にも廊下の左右に並ぶ通路から続々と増援が現れた。


「こいつら、黄霧に対応してるみたいだな」

『厄介ねぇ』


 現在もゴブリンの鎮圧のため、黄霧の注入は継続されている。だが、出てくるゴブリンはみな、マスクすら着けていない。ガスマスクが必須な俺たちと違って平気な顔で武器を掲げている。


『問題アリマセン。殲滅シマス』


 エネルギーブレードを装着していたナナミが武装を切り替える。格納庫にアームを突っ込み、内部で換装するのだ。


ギュィィィィィイン!


『森林開拓用チェインソー。武器デハアリマセンノデ、チョット痛イデスヨ』

『ギャアアアアッ!?』


 飛び出したナナミの両腕で唸るのは、火花を散らす巨大なチェインソー。触れたゴブリンを強烈な回転に巻き込み、次々と抉り斬っていく。軽く押し付けるだけで勝手に切れていくチェインソーは、閉所において通常の刃物よりも強力だ。切り掛かるという動作を省けるぶん、その攻撃は速くなる。

 本来は土木作業用NPCのアタッチメントだったはずだが、それをネヴァが武装として改造したらしい。


『スバシッコイワネ!』


 一方、ミヤコの近距離ショットガンは少々苦戦していた。ゴブリンの数が多すぎて、多少吹き飛ばしたところですぐに隙間が埋まってしまうのだ。

 彼女も武器が不適格と判断し、格納庫に腕を突っ込む。


『一網打尽ニシテヤルワ!』


 取り出したるは巨大なタンクを繋げた細長いノズルの武器。ミヤコのマニュピレータが引き金を引くと、その先端から猛烈な火炎が噴き出した。

 粘性のある可燃材を撒き散らし、壁や床、そしてなによりゴブリンたちへと降りかかる。付着したそれはそう簡単には落とせない。そして、逃げられない高熱がその皮膚を焼き溶かす。


『……なんか、二人の武器って人道に反してない?』


 チェインソーを振り回すナナミと、二丁の大型火炎放射器で全てを焼き尽くすミヤコ。二人の戦いぶりを見て、箒を構えていたカミルが唖然とする。


「チェインソーは森林伐採用の工具だって言ってただろ。火炎放射器も草むらを焼いて土地を開墾するための道具だ」

『なんか詭弁ねぇ』


 カミルは怪訝な顔をしているが、何も問題はない……はずだ。

 それよりもゴブリンが強化されていることが気になる。ジャイアントゴブリンはあらかた殲滅したはずだが、その隙に普通のゴブリンが強くなっていては元の木阿弥だろう。


「ナナミ、ミヤコ! ゴブリンはこの奥から湧いてる。カオスエルフを探す前に根本から絶っておいたほうがいいだろう」

『了解デス!』

『フハハハハハッ! 盛大ニ燃エナサイ!』


 なんか、ミヤコが焼却作業に夢中になっている。


『ミヤコ、行キマスヨ』

『マ、待ッテ! マダ燃ヤシ残シガ!』


 結局、ナナミが牽引用のフックを取り出してミヤコを引っ掛ける。そのままズルズルと引き摺るようにして、俺たちは建物の奥へと進んで行った。


「風牙流、一の技、『群狼〉』ッ!」


 突風が吹き抜け、床を埋め尽くすゴブリンを一網打尽に吹き飛ばす。

 直線の廊下からわらわらと現れるゴブリンは、〈風牙流〉のテクニックがよく通る。


『てやああああっ! せいっ! とりゃーーっ!』


 クールタイムの消化がてら隣を見れば、カミルが勢いよく箒を振り回しながらゴブリンの群れへと突っ込んでいる。メイドロイドが原生生物に取り囲まれるという絶望的な光景だが、数秒後にはゴブリンの方が汚い悲鳴を上げて壁のシミになっていた。

 戦闘能力も本職の傭兵NPCを凌ぐレベルの成績を叩き出しているカミルにとっては、この程度の雑兵は軽く蹴散らせてしまうらしい。


「カミル、あっちを叩いてくれ!」

『うるさい! 指図するな!』

「ぐぅっ……!」


 一方で、やっぱり連携を取れるかと言えばそれは絶望的だ。彼女は戦況を俯瞰することはできても、俺やナナミたちの死角をカバーするという発想がない。目の前の敵をいかに効率よく撃破するか、ということだけを考えて戦っている。

 この辺りは協調性ゼロの弊害と言えるだろう。


『マア、連携ハ我々ノ十八番デスカラネ』

『放ッテオケバソノ辺ノ敵性存在ヲ蹴散ラシテクレルト考エレバ楽ヨ』


 だが、ナナミもミヤコも警備NPCだ。元々多数のNPCと共同で戦闘を展開することが専門と言える。カミルをその辺で暴れ回っているバーサーカーユニットとして処理しているのか、特に混乱することもなく戦線を構築していた。

 考え方を、カミルを中心にすればいいのだ。ある意味彼女は行動変数を自分にしか位置付けていないため、予測しやすい。カミルをサポートするように動けば、最も効率よく敵を殲滅できるというわけだ。


『どんどん行くわよ! てりゃああああいっ!』


 景気良くゴブリンを吹き飛ばすメイドさんを、ナナミとミヤコが援護する。

 なんとも奇妙な光景を繰り広げながら、俺たちはついにゴブリンの発生源へとやって来た。


「ここは……」

『マップニアッタ最奥デスネ』


 辿り着いたのは、建物の最奥。

 俺とアイが見つけた、オフィーリアが捕えられていた大きな鳥籠のある部屋だった。鳥籠の真下にある大きな水場から、続々とゴブリンが現れていた。


━━━━━

Tips

◇障害物焼却除去用火炎放射器

 土地の開墾のために開発された、土木作業用NPC専用アタッチメント。粘性の高い可燃材を噴出し、着火することで高温の炎を振り撒き、除去の困難な植物を焼き払う。

 土木作業用NPCのパワーと作業効率を考慮し、大型の燃料タンクが採用された。


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