第1306話「地下の地下」

 レティたち壊し屋とルナたち狙撃班によってピラーが次々と破壊されていく。それだけを見れば作戦は順調に見える。しかし、順調に見えるだけで、順風満帆というわけではない。ピラーの破壊が予想よりも上手く行っているのは、反撃が少ないから。カオスエルフからの攻撃がいっさい来ないからだった。


「ミカゲ、どうだ?」

『……全然見つからない』


 現地ではミカゲや斥候の調査開拓員たちが走り回ってくれているし、後方ではシフォンが水晶玉を睨んでいる。それでも、肝心のカオスエルフの行方は杳として知れなかった。

 俺たちが準備を進めている間にどこへ消えてしまったのか。まさか、すでにピラーにやられてしまったのか。いや、カオスエルフも一筋縄ではいかない相手だ。どこかへ逃げおおせていると考えるのが妥当だろう。


「しかたない、俺も探すか」


 元々俺への頼まれ事だ。人に任せるだけというわけにもいかない。


「ええっ。ちょ、地上は危ないよ!」


 槍を掴んで立ち上がると、ラクトが驚いた様子で腕を引っ張る。

 地上ではレティたちが捨て身の特攻を仕掛けているし、上からは次々とビームが降り注いでいる。当然、ピラーからの攻撃もまだ続いている。重装備でもない非戦闘職が散歩するには少々危険だ。


「ま、そこはなんとかするさ。白月もいるし、ナナミとミヤコも連れて行くからな」


 櫓の下には警備NPC二機もエンジンを暖めて控えている。ネヴァの改修を受けて地下街での活動に最適化され、準備万端だ。

 しかしそう言ってもラクトはまだ納得しない。


「そ、それならわたしもついて行くよ。攻撃力でいったら結構強いし……」

「いや、ラクトはここにいてくれ。戦場全体の支援の方が大事だろ。それに、シフォンに何かあった時も二人ならなんとかなるはずだ」

「うむぅ」


 ラクトの優しさは身に染みるが、彼女にもやってもらいたいことは沢山ある。レティたちの支援は、彼女にしかできないことだ。賢い彼女がそれを分かっていないはずもない。それ以上説得しなくとも、渋々ながら引き下がった。


「気を付けてよね。また死んで機体乗っ取られるかもしれないし」

「分かってる。そっちも気を付けてな」


 ラクトの頭を軽く撫で、ついでにシフォンも撫でる。


「はええっ!? も、もうおじちゃん!」

「じゃ、ちょっと行ってくる」

「もーっ!」


 二人に後を任せ、櫓から飛び降りる。


「ナナミ、ミヤコ! 行くぞ!」

『了解デス!』

『ハー、気ガ進マナイワ……』


 蜘蛛型の警備NPCの背中に飛び乗り、一気に走り出す。防壁を軽々と飛び越えて、光線飛び交う戦場へ。すぐに射程圏内に入ったピラーが動き出し、こちらに照準を定めてくる。

 だが、放たれたビームは間に立ち塞がった分厚い氷によって阻まれ、それを貫通するわずかな時間で俺たちは回避する。


「助かった、ラクト!」

『あんまり危ないことしちゃだめだからね!』


 櫓からこちらを睨むラクトに手を振る。彼女も俺に付きっきりになっているわけにはいかない。自分の身は自分では守らなければならないのだ。


「ナナミ、ミヤコ、対エネルギー中和シールドを展開」

『了解デース』

『本当ニコレ、防ゲルンデショウネ』


 ミヤコの懐疑的な声もあがりながら、二機の警備NPCが半透明の障壁に包まれる。後方支援部が突貫で解析と解析を進めて実装した、最新鋭のシールドだ。ブルーブラストエネルギーを大量に消費するが、ピラーの攻撃を中和する高い防御効果が得られる。

 壊し屋や狙撃手だけが戦っているわけではない。救護班は担架を担いで走り回っているし、技師や支援機術師が救命を行っている。職人たちも、湯水のように消耗する物質を生産している。

 調査開拓団の総力戦だ。


「10時方向からビーム。ミヤコ、気を付けろ」

『キャアッ!?』


 直後、瓦礫を散らしてビームが迫る。ミヤコが悲鳴を上げるが、彼女の展開したシールドにぶつかった光線は細かな粒子となって拡散し、消えていく。

 もちろん、ミヤコの装甲には傷ひとつない。


「よし、シールドもちゃんと効果があるな」

『確証ガ無イママ使ッテタノ!?』

「ちゃんと実験レベルでは確認されてたよ」

『実戦レベルデ確認シナサイヨ!』


 元気なミヤコと共に、地下街を走る。レティたちが均してくれたおかげで、ずいぶんと走りやすい。


『トリアエズ前進シテイマスガ、何処ヘ向カイマスカ?』

「そうだなぁ」


 ナナミの問いに地図を広げ、地下街の全体を俯瞰する。正直、ミカゲたちが血眼になって探しても見つからない時点で、俺が適当に探しても見つからない可能性の方が高い。

 こういう時は発想の転換だ。

 探し物が得意な調査開拓員たちが探してなお見つからない場所に、カオスエルフたちは隠れている。そんな場所はかなり条件が限られるはずだ。


『たとえば、地下街の更に地下とか。まだ見つかっていない場所があるんじゃないの?』

「なるほどなぁ……。うわぁっ!?」


 地図の上に伸ばされた小さな指。真横から聞こえる声にそのまま返事をして、遅れて驚く。振り返れば、当たり前のような顔をしたカミルがそこにいた。


「カミル、なんでここに!?」

『うるさいわね……。なんでって、他にやることもなかったし』

「後方での給仕を頼んでたはずだろ!」

『そんなもん、5分でクビになったわよ。協調性ゼロを舐めないで』

「ええ……」


 なぜか自慢げに胸を張って言うカミル。彼女にはソロモンのメイドたちと一緒に、陣営内での食事提供業務を任せていたはずだった。しかし、能力は高くともコミュ力ゼロのカミル。あっという間にバアルたち優秀なメイドロイドからリストラされてしまったらしい。


「だからってナナミの中に隠れてるなよ……」

『そうしないと置いていくでしょ』

「当たり前だろ」


 彼女はメイドロイド。死ねば死ぬ。それを危険な前線に連れていくわけにはいかない。


『アノー、私タチモバックアップナインデスケド』

『私タチハ死ンデモ良イッテコト?』

「いや、そうじゃなくてだな……」

『じゃあアタシがいてもいいじゃない。どうせ人手は足りないんでしょ』


 くそ、NPCに言い負かされそうだ。

 実際、ナナミとミヤコだけでは不安もある。カミルが来てくれるならこれほど頼もしいことはない。それに、彼女は今も魔法少女っぽいメイド服を着込んで、手には箒を携えている。準備万端どころか、ネヴァがしっかりと改造まで施しているようだ。


「……分かった。とはいえ、危なくなったら即時撤退だ。ナナミとミヤコも同じだからな」

『ハーイ!』

『言ワレナクテモソウスルワ』


 今更引き返してカミルだけ置いていくわけにもいかない。それならバリアを展開しているナナミたちと一緒にいた方が安全だ。

 勝ち誇った顔で俺の隣に座るカミルに、思わずため息をついた。始まる前からどっと疲れが押し寄せてきたみたいだ。


「とりあえず、地下街の地下がないか探そう。となると……」

『まずは中央ね。この建物が怪しいわ』


 カミルと俺の指先が一致する。そこは地下街の中心にあるひときわ大きな建物。――オフィーリアが囚われていた場所だった。


━━━━━

Tips

◇対エネルギー中和シールド

 高密度エネルギー照射に対応するため開発された最新鋭のシールド。BBエネルギー方式で空間上に三層エネルギー拡散グリッドを展開することにより、エネルギーの位相変換構造を破壊し、衝撃を緩和する。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る