第1304話「壊し屋の道」

 秒針が回る。時間が迫る。着々としかし迅速に準備を進めてきた。T-3による全面的なバックアップを受けながら、いくつかの特例的な措置も発動しつつ人員と物資を掻き集めた。

 時間はかけられない。こうしている間にもピラーはカオスエルフを攻撃している。おそらく、ゴブリンはほとんど全滅と言っていいだろう。カオスエルフまで根絶されてしまう前に、動き出さなければならない。

 秒針が達する。


「突撃ッ!」

「うおおおおおおおおおっ!」


 防壁が開き、ハンマーや棍棒を構えた調査開拓員たちが走り出す。堰を切ったように人の大波が解き放たれた。彼らの中には、力自慢のドワーフやグレムリン、コボルド、そしてNPCの傭兵たちも混ざっている。各々の武器を掲げ、一気呵成に突撃している。

 アストラの呼びかけに応じて集結した壊し屋たち。彼らは地下街の廃墟を手当たり次第に破壊し、障害を排除していく。強引な整地の後に、他の調査開拓員たちも続く。


「さあ、ここが正念場ですよ! まずはあのピラーを破壊します!」


 先陣を切るのは壊し屋界隈のトップスター、レティだ。彼女は小型の片手用ハンマーをいくつも身体中にぶら下げ、手には特大の鋼鉄製ハンマーを携えている。ネヴァに無理を言って用意してもらった、破壊特化装備だ。

 彼女は地面を蹴り、街中に屹立する円柱――ピラーへと迫る。彼女の接近を察知したピラーは滑らかな銀の表面に青い光のラインを複雑に走らせる。光は複雑な軌道を描き、一点に収束し、そして放たれる。


「ふんっ!」


 だが、彼女はそれを軽やかに避ける。危なげない余裕のある動きだ。


「予備動作も軌道も分かりやすい攻撃なんて、当たりませんよ!」


 地面を蹴り、ほぼ水平にするレティ。タイプ-ライカンスロープの脚力、高い〈跳躍〉スキル、天性の素質。その全てを活かした高速機動。今は修正され使用できないバグ技、ハイパージャンプの突進力にすら迫る、爆速の移動。

 ならば、とピラーは次々と細かくビームを乱射して応戦する。チャージ時間を短くし、速射力を上げている。威力は相応におちるが、掠めるだけでもレティの動きは削がれるだろう。


「舐められたもんですねぇ!」


 だが、問題はない。


「レティは一人だけじゃないんですよ!」

「――『立ち塞がるオブストラクト樹氷の迷宮アイスメイズ』」


 レティの動きに先行して、次々と太い氷の木が立ち上がる。瞬く間に地下街は氷の森のように変わった。樹氷は滑らかな表面に光を反射し、その構造を視覚的に捉えにくくしている。まるで鏡張りの迷路に迷い込んだかのように周囲の景色を撹乱する。

 ピラーはレティを見失い、狙撃精度が大幅に落ちた。その隙に彼女は迷うことなく迷宮を駆け抜けていく。


「ひー、めちゃくちゃ重たい!」

「ほら、アンプルちゃんと飲んどけよ」

「ありがと、レッジ」


 後方の陣営に築かれた櫓の上で、ラクトがぐったりと倒れ込む。彼女が構築した氷の森林は範囲も出力も桁違いの大規模機術だ。アイテムや装備、支援機術師からのバフなどを受けながら、なんとか構築できた。それでも青い顔をして気絶寸前の彼女をいたわり、用意していたアンプルを手渡す。

 眼下ではレティ率いる壊し屋集団が樹氷の中を駆け抜けている。彼女たちが氷に激突することなく進めているのは、ひとえに事前の入念な打ち合わせによるものだ。レティの頭の中には、すでにラクトが生成した氷の位置がしっかりと叩き込まれている。


「ほら、到達するぞ」


 レティが樹氷の森を抜け、ピラーに迫る。


「『対象固定ロックターゲット』」


 彼女の目はピラーを敵として捉える。T-3によって、あれの破壊がすでに許可されているのだ。彼女の攻撃は、たとえ天叢雲剣であってもストレートに通る。


「『猛攻の構え』『修羅の型』『破壊の衝動』『破壊の真髄』『大崩壊の兆し』『シン・デストロイヤー』『壊し屋の誇り』『大いなる獣王の宣誓』『ジャイアントキリング』『ダブルタッチ』『隼の構え』『一点特攻』『死を穿つ鉄槌』『パワーチャージ』『パワーチャージリザルト』『スーパーパワーチャージ』『ウルトラパワーチャージ』『ハイパーパワーチャージ』『エクストラパワーチャージ』『蠢く力』『湧き上がる暴力の焦燥』『黒き右手』『破壊神の加護』『コアブースト』『リミッターリリース』――」


 走りながら早口で紡がれる“発声”。障害を飛び越え、ビームを避けながら繰り出す“型”。その動きを見るだけで、レティが卓越したプレイヤーであることを実感する。まるで踊るように、敵の攻撃に晒されつつも笑みさえ浮かべながら自己を強化していく。


「咬砕流、七の技――」


 赤い影が飛来する。

 ピラーの表面に浮かぶ光のパターンが変わる。網の目のように広がり、表面を覆う六角形の亀甲紋。それはピラーが攻撃から防御へと体勢を変えたことのサインだった。事前の調査によって、あの形態のピラーは高い耐久性を有することが判明している。

 対物理、対機術、それどころか他種族製武器であっても、あれを容易には破壊できない。それほどの高い防御力。それを貫くのは並大抵の力では成し得ない。

 ひとつ、誤算があるとすれば。


「――『揺レ響ク髑髏』ッ!」


 彼女の破壊力は、並大抵の力ではないということだ。

 物質が衝突する激しい音が響き渡る。地下街の隅々まで広がり、反響する。衝撃波は周囲に広がり、大地を捲り上げた。爆発が立ち上がり、爆風が後続の調査開拓員たちをなぎ倒す。

 甚大な被害を広げながら、土煙が晴れていく。


「っ! まだだ!」


 ピラーがひどく歪んでいる。表面装甲に亀裂が入り、内部機構が剥き出しになっている。太いケーブルが内蔵のように飛び出し、バチバチと火花が散っている。だが、まだ死んではいない。ぎこちない動きだが、光が収束している。

 レティは――。


「ふっぐっ……っ!」


 爆心地にいた彼女は、スキンを全て剥ぎ取られていた。鋼鉄のフレームが剥き出しになり、全身に反動の強いダメージを受けている。それでも、生きていた。


「『点火イグニッション』――」


 レティが引き金を引く。ハンマーの内部機構が動き出す。特大のヘッドに詰め込まれた火薬に火が付く。彼女はハンマーを、ピラーの傷口の奥へと捩じ込んだ。

 閃光が目を焼く。熱風が肌を焼く。爆炎が吹き上がった。

 装甲を突破した奥での爆発。直接的なとどめ。ピラーが一本、吹き飛んだ。


「――しゃいっ!」


 爆風で吹き飛んだレティは勢いよく地面に墜落する。だが、すぐにのそりと立ち上がり、戦果を確認して拳を握った。LP1で耐えるド根性だ。勝敗は彼女に決した。


「さあ、この調子でどんどん壊していきますよ!」

「いいから黙って安静に! ケーブル繋げますよ!」


 レティの側に、控えていた救護班が駆けつける。フレームごとイかれている彼女は、事前に用意されていたスペア機体へと切り替えていく。普通では考えられない贅沢な戦い方だ。

 ピラーはまだまだ多い。しかも、一本が破壊されたことで警戒レベルが跳ね上がっている。

 だが、こちらの士気は最高潮だった。レティが単身で鮮やかに破壊して見せたのだ。ピラーは無敵の存在ではないと知らしめた。彼らも負けてはいられない。


「ヒャッハーーー!」

「全部粉々にしてやるぜぇ!」

「ピラーだかピーラーだか知らねぇが、無機物に負けるかよ!」

「うぉんうぉんうぉん!」


 闇を裂いて飛来するビーム。雨のように降り注ぐそれを真正面から受けながら、壊し屋たちが立ち向かう。


━━━━━

Tips

◇ 『エクストラパワーチャージ』

 〈戦闘技能〉スキルレベル60のテクニック。人工筋繊維の第六段階出力制御リミッターを一時的に解除して、通常発揮できない力を生み出す。

 使用前提として『ハイパーパワーチャージ』を発動していなければならない。

“どうだ、このあたりにもっと力が溜まってきただろう?”――バトルトレーナー・ストロングマン


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