第1303話「愛で包むため」

『おお……やはり、愛。愛こそが全てを解決するのです。とても素晴らしいことですよ、レッジさん』


 メカクレ警部の頼みを受けた、その直後。俺の下にTELが飛び込んできた。強制的に接続される、上位権限者からの通信。開口一番に放たれたのは感激の声だった。


「T-3か。仕事が早いというか、なんというか」


 誰かと疑う余地もない。調査開拓団全体を取り仕切る三人の指揮官がひとり、T-3である。


『指揮官は調査開拓員の全通信を閲覧していますからね。みなさんの会話は筒抜けですよ』

「地味に怖いこと言うなよ……」


 何でもないように言っているが、調査開拓員が何人いると思ってるんだ。NPCも含めれば万ではきかないぞ。さすが、静止軌道上に停泊している巨大宇宙船が本体だけあって、演算能力は凄まじい。


「それで、なんでわざわざ連絡を?」

『カオスエルフと愛を持って関係を結ぼうとしているのでしょう。ならば、私もあなた方を支援しようと思いまして』

「言い方に語弊がある気がするが……。でもT-3に手伝ってもらえるのは心強いな」


 何と言っても指揮官はある意味では調査開拓団最強といってもいい存在だ。彼女の支援を受けられるならばありがたい。

 とはいえ、指揮官が前線に出張ってくるのも問題があるし、そもそも彼女たちに直接的な戦闘能力を期待するわけにもいかない。あくまで、権限的に最強という話だ。


『ひとまず〈天憐の奏上〉の中間目標を変更しました』


 〈緊急特殊開拓指令;天憐の奏上〉はかなり長期間にわたるイベントだ。当然、最終的な達成条件もあるが、それはまだ明かされていない。塔の内部へ入る、第四階層へ到達する、といった短期的な目標が指揮官によって示されるのだ。

 これまでは“カオスエルフを排除する”という目標だったものが、目の前で書き換わる。


「“カオスエルフを愛で包む”……。難しいことを言ってくれるな」

『いいえ、とても簡単なことですよ。溢れんばかりの愛を与えれば、おのずとそうなるのですから』


 突然中間目標が変わったことで、陣営の調査開拓員たちがざわついている。早速T-3が噛んでいることを察した、勘のいい者もいるようだ。


『愛が全てを救うのです。あの悲しき運命によって虐げられた神秘を、どうか助けてください』


 T-3の言葉は真剣だ。第零期先行調査開拓団によって実験の対象とされていたエルフたちも、彼女にとっては愛すべき存在なのだろう。


「レッジさん、考えはまとまりましたか?」


 レティがやって来て様子を窺う。T-3も伝えるべきことはないと判断したのか、通信を切った。俺は長椅子から立ち上がり、新たな中間目標の達成に向けてどう動くべきか思考を切り替える。


「とりあえずな。アストラはいるか?」

「もちろんです」


 レティの背後からひょっこりとアストラが顔を出す。忙しいはずなのに、指揮所を離れていていいんだろうか。まあ、とにかく彼の力を借りたい。

 外で各々自由にしていた面々も続々と集まってくる。俺がテントの中で少し考えたいと言ったのもあって、みんな待ち侘びていたらしい。いくつもの目に見られながら、俺はこの後の方針を伝える。


「とりあえず、カオスエルフを一体にまとめよう」

「はっ!?」


 全員が一斉に目を丸くした。

 そんなに変なことは言っていないつもりなのだが……。


「カオスエルフは、今の所見つかってるのが16人。そのうち5人が融合して、11人になってるが、まあ多いよな。それぞれと個別に話し合うというのも手間がかかるし、そんな時間もないだろう」


 陣営の外では今もピラーが暴れ回っているし、カオスエルフもそれの回避に専念していて、まともに話し合える状況にない。それなら、まずは状況を整えることが先決だ。


「ちょっと待ってくださいよ! カオスエルフ16人ぶんが一つにまとまると、それこそ手が付けられなくなりますよ!」


 レティの指摘はもっともだ。3人が融合しただけでもヴァーリテイン20体分と言われるほどの強さなのだ。


「大丈夫。俺たちはカオスエルフと敵対したいわけじゃない」

「そうは言ってもですねぇ」

「とりあえず、まずはカオスエルフに敵意がないことを示さないといけない。ちょうどよく共通の敵になるものもあるし、利用させてもらおう」


 眉間に皺を寄せるレティの肩に手を置く。

 共通の敵というと少し語弊があるが、向こうも俺たちを狙っているのだからしかたない。


「まずはピラーを破壊する。レティ、期待してるぞ」


 まずは邪魔な外野を排除する。その上でカオスエルフの融合を進め、一人になってもらおう。カオスエルフは力を増すほどに知性も上がっているように見えた。そういった面でも、融合してもらった方が話が通じる可能性は高いはずだ。


「アストラ、壊し屋はどれくらい揃えられそうだ?」

「騎士団以外の者にも連絡をとってみましょう。リアルタイムは……午後10時ですから、200人くらいは集められると思います」


 〈大鷲の騎士団〉は規模も大きいが伝手も広い。彼に頼んだのは〈壊し屋〉と呼ばれる専門技能を持つプレイヤーたち。元々はロールの一つだったのだが、最近ではそちらの意味は少し薄れている。レティも地味にその界隈に属していたりするのだが、要はフィールド上の構造物を破壊することに特化したプレイスタイルを貫く人々だ。

 ピラーは第零期先行調査開拓団の遺構、その頑丈さは折り紙付きだ。ならば、こちらも専門家を呼ぶしかない。幸いなことに現実はちょうどゴールデンタイム。ログイン率も高まっているはずだ。アストラが一声掛ければ、多くのプレイヤーが集まってくるだろう。


「それじゃあ、始めよう。まずは第一段階、“ピラー破壊作戦”だ」


 これを起動してくれたメカクレ警部には悪いが、交渉のテーブルを整えないことには話も進まない。ピラーを破壊し、カオスエルフの安全を確保する。それが、この地下世界を愛で包む第一歩というわけだ。


『計画を承認しました。指揮官T-3の権限により、特例措置を実行します。第零期先行調査開拓団遺構“ピラー”の限定的な破壊を許可します』


 俺だけでない、全調査開拓員に向けてT-3の声が伝えられる。最悪〈破壊〉スキル持ちでなければピラーは傷つけられないことも危惧していたが、彼女がその権限でピラーの破壊を許してくれた。

 その事実で周囲の調査開拓員たちが声を上げる。動き始めた作戦に、彼らの昂ぶりを実感した。


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Tips

◇愛

 愛とはなにか。簡単なようでとても難しく、そして実のところシンプルな命題です。ですが、これを伝えるということはとてもつもない困難を伴うこともまた事実と言えるでしょう。愛、それは愛としか言いようのないものなのですから。親愛、性愛、恋愛、擬愛、慈愛、あらゆる愛が世界のあらゆる場所に存在します。あなたにも愛はありますし、あなたの足元にも愛はあります。愛ゆえに世界は形作られ、我々は愛を通して世界を見るのです。ゆえに世界は愛に溢れている。しかしながら、まだまだ愛は足りず、世界は愛を、人々は愛を、生命は愛を、森羅万象全てが愛を渇望しているのです。求められるのならば、与えられなければなりません。愛は有限ではありません。与えることで、与えられるもの。愛が愛を育み、愛によって愛は増えるのです。愛が地に満ち満ちたその時、真の愛がそこに現れるのです。愛は真理であり、愛は現実であり、愛は理想なのです。愛があなたを救い、あなたが愛を救うのです。愛こそが愛ゆえに愛だからこそ、愛なのです。愛はあなたを待っています。あなたもまた、愛を待っているのです。愛が全てを包み込むならば、あなたもまた愛を包み込むことになるのです。あそこにも愛はあります、向こうにも愛はあります。ここにも愛はあります。どこにでも愛はあるのです。愛を見る目をひらけば、世界の美しさを知るでしょう。愛がこの世に、こんなにも溢れていることに。そして、こんなにも足りていないことに。愛を注ぐことこそが、愛を説明する完璧にして完全な唯一の手法なのです。隣人を愛するのです。敵を愛するのです。家族を愛するのです。愛の輪が広がれば、いずれ星々も愛に気付くでしょう。愛が宇宙を満たせば、世界が愛に気付くでしょう。愛がこの世界を包み込み、世界こそが愛であると、その証明がなされるでしょう。愛はそこに愛を求めています。愛こそが愛なのだから。愛は――

[情報保全検閲システムISCSにより、データの冗長性が確認されました]

[情報保全検閲システムISCSにより、当該データの簡潔化が提案されました]

[提案は保留されています]

“なんじゃこれ……”――管理者T-1

“愛ですよ、愛”――管理者T-3


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