第1302話「幸福と不幸の渦」
メカクレ警部ことアーノルド・フォン・ブラインドアイズ伯爵が落ち着きを取り戻したのは、地下街に出ていた調査開拓員たちの避難があらかた完了した頃のことだった。相変わらず円柱はバカスカと景気よくレーザービームを乱射しており、機術師によって守られている防壁の外へはおいそれと出られない。
「お願いだぁあああああ! どうか、どうかあのメカクレダークエルフちゃんたちを助けてやってくれぇえええっ!」
「いいからレッジさんから離れてください! ふぎぎぎぎっ!」
泣き止んだメカクレ警部は俺にひしと縋りつき、大声で訴えてくる。レティとLettyが二人がかりで引き剥がそうとするも、彼はそれに抵抗してみせる。腕力特化の彼女たちに対抗するとはたいした膂力だ。
「とりあえず落ち着いて詳しい話を聞かせてくれ。この後の動きは、それを聞いてからだ」
そのままだと背骨を折られそうな気がしたので、ひとまずメカクレ警部に語りかける。するとがばりと勢いよく頭が上がり、ギラついた目が俺を覗き込んだ。
「本当だな! 言ったな!? メカクレ好きに二言はないな!?」
「いや、俺は別に目隠れ好きってわけじゃ……」
「あれは、私が第三階層を探索していた時のこと――」
「全然話聞かないな」
俺の意向は完全に無視して、メカクレ警部は語り出す。それによれば、彼は仲間と共に〈エウルブギュギュアの献花台〉第三階層の調査を行っていたらしい。
レティが緊急停止ボタンを押した第三階層は、施設の制御部とも言える設備を備えていた。そのほとんどは風化と緊急停止措置によって機能を失っていたが、一部のものがまだ生き残っていた。
フィールド調査を得意とする彼らは、その情報収集を行っていたのだ。
「あの円柱は施設内治安維持機能の実行端末だ。正式な名称は分からないから、俺たちは暫定的に“ピラー”と呼んでいる」
「実行端末ってことは、本丸がいるのか?」
「さすがはおっさん。察しがいいな」
メカクレ警部はニヤリと笑う。
「〈エウルブギュギュアの献花台〉第六階層、そこが統括管理者の所在地であることは知ってるか?」
「そういえば、レティがそんなことを言ってたな」
俺たちがゴブリンと戦っている間にも、他の調査開拓員たちが各地で情報を集めていた。その成果が今、発揮されている。
「そこに治安維持機能の管理者もいるらしい。管理者といっても、NPCみたいな感じではないと思うが」
ついついウェイドやスサノオのような姿を思い浮かべてしまうが、そもそも管理者というのは権限を持つシステムの総称だ。特に第零期先行調査開拓団の遺構であるこの塔においては、管理者が人型であると考えない方がいいだろう。
「つまり、その治安維持機能管理者をぶっ叩けばいいってことですか?」
レティが言い、メカクレ警部も頷く。
「簡単に言えばそうだ。とはいえ、そううまくは行かないだろう」
言うは易し、行うは難し。俺たちはまだ第六階層へと向かう方法すら見つけることができていない。そもそも、そんな道があるのかどうか。この塔の管理者からしてみれば、第五階層から第六階層へ何かが上がってくることは求めていないはずだ。
「じゃあどうするんだ?」
「……おっさん、あんたの力が必要だ」
メカクレ警部は俺の手を握り、ずいと躙り寄る。鼻先が触れそうなほどの距離に迫りながら、彼は真剣な表情で言った。
「メカクレダークエルフちゃんと仲良くなってくれ」
「は?」
彼の口から飛び出したのは、予想を遥かに越える頼みだった。
「寝言は寝て言ってください」
「いだだだだっ!? ま、待ってくれ! 話を聞いてくれ!」
そのままレティに引き摺り出されようとしていたメカクレ警部が慌てて弁明する。辞世の句くらいは聞いてやると、レティは冷めた目をしつつも手を止めた。
「ごほっ、ほごっ……。第三階層にいくつか資料があった。それによれば、この第五階層では憎悪と幸福の格差実験が行われていたらしい」
「憎悪と幸福?」
「ああ。憎悪というのは――」
地上と地下、二つに仕切られた特殊な階層。地上部は白く広々とした世界で、かつてはエルフたちが平和と繁栄を謳歌していた。一方、彼女たちの足元にはゴブリンたちがいた。狭く暗く湿った地下に押し込められ、劣悪な環境のなかギリギリの暮らしを強いられながら。
エルフとゴブリン。どちらが幸福な暮らしであったかは明白だろう。
二つの種族はほぼ同じ地点にありながら、対極の感情を蓄積させていた。エルフは調査開拓員を神と称え、ゴブリンは忌むべき敵と捉えている。二極化した感情は、薄い壁一枚を隔てて増大していく。
そして、ある時。塔の管理者が仕切りを外した。二つの種族が出会い、そしてお互いを知った。幸福な時代を生きてきた種族が頭上にいたことを、不幸な時代を生きてきた種族が足元にいたことを。
「二つの感情が直接ぶつかったんだ。その衝撃は凄まじいものがあったんだろう。その結果が、この廃墟とかした地上と地下だ」
二つの種族は争い、共倒れとなった。だが、ゴブリンはわずかだが生き残り、エルフを捕らえ、地下へと引き摺り込んだ。
幸運を享受していた者を、不幸を強いられていた者がどうするか。それを俺たちは見てきたばかりだ。
エルフはゴブリンから拷問を受けた。
「“堕天”だよ」
「“堕天”?」
「ああ。第三階層の資料にそう書かれていた。幸福の絶頂にあるエルフが、一気に不幸の底へと叩き落とされる。その時の絶望、苦しみ、痛み、あらゆる負の感情が強いエネルギーとなる。それが放出され、顕在化する現象を“堕天”と呼ぶらしい」
ゴブリンに虐げられたエルフは絶望した。助けを求めても、神は手を差し伸べない。なぜなら、彼らが望んだことだからだ。エルフは神に裏切られ、発狂し、堕天した。
あのメカクレダークエルフことカオスエルフは、堕天したエルフの姿ということだ。
「あのエルフたちが堕天した姿というなら、きっと元に戻れるはずだ。対話を重ねれば、きっと!」
メカクレ警部はあの憎悪を振り撒く凶暴なエルフに希望を見出していた。いや、信頼しているのだろう。
一度堕ちたとしても、また戻れるはずだと。
「お願いだ、レッジ。あんたのNPCと仲良くなれる力は俺たちですら解明できてない。でも、今こそその力が必要なんだ!」
「俺にそんな力はないと思うんだが……」
「そんなわけないだろ!」
自信なく肩をすくめると、メカクレ警部が声を大きく響かせる。
「カミルもウェイドもスサノオも、みんなあんたの事を慕ってる。普通じゃありえないことだ。……多分、このイベントの正攻法は、あのカオスエルフを撃破することだ。でも、それじゃあ彼女たちを助けられない。俺は助けたい!」
たかがNPCと、彼らを軽視し見捨てる者は少なからず存在する。傭兵として雇った者を弾除けのようにしか見ていない者も。俺はそういったプレイを好ましく思っていないが、そうではないプレイヤーが存在することも分かる。
メカクレ警部は、俺と同じだ。NPCをNPCとして見ていない。
ある意味では異常だろう。だが、とても大切なことだと思う。
「……わかった」
「レッジさん!?」
レティが目を剥く。
俺はメカクレ警部――アーノルド・フォン・ブラインドアイズ伯爵の手を取り、しっかりと深く頷く。
「できるだけのことをやってみよう」
彼は一筋の涙を流し、俺をひしと抱きしめた。
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Tips
◇[データ破損]の研究記録
[情報保全検閲システムISCSにより、一部の情報が修復されました]
[日付データ破損]
[記録者ID破損]
事象修復回帰術式の完成は間近。検証実験は第五段階へと進むこととなった。これが成功すれば、俺たちはついに事象の根源的修正すら可能になる。失われた分岐点の先を手に入れることもできるだろう。
術式の鍵は生命エネルギーの発露だ。そのためにエルフとゴブリンを極限的感情増幅環境に入れて培養した。憎悪と幸福のエネルギー的格差が十分な勢いで衝突した時、溢れ出したエネルギーが世界を書き換える。
この術式が完成すれば、白龍が蘇る。
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