第1301話「メカクレ警部」

 突如地面を突き破って現れた円柱が、次々とレーザー光線を乱射する。それは地面を抉り廃墟を貫き、ゴブリンと調査開拓員を無差別に貫いていく。その威力は凄まじく、盾を構えたタンクですら耐えられないほどのものだった。


「アイ、逃げろ!」

「っ! ――撤退!」


 カオスエルフを相手取っていたアイも判断を下す。迅速に動き出した騎士団員たちをカオスエルフは追いかけようとするが、そこにも円柱の青白い光線が容赦なく撃ち込まれた。


『ガアアアッ!?』


 光線がカオスエルフを掠め、容易く腕を吹き飛ばす。あまりの威力の高さに、撤退中の俺たちも思わず目を剥いた。


「なんですか、あの光線は!」

「よく分からんが、俺たちよりカオスエルフの方が痛そうだ。構わず逃げよう」


 レティたちを引き連れて撤退する。デコイとしてドローンをいくつか飛ばしてみたが、円柱の射撃精度と連射速度が高すぎるせいでほとんど意味をなさない。潔く逃げに徹することにする。

 驚くことに、円柱は無差別に攻撃を振り撒いているように見えて、多少の優先度を設定しているようだ。俺たち調査開拓員やゴブリンよりも、カオスエルフに攻撃が集中している。

 宙に浮かんでいたカオスエルフが次々と狙い撃ちにされ、耳をつんざくような悲鳴をあげながら撃墜されている。


「脅威排除プロトコルとか言ってたよな」

「つまりこの塔の設備か何かってことですか?」


 あの円柱が出てくる直前に響いたアナウンスを思い出す。状況的に、その予想は当たっているはずだ。問題は、なぜそれが起動したのか。


「塔の設備は、レティが強制終了させたはずでは?」


 トーカの言う通り、〈エウルブギュギュアの献花台〉の設備はレティが第二階層のスイッチを押すことで強制終了させていた。かつて研究施設だった塔はその機能を失っていたはずだ。


「誰かが設備を復旧させた? ――アストラ、これが言ってた秘策か?」

『そう言うことです。少々お騒がせしましたね』


 共有回線に向かって話しかけると、アストラは忙しそうな気配を滲ませながらも即答した。

 アストラが言っていた秘策。それがこの円柱か。

 いったい、誰がこの設備を起動したのだろう。


『ほわーーーーーーーーーーーーーーーーっ!? め、メカクレちゃんたちが次々とやられていってる!? こんなはずではなかったのにっ!?』

「うおわっ!?」


 突然、共有回線に大きな声が響き渡る。あまりの声量に、俺たちと同じように共有回線に接続していたプレイヤーたちが一斉に跳ね上がったほどだ。


「だ、誰だこの声は」


 聞き覚えのない声に首を傾げる。レティの方を窺ったが、彼女も知らないようだった。


「ああっ! レッジ、前見て!」


 その時、俺に抱えられていたラクトが前を指差す。そっちに目を向けてみれば、大穴の側に築いた陣地の防御壁の上に、一人の男が立っていた。いかにも探偵といった鹿撃ち帽とコートを纏い、手にパイプを携えて、ちょび髭を生やした口を大きく開いている。タイプ-ゴーレムの大柄な男だが、風貌からして戦闘職ではないのだろう。


「誰かーーー! あの円柱を止めてくれ! いや、起動したのは私だが、メカクレちゃんを撃つために起動させたわけじゃないんだ! うわああああああっ!」


 何やら支離滅裂なことを叫びながら必死に何かを訴える男。共有回線をパンクさせそうになった大声と同じ声だ。


「あの人は……」

「知ってるのか、アイ」


 俺の隣を走っていたアイが何か気が付いたようだ。


「ええと、本名は忘れてしまいましたが、掲示板でよく活動されている方です。有名な解析組のプレイヤーで、掲示板上のハンドルネームが――」


 彼女が言いかけた、その時。

 防壁の上に立っていたその男を仲間らしき男女が両側から羽交締めにして引き摺り下ろそうとする。


「メカクレ警部! 危ないですから下がっててください!」

「あんたが死んだらそれこそ円柱の制御方法分からなくなるんだから!」


 彼らの声で、レティたちもはっとした。どうやら、思い当たる節があったらしい。


「メカクレ警部。目隠れ系のNPCをこよなく愛する変人変態です」

「うん?」


 何かアイの言葉に含みがあったような?

 ともかく、少し記憶を探ると、確かに見たことがある。T-2やT-3が衆目に姿を現した時、一際騒いでいたプレイヤーが、彼だった気がする。指揮官の二人はそれぞれ左右の目を前髪で隠しているからな。


「その、メカクレ警部が円柱を?」

「おそらくそう言うことでしょう。詳しいことは直接本人から聞きましょう」


 背後から次々と光線の乱れ撃ちが迫るなか、俺たちはなんとか陣営に到達する。開け放たれた防壁の門に飛び込むと、すぐに機術師が協力な複合障壁を構築して防御してくれた。


「なんだ、機術なら防げてたのね」

「最低でも140GB級の防御機術が必要です。トッププレイヤーでも三人は必要ですよ」


 飛んでくるビームを跳ね除けるバリアを見てエイミーがきょとんとする。防壁でそれを展開していた騎士団の防御機術師が、そんな彼女に釘を刺した。一線級の機術師が束にならなければ防げないというのは、かなりの強力さを物語っている。


「レッジさん、無事で何よりです」

「アストラか。なんとかな」


 そこへ、アストラが勢いよく駆け込んでくる。彼も全体指揮で忙しいだろうに。


「ひとまず、あの円柱について説明しようと思います。こちらは、メカクレ警部ことアーノルド・フォン・ブラインドアイズ伯爵です」

「うぅ、メカクレダークエルフ……」


 アストラが連れてきたのは、男泣きに泣いて膝から崩れ落ちている大男。ずいぶんと大仰な名前だが、伯爵までが本名らしい。


「メカクレが絡まなければ、とても優秀な調査員なんですけど……」


 アストラはそう言って、彼を見下ろす。メカクレ警部が落ち着くまで、まだしばらく掛かりそうだった。


━━━━━

Tips

◇『絶対防御の破断拒絶壁』

 〈防御機術〉の上級大規模術式。空間的隔離理論を用いることで、堅固な攻撃遮断機能を獲得した大規模術式。最低出力条件として140GBであるため、調査開拓員単体での発動は非常に困難。通常は複数人での協力を前提とする。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る