第1300話「戦旗の輝き」
カオスエルフは五人のレティに囲まれ、翻弄されている。おかげでどのレティも致命傷を受けることなく、付かず離れずの戦いを維持することができていた
「いいぞ、この調子だ!」
「シフォン、あと15秒で更新」
当然、突然レティが五人に増えたというわけではない。これはミカゲによる策略だった。
「はえええんっ!」
隠密特化テント“雲隠”の中に飛び込んできたレティはそのまま勢いよくスポーツドリンクを手に取ると一気に飲み干す。その間にテントの中で待ち構えていた騎士団の支援機術師がLPの回復とバフの更新を行う。
そうして体勢を立て直している間に、レティの表面がパラパラと剥離し、中からシフォンが現れた。
「ひぃ、ひぃ。疲れるよぉ。体の動かし方も慣れないし」
レティの中から現れたシフォンは疲労困憊と言った様子だ。タイプ-ヒューマノイド、モデル-ヨーコの彼女にとって、タイプ-ライカンスロープの体格は慣れないものだ。それでもしっかりと動けているのだから流石という他ない。
「もうちょっとだけ頑張ってくれ。ミカゲ」
「……『写し身の術』」
シフォンの前でミカゲが印を切る。すると、彼女を白い糸のようなものが包み込み、繭を作り上げる。数秒後、そこには再びレティと瓜二つの姿となったシフォンが立っていた。
「はえええん……」
見た目はレティそのものだが、その雰囲気はシフォンのままだ。その違和感につい笑ってしまいそうになるのを堪えながら、彼女の背中を叩いて激励する。
「アストラが言うには、あともうちょっとで助けが出せるそうだ」
「あとちょっとってどれくらい?」
「さてなぁ」
「はえんっ!」
シフォンは涙目になりながらテントを飛び出す。彼女も少し、無茶振りに慣れてきたようだ。
「しかし、欺瞞作戦はうまく行ってるな」
テントの小さな覗き窓から現場を見つつ、作戦の効力の高さに感心する。
カオスエルフは力を増したことで知能も高まった。それを見て、偽者を出せば混乱するだろうと予測を立てたものの、ここまでうまく行くとは予想外だ。
ミカゲの〈忍術〉スキル『写し身の術』は、特殊な糸を使ってパーティメンバーの機体を包み、別のパーティメンバーの外見に偽装するというものだ。これによって、Letty以外の三人――シフォン、トーカ、エイミーがレティに成りすましている。
当然、〈杖術〉スキルを持っていないメンバーはハンマーを使えないが、そこはあまり問題にはならない。元々天叢雲剣製の武器を使っていれば、一定のダメージが期待できるうえ、五人中三人はハンマーによって十分なダメージを与えられる。
「シフォンが特に強いよね。機術製のハンマーなのに、ドワーフ製と変わらない見た目にしてるし」
俺の隣で窓を覗くラクトが、早速戦線に戻ったシフォンを見て言う。
あの五人の中でハンマーが扱えるのは、レティ、Letty、シフォンの三人。そのうちシフォンは〈杖術〉スキルを持っていないが、自前の〈攻性機術〉スキルでハンマーを生成して戦っている。
普段からさまざまな機術製武器を使い捨てるプレイスタイルで戦っているシフォンだからこそできる、器用な芸当だ。
「とはいえ、敵もバカじゃない。そろそろ欺瞞工作も薄まるだろう」
そう言った矢先、カオスエルフの行動が変わる。シフォンの繰り出した機術製の岩ハンマーを黒炎で溶かしたのだ。彼女の行動が、他のレティと違うことに気付いたのは明白だった。
見た目は同じとはいえ、中身は違う。ハンマーの扱いに慣れているのはレティとLettyだけで、トーカやエイミーはほとんどフルスイングすることしかできない。そのわずかな動きの差から、カオスエルフがこちらの工作に気付き出した。
「――よし、アイ。そろそろだ」
『了解です!』
とはいえ、俺たちもこれだけで終わるわけではない。俺が合図を出すと、潜んでいたアイが応じる。それからきっかり10秒後、カオスエルフの周囲で立て続けに大きな爆発が起こった。
『ナニッ!?』
再び予想外の出来事に、カオスエルフが身構える。レティたちはその隙に撤退し、用意していた〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班とスイッチする。
レティ五人の撹乱戦はいわば前座。ステージが整うまでの時間稼ぎだ。
そもそも、こちらには調査開拓団最高峰と言って間違いない戦力が揃っているのだ。わざわざゆるふわエンジョイ勢が矢面に立つ必要はない。
「さあ、行きますよ。――騎士団第一戦闘班、全力耐久戦闘、始めッ!」
戦旗が立ち上がる。風を孕み広がる旗は深い青。そこに翼を広げる銀の大鷲。雄々しく勇ましい、騎士たちの徽章。
戦旗は元々〈槍術〉スキルに分類される武器カテゴリだが、その扱いは少々特殊だ。当たり前だが武器として扱うには取り回しにくく、デフォルトで敵の注目を集めるという属性が付いている。だが、その真価は集団戦闘において現れる。味方を鼓舞する〈応援〉スキル、そして調査開拓員を支配する〈指揮〉スキルが強い
アイが掲げる“銀翼大鷲の大戦旗”は特大武器カテゴリに属する。故にその重量は彼女の体重すらはるかに越え、掲げれば機動力を大きく損なう。だが、それを補って余りある力を発揮する。
『ガアアアアアアッ!』
戦旗の注目効果によって、カオスエルフははためく大鷲に目を釘付けにする。それ以外の全てから注意を逸らし、一直線に襲いかかる。
だが。
「防御陣形。『鉄壁の構え』」
「『鉄壁の構え』ッ!」
アイを守る近衛部隊。特大盾を構えた重装盾兵たちがその突撃を阻む。軽く蹴散らせていたはずの雑兵たちが、山のように聳えていた。
『ガァッ!?』
激突し、驚愕するカオスエルフ。彼らにそれほどの強さを感じなかったはずだ。それなのに、全力の突進を受けてなお、彼らは1ミリたりとも下がっていない。
これこそが戦旗による同胞強化の恩恵。戦旗は掲げられるからこそ士気を高め、兵によって守られる。
「音楽隊、『風切る飛燕の狂騒曲』」
アイの戦旗は指揮棒だ。それが振るわれると、後方に控えていた楽隊がそれぞれの楽器を奏で始める。戦場に広がったのは、ハイテンポの軽やかなメロディ。戦旗がその力を増幅させ、騎士団は速度を爆発的に増大させる。
重装盾兵の後ろから次々と飛び出すのは、軽装戦士たち。短剣や双剣、片手武器を携えた敏捷な騎士たちがカオスエルフを取り囲み、翻弄する。だが、彼らの一撃は非常に重たい。戦旗の高揚効果によって、特大武器にも勝る破壊力を産んでいるのだ。
『コノテイドデ!』
カオスエルフも負けてはいない。飛びかかってきた四人を纏めて吹き飛ばし、隙を切り開く。重装盾兵たちが盾を構えるよりも早く、それを飛び越えてアイを目指す。
「――『
『ガッ――――!?』
だが、それも想定の範囲内。
アイに肉薄したカオスエルフは、他ならぬアイによって強く吹き飛ばされる。彼女の放った咆哮は一方向に向けられた音のハンマーだ。回避不可能な衝撃がカオスエルフを突き上げる。
「さあ、演奏を続けましょう」
地面に倒れるカオスエルフを見下ろし、アイが厳かに告げる。
騎士団第一戦闘班。この世で最も卓越した集団戦闘を行う、戦闘のエキスパートたち。万全の体勢を整えた彼女たちは、まさに難攻不落の要塞のような存在感を発揮していた。
だが、猛追を仕掛けようとアイが戦旗を高く掲げたその時だった。
――ウゥゥゥゥゥゥゥン――……。
「っ!?」
「サイレン!?」
突如、地下街全体に低く唸るような警戒音が鳴り響く。身構える俺たちと同様に、カオスエルフも状況を理解できていないようだった。
塔全体に反響するような音。遅れて、地中から太い円柱が次々と立ち上がる。青白い光のラインを表面に走らせる、近未来的な姿は、周辺の状況とはミスマッチだ。
「これがアストラの言ってた秘策か?」
「分かりません。とりあえず、何か起きた時のために用意しておきましょう」
円柱の正体はまったく分からない。それが何をするのかも。
緊張に生唾を飲み込んだ、その時。
『閉鎖環境実験チャンバーにて問題を検知』
『脅威排除プロトコルを実行します』
『チャンバー内の研究員は速やかに退避してください』
響き渡る無機質な人工音声。嫌な予感が脳裏をよぎったその直後。
「おいおいおいおい!」
地面から立ち上がった円柱から、次々と強烈な光線が飛び出し、周囲を無差別に焼き払い始めた。
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Tips
◇『風切る飛燕の狂騒曲』
味方を鼓舞する応援歌。大空を飛翔する燕のような素早さを与える。
作詞作曲:調査開拓員アイ
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