第1297話「融合する邪悪」

 レティの打撃がカオスエルフを吹き飛ばす。壁に埋まったところへトーカが飛び込み、切り掛かる。反撃を繰り出しても、すべてエイミーによって受け止められる。

 この短時間で、彼女たちはカオスエルフに対する戦い方を確立していった。その早さは騎士団ですら驚くほどのものだ。


「はーはっはっはっ! 弱いですねぇ! このまま一気に押し切ってやりますよ!」


 勢い付いたレティが畳み掛ける。彼女の攻勢に遅れじと騎士団も一気呵成に飛び掛かる。カオスエルフのHPがみるみる減っていく。あまりにも展開が早い。


「レティ、下がれ!」

「なぁっ!?」


 直感だけで叫ぶ。レティが驚きながらも飛び退いた。次の瞬間。


『――ガァアアアアアアアアアッ!』

「くっ」

「ひぎゃああっ!?」


 音の爆発が石室を揺るがした。HPを減らしたカオスエルフの絶叫だ。その威圧は凄まじく、逃げ遅れた騎士団員たちが勢いよく吹き飛ぶ。回避したレティでさえ、両腕で顔を庇わなければならないほどだ。

 当たり前だ。ここに出てくる敵がこの程度で終わるはずがない。HPを六割ほどまで減らしたのがトリガーだったのだろう。カオスエルフの体から勢いよく黒炎が吹き上がり、周囲を包み込む。LPがガリガリと削れるが、逃げ場がない。


「レティ、上だ!」

「っ! 任せてください!」


 かろうじて叫んだ声がレティに届く。それだけで、彼女も俺の指示を理解してくれた。レティがハンマーを構え、上を見上げる。石室の天井に向けて、ハンマーを振り上げる。


「『バニーホップ』『ムーンボヤージュ』――『時空間波状歪曲式破壊技法』ッ!」


 ライカンスロープの脚力を存分に活かし、彼女は高く飛び上がる。一瞬で天井に肉薄しハンマーで空間ごと破壊する。破壊不能なオブジェクトが破壊され、大穴が広がる。カオスエルフの放った黒炎は勢いよく外へと飛び出した。


「外に逃げるぞ!」

「れ、レッジ……」

「掴まれ、ラクト!」


 足の遅いラクトを抱え石室から飛び出す。騎士団の第一戦闘班はさすがの対応力で、冷静に退路を確保してくれていた。カオスエルフはレティが開けた大穴から外へと飛び出していく。俺たちも黒炎の燻る石室から、急いで退散する。

 その時、共有回線からアストラの声が響いた。


『前線で活動中の全班に次ぐ。カオスエルフを発見した場合、その場に拘束するように!』

「なにっ!?」


 どうやら、カオスエルフを発見したのは俺たちだけではなかったらしい。同じように前線で探索中だった他の調査開拓員たちも、他の場所でカオスエルフを見つけ出していた。そして、おそらくは戦闘に発展した。

 アストラは、理由を伝える。


『カオスエルフは他のカオスエルフと融合し、さらに強くなる。2体で概算危険レベルはヴァーリテイン10体分、3体融合すれば20体分以上になる!』


 その生息地から、装備やテクニックの実験相手として便利に使われている、〈奇竜の霧森〉のボス“饑渇のヴァーリテイン”は、その戦闘能力が単位として用いられていた。カオスエルフ1体を相手にした肌感では、ヴァーリテイン2体分より少し強い程度だった。それが、融合すれば加速的に強さが上がっていくという。


「って、まずいじゃないか!」


 アストラの伝達を理解し、はっと気がつく。俺たちが相手していたカオスエルフは、天井の穴から逃げたところだ。


「ミカゲ!」

「こっち!」


 ミカゲはすでに相手を捕捉していた。彼はカオスエルフに細い糸を付けていたのだ。

 抜かりない追跡に感謝しつつ、慌ててそれを辿る。


「も、もしかしてレティまたなんかやっちゃいました!?」

「俺の指示ミスだ! とりあえず捕まえるぞ!」


 焦燥するレティに弁明し、黄霧に包まれた街の中を駆け抜ける。糸は千切れるギリギリまで張り詰めており、相手がかなりの速度で動いていることを示している。この黄霧の中でもこれほどの運動能力を保っているとは。


「レッジさん、あれを!」


 隣を走っていたトーカが、遠くを指で指し示す。その先で、大きな建造物がガラガラと音を立てて崩れていた。そこから現れたのは、一回り大きくなったカオスエルフ。全身を漆黒の炎に包み込み、体は女性的な特徴を残しつつも力強さを増している。


「二体融合したカオスエルフか」


 どこかで見つかったカオスエルフが二体合流してしまったのだろう。飛行能力を獲得しているのか、空中に浮遊している。その足元で激しい戦いの音が聞こえる。しかし、カオスエルフが軽く手を振った瞬間、立て続けに極大の爆発が起こり、調査開拓員たちの悲鳴が上がった。


「あれでバリテン10匹分って嘘じゃない!?」

「概算危険レベルは概算でしかないので。実際とはかなりブレがある場合もあるんです」


 俺に抱えられたまま悲鳴を上げるラクトに、アイが答えた。前線から上がってきた情報を元に解析班が出した、とりあえずのレベルだ。それをそのまま鵜呑みにするわけにもいかない。


「レティ、あれに勝てるか?」

「バリテンなら何百匹来てもいいんですけど」


 破壊の限りを尽くすカオスエルフを見て、レティが眉を寄せる。

 バリテンチャレンジ高さ部門で殿堂入りを果たし、最速撃破ランキングで8位に輝くレティでも、カオスエルフは分が悪いと判断した。


「……捕まえた!」

「ミカゲ! でかした!」



 その時、ミカゲがいつもより興奮した声を上げる。彼が逃走中のカオスエルフに追いつき、その身柄を拘束したのだ。流石我らが忍者ガチ勢である。


「ならば、拘束が解ける前に仕留めます!」


 トーカが鯉口を切って走る。

 彼女の一撃が首を捉えることができれば、かなりHPを削れるだろう。だが。


「がっ、ぐっ」

「ミカゲ!?」


 刃が光る直前、不意にミカゲが苦悶の声を上げる。彼のLPは減っていない。だというのに、彼は苦しげに胸を掻き、膝を突いた。


「何が――」

「まさか、呪術が悪さをしてるのか!?」


 思い当たるのはそれだけだ。ミカゲが捕縛に〈呪術〉スキルを用いたのを逆手に取られた。彼の症状は呪術の過剰行使で厄呪が蓄積しすぎた時のそれに酷似している。だが、彼もその対策は十全にとっていたはずだ。


「だ、駄目! ミカゲの呪力が全部吸われてる!」


 シフォンが悲鳴を上げる。

 俺たちは止める術を持たなかった。


「アストラに報告。――カオスエルフに呪術は使うな」


 次の瞬間、誰とも融合を果たしていないはずのカオスエルフが力を漲らせて振り返った。ミカゲの拘束を軽やかに千切り、足元に倒れている彼を蹴り飛ばす。瓦礫の奥へと消えるミカゲを一瞥もせず、それは嬉しそうな笑みをこちらに向けてきた。


━━━━━

Tips

◇1バリテン

 〈ヤーポン絶許度量衡制定協会〉によって設定された、原生生物の強さを測る際の単位。1バリテンは“饑渇のヴァーリテイン”1頭ぶんの強さ。より具体的に言えば、HP336,000、物理防御力1,200、機術防御力1,400、斬撃耐性200、打撃耐性150、刺突耐性250、火属性耐性700、水属性耐性350、土属性耐性600、風属性耐性400、雷属性耐性900、呪力耐性80、カルマ値-1,200である。

 同バンドによってバリテン計算関数も公開されており、それを用いることで対象原生生物のバリテン値を算出することができる。


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