第1296話「脅威の戦士たち」
怨嗟の闇に飲まれたカオスエルフは喉が裂けそうなほどの絶叫を響かせる。その声には原始的な恐怖さえ感じ、俺たちは足を竦ませた。爛々と赤く輝く双眸が俺たちを睨み、射殺さんとする。細枝のような腕がこちらへ振るわれたかと思えば、闇の中に紅蓮の炎が花開く。
「危ないっ!」
高レベルの威圧からいち早く脱したのはレティやアイといった普段から対策を施している前衛職。彼女たちはカオスエルフの放った炎を掻い潜り、一息にその懐へと飛び込んだ。
エイミーがまだ動けない俺たちの前に立ち、盾を構える。灼熱を阻み、彼女は苦悶の表情を浮かべる。防御力も各種耐性も高いレベルで揃えているエイミーのLPがガリガリと削れていた。
「『ノックダウン』ッ!」
「『迅雷切破』ッ!」
「『ウィンドミルプレス』ッ!」
レティ、トーカ、Letty。三人のアタッカーによる同時攻撃。ハンマー、大太刀、ハンマー。打撃、斬撃、打撃。頭、首、腹。三つの衝撃が、一度に到達する。
他種属製の武器とはいえ、全員が攻撃力に特化したビルドだ。繰り出されるのは全て致命の一撃となる。だが――。
『ガガガッ!』
「なにっ!?」
確実に間合いから放たれた攻撃だった。にも関わらず、カオスエルフは驚くほど機敏な動きで三つ全てを回避する。あまつさえ、武器を振り抜いて重心を外にずらしてしまったレティの体側を蹴って吹き飛ばし、トーカの腹に拳を突き込んで殴り飛ばす。残されたLettyには至近距離から爆発を起こした。
「レティ、トーカ、Letty!」
三人が同時に、反応速度を上回るカウンターによって吹き飛んだ。あまりの事態に焦りが浮かぶ。三人とも死んではいないようだが、すぐにでもアンプルを使って回復しなければならない傷だ。
「『恐ろしき覇獣の咆哮』ッ!」
その時、石室におどろおどろしい声が響く。カオスエルフが一瞬動きを止めるが、俺たちにとっては頼もしい勇気を与える声だ。それを発したのは、アイである。
「拘束に注力! ラクトさんも手伝ってください。割合デバフで弱体化を図ります!」
「っ! 任せて!」
副団長の指揮が振るわれる。前衛三人の惨状で臆病風に吹かれていた俺たちは、叱咤激励を受けて動き出す。
ラクトが氷をカオスエルフに纏わせる。足を地面に凍りつける暇はない。手足にできるだけ大きな氷を纏わせ、わずかでも動きを鈍らせるのだ。
『オオオオオオッ!』
「このっ!」
「静まりたまえ! 静まりたまえ!」
我武者羅に暴れるカオスエルフに騎士団第一戦闘班の支援機術師が次々とデバフを掛けていく。動きを5%遅くする『
「座標と敵情報の送信完了しました!」
解析官の一人が報告をあげる。
現在地とカオスエルフについて判明しているわずかな情報が、後方にある陣幕に届けられた。これで、最低限俺たちの役割は達したわけだ。
「それじゃあ、ここからはより多くの情報を集める段だな」
本職の情報収集戦闘とまではいかない。それでも、今後の糧とするため、できる限り戦い続ける。一つでも多くカオスエルフのパターンを引き出し、弱点らしい属性を見つけ出す。
「なに、ここで倒してしまっても構わないんですよね」
「レティ!? もう大丈夫なのか」
「こんなこともあろうかと、一番高いアンプル持ってきてましたから!」
石室の壁に開いた穴の向こうから、ボロボロのレティが飛び出してくる。LPを大きく削がれていた彼女は、予想よりも早く復活していた。その手にあるのは、現時点での最高等級を叩き出した超高級LP回復アンプルだ。
「――ふ、ふふふっ。良いですねぇ。いい相手れす。久しぶりに昂ってきまひたよ」
「と、トーカ?」
ゆらりと立ち上がったのは、額のツノを真っ赤に染めたトーカ。明らかに呂律が回っていない様子は、かなり“血酔”状態が進んでいることを示唆している。まだ石室では血は流れていないというのに……。
「まさか、その手に持ってるのは」
見つけたのは、彼女が携えている瓢箪の入れ物。てっきり水筒か何かかと思っていたが、栓の抜かれたそれからはほのかに鉄臭い匂いが漂ってくる。
「こういう時のために、生き血を持ってきてるんれすよ。うぇっへっへ!」
瓢箪を頭の上で逆さまにして、血を浴びるトーカ。その姿はまさしく鬼のようだ。
「は、はえええ……。ひえっ!? ひょわっ!?」
カオスエルフが動き出す。狙うは呆然と立ち尽くしていたシフォンだ。おそらく彼女が一番無防備に見えたのだろう。だが、その思惑は外れる。
「はえっ!? ひえっ!? ぴょえんっ!?」
繰り出された三連撃。レティたちですら反応できなかったそれを、シフォンは氷のダガーで次々と相殺する。彼女自身は目に涙を浮かべているが、一分の遅れすらない完璧なパリィだ。
「ぴっ!? きょべっ!? はえええんんっ!?」
「シフォン、いいぞ。その調子で抑えてくれ!」
「はええええええっ!?」
レティたちが大技のため準備に入る。その間の10秒弱をシフォンは稼ぐことになった。俺も槍を持って飛び込むが、カオスエルフはこちらの刺突に超速で反応してくる。シフォンのパリィだけが、現状のところ唯一の対応策となっていた。
「た、助けっ、無理だよぉ!?」
「頑張れ頑張れ! いけるいける!」
「諦めんな!」
騎士団員たちも応援するなか、カオスエルフとシフォンの舞踏にも似た攻防が繰り広げられる。
そして。
「咬砕流、二の技、『骨砕ク顎』ッ!」
横からハンマーが殴り込む。敵の部位破壊に特化した攻撃。その鋭い打撃が頭部にヒットすれば、ほぼ確実に気絶する。Lettyが繰り出したその攻撃を、カオスエルフは即座に避ける。
だが。
「咬砕流、二の技、『骨砕ク顎』ッ!」
全く同じ技が、避けた先へと繰り出される。こちらこそが本命。否、どちらも本命。同じ攻撃力、同じ軌道、同じ速度。タイミングだけが僅かにずらされたハンマーが、カオスエルフの頭を叩く。
回避は不可能。避けた先にそれが来たのだから。
衝突。強い衝撃音。
それでも、カオスエルフは倒れない。大きくよろめきながらも、這うようにして立っている。そこへ、紅い斬撃が飛んだ。
「彩花流、玖之型――『狂い彩花』」
闇に咲く鮮やかな花々。無制御の斬撃が踊り狂い、カオスエルフの体を走る。その斬撃を避けることはできない。繰り出す者が正気ではないが故に、その軌道に規則がない。
『ギャアアアアッ!?』
絶叫をあげるカオスエルフ。
だが、そのHPはまだまだ多く残っている。
その時、カオスエルフの背後、闇の奥から人影が浮かび上がった。
「――『アサシネイトエッジ』」
動の乱撃に意識を割かれたカオスエルフの、盲点から繰り出された忍刀の刺突。人体の急所を的確に貫く一撃は、クリティカルダメージを何倍にも増幅する。
ミカゲによる暗殺術。それによってカオスエルフのHPがごっそりと削れた。
「よし、だいたい覚えたわ」
そして。
カオスエルフの前に彼女が立ちはだかる。
いつもの盾拳を外し、徒手空拳で。構えるはシンプルなファイティングポーズ。
カオスエルフが吠え、飛び込む。その鼻面に素早く一打。
コーーンッ!
唐竹を割ったかのような澄んだ音。骨と骨がぶつかる音だ。
カオスエルフが顔を上に上げた。顕になった喉に掌底が叩き込まれる。気道を潰され、悲鳴すら出せない。行き場を失い膨らんだ肺に、容赦のない回し蹴りが飛び込んだ。
『コッ――ァッ』
そのまま吹き飛ぶかと思われたカオスエルフは、驚異的な身体能力で留まる。そして、体勢を立て直すと同時に腕を振るう。だが、エイミーはその動きを看破していた。
飛び込んできた拳に対して、最も良い一瞬に障壁を展開する。パーフェクトなジャストガードが決まり、ノーダメージ。カオスエルフにノックバックが入る。吹き飛んだカオスエルフは、即座に反撃。だが、再びジャストガード。
「すごい、もう見切ったのか……」
第一戦闘班の重曹盾兵が唖然とする。本職であるからこそ、彼女の手腕をより深く理解していた。複雑に機敏に動き回るカオスエルフの熾烈な攻撃を、全て受け止め、反撃している。
しかも。彼女の作った隙に合わせて、レティたちが大業を叩き込む。テクニックのクールタイムが間に合わないところでは、ラクトが氷の矢を叩き込んで強引に時間を作る。
「なんて対応力だ……」
「人型エネミーに対して、ここまで戦えるのか」
〈白鹿庵〉の戦士たちは、カオスエルフを攻略していた。
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Tips
◇生き血
原生生物から搾った新鮮な血。腐りやすいため、適切な保存が必要。フィールドに撒けば一部の原生生物を誘き寄せることができる。
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