第1295話「呪われた妖精」
第八次大規模攻勢に参加してきたのは武器だけではない。それを作るドワーフ、グレムリン、コボルド、そして人魚の職人たち、更に傭兵たちも続々と馳せ参じてきた。後方の陣営では野外作業場が急ピッチで整備され、そこで他種族製武器が次々と作られる。それを手にした俺たちは、勢いよく攻勢を仕掛けることとなった。
「アイ、この辺りの地形を調べてくれ」
「任せてください!」
アイの滑らかな歌声が響き渡り、暗闇と黄霧に包まれた町の構造を浮き彫りにする。判明した構造を頭の中に叩き込み、俺たちは一気に町の懐へと飛び込んでいく。
「なーんでアイさんが付いてきてるんですかねぇ」
「わたしたちだけでもなんとかなると思うんだけど」
「そう言うなよ。アイのエコーロケーションは実際大助かりなんだ」
先鋒として前線を押し広げている俺たちは、〈白鹿庵〉と〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班の混成部隊だ。アイの音響測位によって視界の劣悪な戦場でも迷うことなく進むことができている。
レティも破壊できそうな壁を見つけてドワーフ製のハンマーを叩き込み、まっすぐな道を開通させている。
他種族製武器は現状で五種類存在する。それぞれに若干特性が変わっていて、調査開拓員は好みに合わせて選択するようになっていた。ドワーフ武器は重量が大きい代わりに破壊力が抜群、グレムリン武器は逆に小型軽量。コボルド武器はバランス型。人魚武器は特殊効果が付いている。と言った具合だ。
レティは当然のように特注の特大ハンマーを担いでいるし、トーカは“侵蝕”という特殊効果のついた人魚製太刀を持っている。
「はぁ。今回のイベントで一番の貧乏くじは機術師だよねぇ。まったく」
ラクトの嘆きと共に物陰から飛び出してきたジャイアントゴブリンたちが足元から凍結する。だが、彼女のアーツが勢いよく飛び出しても、それはゴブリンの厚い胸板を貫くには至らない。
「なに、問題ない。――ふっ!」
氷によって足を止めたゴブリンの一体に狙いを定め、槍を突き出す。グレムリン製短槍、“ウィンドエッジスピア”の高速刺突。その一撃が易々と胸を貫き、最大の急所である心臓を射止めた。
「そのために俺がいるんだ。チームワークだよ」
「ん、それもそうだね。頼りにしてるよ、レッジ」
アーツ、特にラクトがメインスキルとしている攻性機術を直接ジャイアントゴブリンにぶつけてもほとんど効果が発揮されない。近接戦闘色のように武器を持ち変えるというわけにもいかず、彼女たち攻性機術師は不当差別だと憤慨した。
〈
とはいえ、ラクトのアーツは直接攻撃だけしか能が無いわけではない。彼女が凍結によって足止めしてくれれば、その間に俺たちが攻撃できる。重要なのは連携なのだ。
「はーっ! こっちも倒しましたよ! ラクトとのチームワークで!」
「おお? おお、レティもナイスだな!」
何やら大きな声で主張するレティにも親指を立てる。〈白鹿庵〉は今日も仲がいい。
「レッジさん、あの建物に封印されたドアがありそうです」
「よし、行ってみよう」
アイの言葉を受けて、俺たちは正面に見えていた建物に入る。ゴブリンがスヤスヤと眠っているところを避けながら奥へ進むと、頑丈な鉄製の扉が立ちはだかっていた。
「レティ」
「任せてください! デストローーーイ!」
とはいえ、扉など今の俺たちにはあってないようなものだ。ハンマーという万能鍵を手に入れたレティが勢いよくドアを破り、その向こうへと道を繋げる。しかし、そのまま飛び込んだレティは、突然耳を立てると、俺たちの侵入を手を挙げて阻んだ。
「待ってください! ちょっと変です」
「どうした?」
「……血の匂い。この奥から、嫌な予感がします」
五感の鋭いタイプ-ライカンスロープ。レティは一瞬で不穏な気配を察知した。彼女の声で、俺たちも緊張感を高める。
「たしかに、嫌な気配がするよ。これは……呪いに近いかも」
「シフォンの言うとおり。濃い怨念が溜まってる」
三術スキルを持つシフォンとミカゲが身構える。
俺は思わず生唾を飲み込み、槍を持つ手に力を込めた。ゴブリンの住む地下街の、封印された鉄扉の向こう。そこに隠されているもの。察しがつかないほど馬鹿ではない。
「慎重に進むぞ」
「了解です」
レティを先頭に、狭い通路を進む。短い道のりだ。その先にまた扉があった。厳重に閉ざされているが、その内側から漏れ出す臭気は俺たちの鼻でも感じられるほど濃いものだった。
「……これは、ヤバいかもしれない」
ミカゲが緊張しながら言う。彼がそれほど身構えるのは珍しい。いったい、この扉の先はどうなっているのか。
「この扉、破壊してもいいですか?」
レティが尋ねる。俺たちはお互いの顔を窺い、覚悟ができていることを確認しあい、頷いた。
「それでは――」
振り上げられたハンマーが、鉄の扉を強く叩く。
次の瞬間。
「きゃああっ!?」
「レティッ!」
張り詰めていたガス管が破裂するように、勢いよくドアが吹き飛ぶ。俺は咄嗟にレティの腕を掴み、引き寄せる。次の瞬間、彼女がいた場所に扉が飛び、頑丈な石の床を深く抉った。扉を開けようとした者を吹き飛ばすトラップか。
『オオ……オオオオオオ……』
扉の奥に広がる闇の中から、腹の底に響くような暗い声がする。跳ね起きて身構えるレティ。彼女の目の前に、闇が流れ込んできた。
『ナゼ……ナゼ……。オソイ……カミ……』
かろうじて女のものと分かる嗄れた声だ。それは、俺たちですら分かるほど深い怨念を抱えている。この世の全てを恨み殺すような、強い感情を垂れ流している。
意を決して、扉の奥へと足を踏み入れる。ライトの光が室内を照らす。
『ギャァアアアアアアッ!』
耳を劈く絶叫が石室に響き渡る。重たい鎖がジャラリと擦れ、錆びた格子がガタガタと震える。糞尿と血の酷い臭いが立ち込め、足元には粘り気のある黒い泥が散乱している。
光の先、部屋の中央に浮かび上がったのは、人ひとりが収まるほどの大きな鳥籠。そこに囚われていたのは、痩せさらばえ、伸び放題の髪もくすみ、ただ双眸を爛々と光らせる、幽鬼のごとき怪物。否――。
「これは――エルフなのか」
数多の責苦の痕を全身に残し、今もなお苦しみにのたうちながら怨嗟を吐き出す、変わり果てたエルフだ。
「なんてことを……!」
レティが絶句する。
彼女はハンマーを投げ出し、エルフを助けようと鳥籠へ駆け寄る。だが、ミカゲが激しく声を発した。
「駄目だ! 近づいちゃ――」
「えっ」
しかし、忠告は僅かに遅かった。エルフの体から黒い炎のような禍々しい力が溢れ出す。それを衣のように纏った彼女は、黒々とした怪物へと成り果てた。鳥籠を内側から捩じ切るよう破壊して、レティの体を片手で掴む。
「きゃああっ!?」
驚くレティ。エルフの怪物は絶叫する。
「レティ! ――これは、戦うしかなさそうだ」
エルフの頭上にHPバーが表示される。騎士団員が鑑定し、その名前を看破した。
「“カオスエルフ”――ステータス測定不能です!」
騎士団の精鋭解析官ですら看破できないその強さ。あまりにも隔絶した力を手に入れたエルフが、絹を裂くような絶叫を放った。
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Tips
◇“グレムリン・ウィンドエッジスピア”
グレムリンの鍛治師によって作られた鋼鉄製の短槍。軽量かつ地下の閉所でも扱いやすいサイズに調整されている。素早い連撃を可能とし、使いこなせれば風を斬るように敵を圧倒することもできるだろう。
“デカいばかりで実用性に乏しいドワーフ製と比べて、より実戦を意識した武器じゃい。あのウスノロ共なぞ、手も足も出ん”――グレムリン鍛治師
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