第1294話「正道の先に」
『とりあえず、これで……勘弁してちょうだい……ぐふっ』
〈
「とはいえ、かなり破損が激しいわね」
手に入れたデータを展開し、ベッキーは落胆する。クナドが封印杭に収めていたとはいえ、数百年という時間は長い。獲得されたデータは破損が激しく、一見しただけでは内容も何も分からないような惨状だった。
「ま、ここからが私たちの腕の見せ所ってことね」
しかし、むしろこれでこそベッキーたちはやる気を出す。第三とはいえ、彼女たちは天下の〈大鷲の騎士団〉の解析班なのだ。
〈クナド〉の一角にある騎士団のセーフハウスを訪れたベッキーたちは、早速データの解析を始める。〈大鷲の騎士団〉は現在全ての都市――それこそ〈エミシ〉すらも含んだ全ての都市に拠点を持っている。本拠地は〈スサノオ〉にある〈翼の砦〉ではあるものの、各地のセーフハウスにも一線級の解析装置が揃えられていた。
マシンスペックとスキルレベル、そしてマンパワーの全てを注ぎ込み、ベッキーたちはデータの解析を行う。腐っても騎士団の解析班である彼女たちは、ゴリゴリとデータの解析を進め、そこに宿された意味を掬い上げる。
「ウロの話は本当みたいっすね。この洞窟は手掘りで作られたんだ……」
「ものすごい手間とコストがかかってるわね」
「信じられないっすよ。〈窟獣の廃都〉の坑道には破壊不能オブジェクトも多いっていうのに」
〈窟獣の廃都〉はその立地から、地下資源が豊富だ。〈アマツマラ地下坑道〉では手に入らない鉱石などもあるため、鉱夫たちがコボルドやグレムリンと共に活動している。しかし、掘り進められた坑道は複雑怪奇に折れ曲がる。というのも、至る所に固い岩が存在し、それを迂回することを強いられるからだ。
この巨大空間を掘りぬこうとすれば、そんな岩盤にも頻繁に行き詰まるはずだ。それをものともせず掘り進めるには根気以上に優秀な道具がなければならない。
「それで、ピッケルは最後どこに片付けられたの?」
データは猛烈な勢いで解析されていく。通常の解析官が1日かけて読み進める文章を、彼女たちは3秒で駆け抜けていく。そうして、クナドの記した装飾過多の文章を分析していく。
「げっ」
読み進めていた団員が声を上げる。ベッキーたちが一斉に振り向くなか、彼は気が進まない様子で続きを話した。
「……“ドワーヴン・アダマンピッケル”は最後、この町の下に埋められたとか」
「………………」
重苦しい空気が騎士団のセーフハウス内に立ち込める。ベッキーは眉間を強く揉んで、次なる指示を出した。
━━━━━
〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層地下街。大穴近くにテントを建てた。騎士団のアストラたち第八次大規模攻勢の参加者たちが体を休めるための大規模なテント村だ。当然、俺以外のキャンパーたちも設営に協力してくれている。
テントの隙間を慌ただしく走り回っているのは、カミルとソロモンのメイド達だ。怪我人へ医療品や修理パーツを届けたり、大鍋で作った食事を運んだりと、くるくるとよく働いている。
ゴブリンとの戦いは、現在膠着が続いていた。
アイたちがゴブリン製の武器を持ってきたことで一度は盛り返したのだが、あれは応急修理用マルチマテリアルなどが使えない。実用性に乏しいアイテムなのだ。そのため、早々に戦力が大幅に低下してしまい、防衛に回ることになってしまったわけだ。
「とはいえ、もうすぐ大量の武器がやってくるはずですので。安心してください」
「そうなのか?」
本拠地のテントを訪れた俺は、アストラの声に首を傾げる。何やら彼はこの膠着状態を打破するだけの確信を持っているようだ。
俺が彼の思惑を理解したのは、その直後のこと。突如“大穴”から巨大輸送船が飛び出してきたのだ。
「団長! お待たせしましたー!」
クチナシ級に匹敵するレベルの巨大宇宙船から出てきたのは、騎士団員らしき女性だった。彼女は出迎えたアストラに大きく手を振りながら、部下に指示を出す。船の底がぱかりと開いて、広い船倉から機械牛がわらわらと荷物を引いて現れる。
「おおお、大量の武器が」
機械牛が牽引するコンテナの中に詰め込まれていたのは大量の武器。しかも、そのどれもが天叢雲剣製ではない。軽く鑑定してみると“ドワーヴン・スチールソード”という名前が判明した。
「レッジさんの持って来てくださった武器を見て、ドワーフやコボルド、グレムリンの使う武器を調査させました。そうしたら、それぞれの種族が扱う武器のレシが手に入る任務が発生したんです」
〈オモイカネ記録保管庫〉や〈窟獣の廃都〉に駐屯していた騎士団が調査した結果、未発見の任務がいくつも見つかった。それによって、大量の他種族製武器のレシピが判明した。
しかも、成果はそれだけではない。
「第三解析班の働きで〈窟獣の廃都〉の隠しネームドが見つかりました。〈クナド〉の真下に眠っている黒い大蜥蜴で、そのドロップアイテムで“ドワーヴン・アダマンピッケル”というアイテムが」
「ずいぶん物々しい名前だな。それも武器になるのか?」
「いえ、これは名前の通りピッケルです」
ただ、とアストラは続ける。
「これを使うことで〈エウルブギュギュアの献花台〉の外壁を破壊することができたようです」
「おお! ……もしかして、そっちが正攻法なのか?」
「その可能性は拭いきれませんね」
苦笑するアストラ。流石に、クチナシ級を衝突させて壁に穴が開けるのが正道というわけではないらしい。
「更に〈アトランティス〉でも動きがありました。ベンテシキュメへのインタビューで、塔に関する情報がいくつか判明したんです」
「なるほど……。たしかに、最初からそっちを調べとけば良かったな」
ベンテシキュメは古い時代の人魚の生き残りだ。色々と知識もあるだろう。まずはそっちに当たって情報収集すべきところを、俺たちは数段飛ばしで塔に向かってしまったらしい。
また、〈アトランティス〉には古い時代の情報が残っている。それの調査も併せて行ったところ、〈エウルブギュギュアの献花台〉に関する情報も見つかったという。
「まだ推測の域ではありますが、この塔が時空間構造部門の実験施設であることは確実と言っていいでしょう。第一階層はエントランス兼迎撃領域となっていて、許可なく立ち入った者は自律型警備NPCによって抹殺されると」
「おお……。それじゃあ、クチナシで壁ぶち抜いて入ったのは正解だったな」
定石通りにピッケルで壁に穴を開けて進めば“白神獣の尖兵”のような強力なNPCに襲われていたということだ。
ちなみに、第二階層が研究職員のオフィスになっていて、第三階層は魂魄に関する研究フロア、第四階層は人工的閉塞無限時空の構築が云々という小難しい題名の研究フロアになっていたという。
「そして第五階層で行われていた研究なのですが」
アストラは少し言葉を詰まらせる。何やら言いにくいことらしい。
地上と地下に分かれた塔の中の街並み。空には鏡写しの町まである。地上にはエルフが住み、地下にはゴブリンが住む。エルフたちは俺たち調査開拓団を神と呼び、ゴブリンたちは俺たちを憎んでいるようだ。
この状況から、何かを察してしまう。
「どうやら、人工的な閉鎖環境での文明発達実験を行っていたようです」
つまるところ、エルフもゴブリンも檻の中のモルモットだったというわけだ。
「島の最上層、第六階層に施設全体の統括管理者が存在するようです。それをどうにかするのが、今回のイベントの達成条件ということでしょうね」
俺たちが先走って前線を掻き乱している間に、他の調査開拓員たちが地道に調査をしてくれた。その結果、曖昧だった〈天憐の奏上〉の終端が見えてきた。
「ゴブリンをどうにかして、エルフを助けましょう。そうして、天空へ――第六階層へと向かいましょう」
アストラが頭上を指差す。硬い岩盤で覆われた向こう、地上街の更に上に広がる逆さまの町。そこにこの塔の主がいる。
目標が定まった。ゴールが見えた。ならば、あともう少しだ。
「よし、一丁やるか」
俺はアストラの手を握り、決意を新たにした。
━━━━━
Tips
◇[データ破損]の研究記録
[日付データ破損]
[記録者ID破損]
事象修[データ破損]式の完成は間近。検証実験は第五段階へと進むこととなった。これが成功すれば、俺たちはついに[データ破損]すら可能になる。失われた[データ破損]を[データ破損]ることもできるだろう。
術式の鍵は[データ破損]だ。そのために[データ破損]と[データ破損]を[データ破損]環境に入れて[データ破損]した。憎悪と幸福のエネルギー的格差[データ破損]した時、[データ破損]が世界を[データ破損]る。
この術式が完成すれば、白龍が蘇る。
[情報保全検閲システムISCSによる報告]
[当該情報は不明な存在によって破壊されました]
[当該情報のサルベージを実行し、特例機密記憶領域へバックアップしました]
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます