第1293話「秘宝探し」

 ベッキー率いる第三解析班の面々は、ドワーフ警備部長ネセカの依頼を引き受け調査に乗り出した。舞台となるのは地下に広がる巨大な空洞〈窟獣の廃都〉だ。そこに棲むコボルドたちに対して地道に聞き込みを行なって、“ドワーヴン・アダマンピッケル”の所在を探る。

 当初はグレムリンに話を聞いて回るだけだったが、彼らもそんなものは知らないと言う。そんなわけで、第三解析班はさらに調査の幅を広げ、グレムリンと共同生活を営んでいるコボルドたちにも聞き込みを行うことにした。


『ピッケルねぇ。そりゃあ持ってるけど、そんな上等なモンじゃないぜ』

「何か噂程度でも聞いたことはありませんか?」

『さてね。みんな自分の仕事道具には多少思い入れがあるから、色々言うやつもいるけども』


 インタビュー自体はコボルドと調査開拓団の関係が良好なこともあって円滑に進む。何より助かったのは翻訳機の性能が少し前とは見違えるほどに良くなっていることだ。ここにもレッジが関わっているという話もあるが、なんにせよコミュニケーションが容易なのは大いに助かる。

 とはいえ、聞き込みで成果が挙がったかと言われると首を横に振らざるを得ない。

 コボルドの採掘師から話を聞いたベッキーは思わず唸る。“ドワーヴン・アダマンピッケル”が消えたのは数百年以上も前のことだ。単純に、コボルドたちも世代交代によってその頃のことを覚えていない。こんなところで世代の壁に突き当たるとは、思いもよらなかった。


「これは賢狼ウロに聞かないとダメかなぁ」


 〈窟獣の廃都〉に古くから隠遁する老いたコボルド。盲目に進化した他のコボルドとは違い、金に輝く目を持つという。あの〈白鹿庵〉のレッジも、彼から竜闘祭の情報を受けたと言われている。

 とはいえ、ウロの棲む洞穴までは過酷な道のりだ。とてもではないが、第三解析班のインドア連中だけでは到達も難しいだろう。


『なんだ、アンタ。ウロ様のとこに行くのかい?』

「えっ? あ、はい……。ぜひお話しを伺えたらいいな、と」


 思わず溢れた独り言だったが、目の代わりに耳は良いコボルドが反応する。ずい、と目のない生白い肌の顔が迫ってきて、ベッキーは思わず頬を引き攣らせる。幸か不幸かコボルドはそんな彼女の反応には気付いていない。


『それなら、ウチの傭兵を雇っていけばいい。いい道案内になるし、洞穴の獣を相手するのも慣れてるだろう』

「傭兵……。なるほど、その手があったか」


 コボルドの提案はベッキーがついつい忘れかけていたものだ。大所帯の〈大鷲の騎士団〉に所属していると、大抵のことは身内で片付けてしまおうという発想が基本になってくる。そのため、彼女は各地に派遣されている第三戦闘班を呼び寄せようかと考えていたところだった。

 ドワーフやコボルド、グレムリンといった異種族の中には、腕っぷしに自信がある者や、特定のフィールドについて専門的な知識を有する者がいる。そういった者たちは傭兵として活動していた。

 ベッキーは解析班を引き連れて〈窟獣の廃都〉の中心にある都市〈クナド〉を訪れる。そこにある立派な〈マーシナリーアライアンス〉で、傭兵を雇うことができるのだ。


『グルと申します。1時間あたりの報酬は鶏肉75kgとなりますが、よろしいですか?』

「ビット換算の支払いでも大丈夫なら……」


 運よく解析班の中に〈取引〉スキルレベルの高い者がいたため、彼女たちは経験豊富な上級傭兵のグル・ルゥルゥというコボルドを雇うこととなった。一般的なコボルド傭兵と比べれば報酬が倍以上だが、そこは天下の〈大鷲の騎士団〉である。こういったものは経費で落ちるのでベッキーの懐はまったく痛まない。


「あの、隊長」

「なにかしら?」

「グルってたしか、おっさんをウロの所に案内した傭兵っすよ。副団長も付いて行ってたと思いますけど」

「ああ、そっか。それは運が良いわね」


 ひそひそと耳打ちされたことで、ベッキーも思い出す。この屈強なコボルドは、確かな実績のある傭兵だ。彼の案内ならば、妙なところに連れていかれることもないだろう。

 果たして、グルの先導で〈窟獣の廃都〉の急な傾斜を登って行ったベッキーたちは、彼の傭兵としての実力をまざまざと実感した。次々と暗闇の中から飛び出してくる芋虫やモグラを、彼は一瞥することなく槍で突き殺していく。その力は騎士団第三戦闘班よりも遥かに上だろう。


「ここがウロの洞窟ね」


 金の力でフィールドを突っ切ってきたベッキーは、ついに斜面にぽっかりと開いた暗い洞窟の前に立つ。きちんと下調べもして、ウロが求める手土産も揃えた。

 彼女は緊張の面持ちで洞窟の中へと入る。彼女に続く解析班の面々もおっかなびっくりといった足取りだ。グルだけが慣れた様子で、彼女たちの周囲を警戒している。


『――誰ぞ』

「っ!」


 洞窟の奥から低い声がする。年老いた深い歴史を感じさせる声だ。ベッキーは足を止め、手土産を掲げながら答える。


「調査開拓団のベッキーと申します。この度は、ウロ様に伺いたいことがあり、参りました」

『ふむ……』


 奥から巨大なコボルドが現れる。白く豊富な体毛に身を包み、金の瞳がベッキーたちを見下ろす。どちらも、グルたちにはないものだ。ドワーフから枝分かれした種族の始祖返り、悠久の時を生きるコボルドの生き字引。

 彼ならば、何か有力な手掛かりを持っているかもしれない。

 ウロはベッキーの手土産を受け取り、バリボリと噛み砕いて飲み下す。そして、問いを求めた。


『何が知りたい』

「ドワーフの秘宝、“ドワーヴン・アダマンピッケル”について。それが今、どこにあるのかを知りたいのです」

『ふむ……』


 ウロは緩慢な動きで考え込む。何か情報はあるようだと、ベッキーたちは期待に胸を膨らませる。彼女たちの視線を受けながら、狼コボルドはおもむろに手をあげる。その鋭く尖った爪が、一方向を指差す。


「後ろ?」

『この大空洞を作ったのは、“ドワーヴン・アダマンピッケル”だ』

「えええっ!?」


 明かされた衝撃の事実。ベッキーたちは飛び上がって驚く。


『ここに杭を打ち込んだのは、お前たちだろう。ならば……お前たちこそが、その行方を知っているはずだ』


 ウロはさらに続ける。

 〈窟獣の廃都〉の大空洞は調査開拓団の手によって作られた。一体誰が。ベッキーたちは、ひとつ思いあたる節があった。


「ありがとうございます」

『うむ』


 はやる気持ちを抑えながら丁重に感謝の言葉を述べる。

 そして、ベッキーたちは身を翻し、急いで町へと戻った。




『ピッケル?』

「はい。ドワーフの秘宝“ドワーヴン・アダマンピッケル”がこの大空洞を作ったとウロが言っていました。であれば、何かご存知なのではないですか、クナドさん」


 彼女たちが向かったのは、〈窟獣の廃都〉の中心に聳える黒々とした塔〈術式的隔離封印杭クナド〉だ。そこで捕まえたのは、都市の管理者であり第零期先行調査開拓団の一員でもあるクナドである。

 ベッキーから問い詰められたクナドは、眉を寄せて唸る。


『うーん、何かあったかしら。正直あんまり覚えてないというか……』

「なら、ショック療法と行きましょう。時間がないので」

『は?』


 ベッキーが取り出したるは一冊の黒いノート。彼女はそこに書かれているものを読み上げる。


「“嗚呼、なんという事だ。我が腕に封印されし狂気の鬼が、日毎に怒りを強めていく。深淵たる黒龍の鼓動は未だ封じられず――”」

『ああああああああああああああああああああああっ!!!?!?!?』


 血相を変えて飛び上がるクナド。彼女が勢いよくノートを奪取しようと飛びかかるが、ベッキーはそれをひらりとかわす。


『な、な、なんでそれをあなたが!』

「安心してください。これは複製です」

『余計安心できませんが!?』


 ベッキーが持っていたのは、“ダークオブダークの詩篇Ⅵ”という謎に満ちた書物。著者は〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉と呼ばれる誰かである。現在は〈オモイカネ記録保管庫〉にて厳重に保管されている第一級資料だ。


「どうです、何か思い出しました?」

『う、ぐ……。少しお待ちを。アーカイブを探りましょう』


 背に腹はかえられぬ、とクナドは苦渋の決断を下す。厳重に封印し、おいそれと取り出せないようにアーカイブ化しているデータがある。そこにベッキーたちの求めるものがある可能性があった。


『ただし、絶対にこの部屋には入らないでください。絶対ですよ』


 クナドはそう言って、封印杭の重要区画へと入っていく。完璧な遮音が施されているはずの扉の向こうから、彼女の地の底から響くような悲鳴が、聞こえたとか聞こえなかったとか。


━━━━━

Tips

◇ダークオブダークの詩篇Ⅵ

 〈オモイカネ記録保管庫〉のデータサルベージ中に発見された謎の書物。かろうじて判明しているのは、著者の〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉という名前だけ。

 空白期間以前の出来事が記された重要な歴史書として、現在もドワーフと調査開拓団の総力を挙げた解読作業が進められている。また、欠落している他の巻に関しても捜索が行われている。

“必ずや、全ての謎を解き明かすのです!”――管理者オモイカネ

“当該資料の焼却処分を求めます”――管理者クナド

“管理者クナドの提案は認められません”――管理者オモイカネ

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