第1292話「素直な道筋」
〈大鷲の騎士団〉所属の調査開拓員ベッキーは戸惑っていた。彼女は第三戦闘班に所属する、いわゆる三軍だ。解析班の班長を任せられているとはいえ、第一、第二の先輩たちと比べればその腕は一段劣る。それは彼女も認めていることだ。
そもそも、ベッキーは前線での手に汗握るような緊迫感が得意ではない。それゆえ、攻略系バンドに所属しながらも辺境にある〈オモイカネ記録保管庫〉に引きこもり、ドワーフたちの所蔵する古びた歴史書を紐解く作業に従事してきた。
「私が、ドワーフたちに聞き込みを?」
『そうだ。〈エウルブギュギュアの献花台〉に繋がる何かがあるはずだ。よろしく頼む』
「えっちょっ!? ええ……」
一方的に掛かってきて、要件を伝えると一方的に切られたTELの発信者は、何を隠そう我らが騎士団長アストラである。彼がベッキーに依頼したのは、現在絶賛開催中の大規模イベント〈天憐の奏上〉のメインステージとなっている〈エウルブギュギュアの献花台〉に関する、他種族からの情報収集だった。
もちろん、〈大鷲の騎士団〉としてはイベント開始時から情報収集は始めていた。しかし、ベッキーは特にこれといった成果をあげられていなかったのだ。
アストラは何か確信を持ったような口ぶりだった。ならば、前線で何かあったのかもしれない。
「しかたない。やるしかないか」
ベッキーは困惑しながらも、団長直々の指令を無碍にするわけにもいかず、おずおずと重い腰を上げた。
『〈エウルブギュギュアの献花台〉、ですか。既知の情報はすでにお渡ししましたが』
「ですよねぇ」
ベッキーがまず当たったのは、彼女の活動拠点たる〈オモイカネ記録保管庫〉の管理者、オモイカネである。とはいえ、すでに彼女へのインタビューは済んでおり、粗方の情報は採集し終えている。
『あそこは、私たちにとっても謎多き場所なのです。というのも、あそこはイザナミ計画実行委員会直属の時空間構造部門の研究施設でしたから』
「時空間構造部門。物質系スキルの根源とも言われている部署ですよね」
〈切断〉〈破壊〉〈貫通〉の3種類を擁する物質系スキル。破壊不能オブジェクトでさえ強制的に破壊してしまうという、非常に強力な力を持ったスキルでありながら、その内実は謎に包まれている。
時空間構造部門はそんな物質系スキルを構築したイザナミ計画実行委員会の一部署である。第零期先行調査開拓団のオモイカネでさえ、その実態には詳しくない。それほど、厳格な情報遮断措置が行われていた。
「〈エウルブギュギュアの献花台〉の第四階層には宇宙が広がっていて、第五階層にはエルフとゴブリンがいて、ゴブリンの一部には天叢雲剣による攻撃がほとんど通らないとか……」
『何度聞いても意味分かりませんね』
「全くです」
前線から上がってくる情報はベッキーも当然把握しているし、オモイカネも新たに生まれた管理者エミシ経由で共有している。とはいえ、知っているのと理解しているのには大きな違いがあるのだと、二人は同時に頷いた。
塔の中に宇宙が広がっているだけでも訳が分からないのだ。
「エルフは、たしかここの資料にも少し言及があったような気がするんですけど」
ベッキーは〈オモイカネ記録保管庫〉から掘り出された解読済み資料に関してはほとんど記憶している。その中にわずかだがエルフに関する記述があったことを指摘すると、オモイカネは悩ましげに腕を組んで唸った。
『申し訳ありませんが、私は全てを把握しているわけではないので。司書部に行った方が確実かと』
「そうですか。ありがとうございます」
オモイカネは管理者ではあるものの、保管庫の全資料を把握しているわけではない。それならば実務を担当しているドワーフたちの方が確実だろう。そう促され、ベッキーは広大な地下図書館を移動した。
『エルフですか。私たちも名前くらいは聞いたことがありますがね』
〈オモイカネ記録保管庫〉の司書部長レパパはそう言って眼鏡を光らせた。記録保管庫の資料復元と整理を進める彼女たち司書部は、オモイカネから欠落したドワーフ史の編纂も命じられている。
『たとえば、過去の竜闘祭の記述などにその名前が出てきます』
「そういえばおっさんが言ってたわね……」
ベッキーが思い出すのは、竜闘祭に関する情報を〈白鹿庵〉のレッジたちが集めていた時のことだ。〈オモイカネ記録保管庫〉の地下に広がる大空洞、そこの深い洞穴に一人の老コボルドが住んでいる。彼が、竜闘祭について語る時にドワーフと並んでエルフが登場していた。
とはいえ、エルフに関する情報はそれ以上のものがあるわけではない。早速、調査は難航した。
「あの、話題は変わるんですけど。ドワーフ製の武器って何かありますか?」
『武器ですか?』
急に話題が一変し、レパパが驚く。彼女は少しの思案の後、それなら警備部のネセカの方が詳しいだろうと案内した。
『ドワーフの武器か。そりゃあ、色々あるが』
警備部長のネセカは、急に訪れたベッキーを快く出迎えた。彼女が持参した〈ウェイド〉の有名な洋菓子店の新作フィナンシェの力もあるだろうが、日頃から彼女たち調査開拓員がドワーフと友好的な関係を築いている賜物だろう。
ドワーフ製の武器について尋ねられたネセカは、蓄えたヒゲを撫でながら思いつくものを挙げていく。地下の閉所で活動する小柄な彼らは、長柄の武器を好まない。そのため、棍棒や短剣などのシンプルなものが多かった。
『ほとんどの武器は、まあお主らの物と比べれば数段劣るだろうな。意志ひとつで姿を変える武器はいまだに構造も理解できん』
天叢雲剣はベッキーたち解析官でさえ詳しいことは分からない。ほとんどオーパーツのような代物だ。ドワーフもその内容を解明しようとしていたが、いつの間にか匙を投げていた。
『しかし、ピッケルだけは特別じゃぞ』
「ピッケル……。そういえば、調査開拓団の開発するピッケルより高性能なもののレシピが貰える依頼があったなぁ」
地下に巨大な施設を作り上げたドワーフは、掘削技術に高い誇りを持っている。特にピッケルは凄まじい。ベッキーはドワーフから受けられる依頼の中に高性能なピッケルのレシピが報酬となっているものがあったのを思い出す。そのピッケルは、今や採掘師たちのスタンダードになっているはずだ。
『あのピッケルが、実はレプリカだと言ったらどうする?』
「レプリカ?」
ネセカの言葉にベッキーはぎょっとする。そのピッケルは、調査開拓団が開発したものより高い能力を発揮する。あれが模造品というならば、オリジナルは――。
「そ、そのオリジナルは見ることができるんですか?」
生唾を飲み込み、体を前傾させるベッキー。
しかし、ネセカは無念そうに肩をすくめた。
『残念なことに、いつのかにか消えておった。一体誰が奪ったのやら……』
「そんなぁ」
ここまで煽っておいてそれはない。ベッキーはしょんぼりと肩を落とす。
だがその時、ベッキーの目の前に小さなウィンドウが現れた。突発的だが、NPCからの依頼が出されたことを示すものだ。
『実のところ、疑わしいと思っていることがある』
【ドワーフの秘宝を探せ】という、なんとも好奇心をそそられる依頼だ。ネセカはベッキーに顔を寄せて、囁くように言う。
『我らの秘宝“ドワーヴン・アダマンピッケル”は施設の崩壊で失われた。その原因となったのはグレムリンたちじゃ。――もし興味があるなら、奴らのところを調べてみてくれんか?』
なるほど、とベッキーは納得する。
まだ依頼の発生条件は精査すべきところがあるが、筋道が見えた。運営が調査開拓団員、プレイヤーたちに用意したイベント攻略の算段が。
「……やっぱり絶対、塔に戦艦ぶち込んで穴開けるのは正攻法じゃないよねぇ」
ひとまず“ドワーヴン・アダマンピッケル”を探さねばならない。
ベッキーは依頼を受託し、第三戦闘班の解析官たちを招集した。
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Tips
◇ドワーヴン・アダマンピッケル
ドワーフ族が作り上げた至高のピッケル。その製法を記した資料は失われ、また実物も行方知らずとなっている。
残ったわずかな記録によれば、ドワーフたちが開発した“ドワーヴン・ピッケル”のオリジナルであり、比較にならないほどの高性能を誇る。その力は絶大で、どんな堅岩でも容易く打ち砕くことができるという。
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