第1291話「一つの可能性」

 麻酔ガス注入を始めたタイミングが、運悪くアストラたちの第八次大規模攻勢と重なってしまった。連絡がうまくできていなかったことによる事故で、アイは非常に焦っていた。とはいえ、一度始めてしまったガス注入を止めることもできない。

 俺たちはアストラたちがなんとか耐えてくれるのを信じて、計画の続行を決めた。

 注入が十分な量に達したと判断し、地下街へと乗り込んだ俺たちは、道端で昏倒するゴブリンたちを見て効果を実感した。致命には至らず、しかし深い眠りに落ちている。これであれば、捕えられているエルフも命に別状はないはずだ。

 ゴブリンたちが眠る町で、俺たちは探索を始めた。俺やレティたちの機体を探して回収するためだ。しかし、探し回っても機体は見つからない。代わりに、他のものが見つかった。


「それが、ゴブリン製の武器ってわけだ」

「なるほど? 興味深いわね」


 大規模攻勢の後方に陣営を構築していた後方支援部に、ネヴァがいた。機体の修理も兼ねて彼女にゴブリン製の武器を見せると、やはり強い興味を示した。


「これなら鹵獲機体も攻撃できるし、ジャイアントゴブリンにも対抗できると」

「そういうことだ。効果はさっき実証してきた」


 これは天叢雲剣製の武器ではないため、調査開拓団規則による同士討ちの範疇外となる。そして、なぜか天叢雲剣に対して高い耐性を持つジャイアントゴブリンに対しても、特攻といっていいほどの効力を発揮する。

 スキルの効果やテクニックの使用、装備やバフによる能力増強などの影響は受けないものの、今の所唯一ゴブリンに対抗できる武器だ。


「こんなの、どこで見つけたのよ」

「ゴブリンの工房があったんだ。そこにいっぱいあったから、アイたちにも手伝ってもらって根こそぎ持ってきた」


 町の探索で俺たちは機体のビーコン情報が最後に確認された場所へと向かった。

 そこは大規模な武器製造拠点のようで、かなり高度な技術力が窺えた。昏倒するゴブリン武器職人ブラックスミスの側に、この武器が落ちていたのだ。


「どうやら連中、俺たちの武器を解析して模倣してるみたいだ。回収した武器の中には、調査開拓団がよく使ってるようなものが多かった」

「人の作品をパクるなんて、許せないわね」


 憤慨するネヴァだが、やはりゴブリンは脅威だ。特にジャイアントゴブリンは、見ただけで俺たちのスキルシステム、テクニック、流派技まで模倣してきた。その上、あの原理不明の魔法まで。


「よし、修理できたわよ」

「おお、助かった!」


 そんな話をしているうちに、俺の機体の修理が終わる。仕方なかったとはいえ、自分で自分を壊すのは心苦しかったし、これでは機体回収をしても復帰できないからな。ネヴァがいてくれて本当に助かった。


「しかし、目下の課題は武器の入手製だな。ゴブリン武器職人は眠ってるから今後の増産は期待できないし、分捕るのも難しいし」

「確かにそうね。……あれ?」


 臨時機体から元の機体へとデータを移しながらぼやくと、ネヴァが何かに気付いたようだった。


「もしかして、なんだけど」


 俺の機嫌を窺うように、慎重な言葉取りだ。どうしたのかと首を傾げると、彼女は意を結したように口を開いた。


「元々の攻略法って、ゴブリンの武器を強奪するんじゃなくて、ドワーフとかグレムリンとかコボルドとか人魚とかの異種族に手伝ってもらって、専用の武器を作ってもらったり、彼らと一緒に戦うんじゃないの?」

「…………その説も、あるかもしれないな」

「ていうか絶対そっちが正道でしょ!」


 そう言ってネヴァは膝から崩れ落ちる。考えてみれば、確かにそうだ。これまで散々色々な種族が出てきて、中には傭兵として護衛に雇うことができる者もいた。人魚族など、実際に肩を並べて戦ったことすらあるじゃないか。


「レッジ、また運営が想定した攻略をぶっ飛ばしたわね……」

「お、俺のせいなのか?」


 これを思いつかなかったのはアイたちだって同じだろう。別に、俺だけが悪いわけじゃないはずだ。


「とりあえずアストラには報告しとくか」

「そうした方が良いわ。今からでも、もっと楽な道が見つかるかも」


 少し疲れた様子でネヴァが頷く。アストラにTELで連絡すると、彼も早速〈アトランティス〉や〈クナド〉にいる騎士団員に指示を回してくれた。これで、そのうち何かしらの報告が上がってくるだろう。


「それで、他のエルフは見つかったの?」

「いや見つかってないな。でも、いくつかの建物で厳重に封印されてる扉が見つかってる。その奥にいる可能性もあると思ってる」


 アイたちとの探索では、オフィーリア以外のエルフを見つけることはできなかった。しかし、怪しい場所はいくつかマークできたため、この大規模攻勢が落ち着いたら見にいくつもりだ。

 大規模攻勢の方も、俺たちが持ってきたゴブリン製武器も威力を発揮しているのか、徐々に形勢が傾いている。


「はーはっはっはっ! そんなもんですかゴブリンは! 弱いですねぇ! 鈍いですねぇ!」


 レティたちが機体回収もしないまま臨時機体で暴れ回っているのも大きいだろう。


「……というわけでカミル」

『なによ』


 機体回収を終えて、元の機体に戻る。そこでようやく俺は、野外工房の側で木箱に座っていたカミルの方を見る。わざわざ俺のためにウェイドに掛け合ってまで駆けつけてくれた彼女は、腕を組んでむっすりとしている。

 どこからどう見ても完全に怒っている表情だ。


「その、ごめんな」

『何に対して謝ってるのよ』

「えっと……」


 な、なんで怒ってるんだろう。再開した時はいい感じの雰囲気だった気がするんだが。なんとか記憶を掘り返し、彼女の怒りの原因を探す。


「無断で新しい原始原生生物の種を作ったから」

『そうなの?』

「あっ、いや」


 地雷を踏んだ。くっ、何に怒ってるんだ。


「レッジも馬鹿ねぇ」


 困窮する俺を見て、ネヴァが呆れたようにため息をつく。縋るように視線を向けると、彼女はカミルの髪を撫でながら言った。


「心配かけたことを謝りなさいよ。メイドロイドがここまで来るなんて、普通じゃありえないんだから」

「それは……そうか。そうだな。ごめん、カミル」

『ふんっ』


 調査開拓員は死なないとはいえ、今回は異常だった。俺の機体が別の何かに乗っ取られ、暴走しているのだ。カミルの不安も大きかったはずだ。


『謝る気があるなら、今から働いて示しなさい。さっさと行きなさいよ』

「分かった。カミルはここで待っててくれ。ちょっと出てくるよ」


 ゴブリン武器を手にして、前線へ目を向ける。ほぼ終結に近づいているとはいえ、まだまだジャイアントゴブリンも残っている。人手は少しでも多い方がいい。


「いってきます」


 ネヴァの隣に立つカミルに見送られながら、俺は再び戦場へと飛び出した。


━━━━━

Tips

◇【武器製造技術供与の依頼】

依頼人:バウバウ

報酬:コボルド製武器の製造レシピ

内容:(翻訳済み)

 調査開拓団の使ってる武器は俺たちにとって新しいものに見える。ぜひ、その武器の作り方を教えて欲しい。お礼と言うのもなんだが、代わりに俺たちの武器の作り方も教える。

 一緒に技術を高めていかないか?


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