第1290話「機械を壊す武器」
どこからか飛び込んできた黄色い臨時機体。スキンの貼られていないスケルトンでは、それが誰なのか識別するのは困難だ。しかし、カミルは一目で彼を看破した。その一挙手一投足、気の抜けた声、そして何より手を握るその力が、彼女が何よりもよく知るものだった。
「さて、自分のやったことには責任を持たないとな」
臨時機体がカミルの前に立ち、レッジと対峙する。彼のこぼした小さな声に、カミルがぎょっとしていた。
『アンタ、自分で責任取るって発想あったのね』
「俺をなんだと思ってるんだ!」
早速いつもと変わらない漫才を繰り広げる二人。レッジはそこを好機と捉えた。
『ぎぎっ!』
勝利を確信した笑みを浮かべ、槍を構えて突撃。カミルとの攻防で身体が破損しているにも関わらず、それを感じさせない機敏な動きだ。
しかし――。
「もうちょっと考えて動けよ」
『がっ!?』
レッジの脚が地面に埋められた地雷を踏み抜く。爆炎が衝撃と共に広がり、機体を高く吹き飛ばした。だが、それで終わりではない。放物線を描いて地面に落ちたレッジは、再び爆発と共に舞い上がる。その後も、何度も。
お手玉のようにぽんぽんと、まるで落下地点が事前に分かっていたかのように、レッジが足をつける場所全てに地雷が仕掛けられていた。
『いつの間に……』
無数に仕掛けられた地雷が、レッジを翻弄する。その奇妙な光景を呆然と見つめて、カミルが困惑する。
「カミルが戦ってる間にちょっとな」
『どれだけ仕掛けてるの?』
「別に手当たり次第仕掛けたわけじゃないさ。相手が自分なら、どう動くかは分かるだろ。それなら、あとは爆発の衝撃を計算して落下地点を予測すればいいだけだ」
臨時機体は軽く言ってのけるが、それが常識外れであることはカミルにも分かる。落下地点を予測すると言っても、爆発の衝撃だけでなくレッジの回避行動や周囲の状況など、考慮すべき変数は多岐にわたる。無限に及ぶ選択肢の中から、彼は的確に正確な軌道を予測しているのだ。
「しかし、本当にダメージは入らないんだな」
そんな離れ業をやってのけながら、臨時機体は頭を掻きながら感心した様子ですらあった。レッジは立て続けに地雷の直撃を受けているにも関わらず、その衝撃しか受けていない。LPは完全な無傷だ。
『アンタじゃ戦えないでしょ。ここはアタシに任せて――』
「いや、大丈夫だよ」
箒を握って前に出ようとするカミルを、臨時機体の無骨な手がぽんと撫でる。
『うにゃっ!? 何すんのよ!』
「よく考えろ。俺が俺に負けると思うか?」
『訳わかんないこと言うんじゃないわよ!』
赤髪を撫でながら、臨時機体はカミルを後ろに下がらせる。彼の手に握られていたのは、妙に原始的な廃材を組み合わせたような槍だった。
『アンタ、それって……』
「ま、見てろ」
臨時機体が駆け出す。その速度は決して速いとは言えない、臨時機体らしい泥臭いものだった。だが、未だ地雷によって打ち上げられているレッジはそれに対応することができない。
「せいっ!」
勢いよく突き出された槍。それが天叢雲剣製であれば、衝撃は与えどもダメージは通らない。調査開拓団規則によって定義された絶対的な法則によって、機体は無敵の鎧と化す。
しかし。
――ガァアアアアアアンッ!
「よしっ」
その槍は滑らかに装甲を貫いた。一瞬にして堅固なレッジの装備を破壊したのだ。
あまりにも予想を大きく裏切る光景に、カミルだけでなく周囲にいた調査開拓員たちでさえ目を疑う。自分たちがあれほど苦労した敵を、彼はあらゆるステータスで劣る臨時機体で攻撃を通したのだ。
『いったい何を』
カミルが愕然とする。その間にも臨時機体は滑らかに動く。洗練された槍捌き。突き出された鋭利な穂先が次々と機体を破壊していく。あまりにも一方的で、あまりにも圧倒的な戦いだった。
「俺を騙ろうなんて、百年早いってことだ」
地面に倒れたレッジの胸を踏みつけ、臨時機体が感情のない顔で見下ろす。関節から火花を散らしながらもがく調査開拓員の首にとどめの一撃が突き刺された。
猛威を振るっていたレッジが、ものの30秒で討ち倒された。その衝撃は、戦場を一瞬静寂にさせるのに十分なものだった。誰もがその理由を知りたがっていた。
臨時機体は首を刎ねたレッジの機体を担ぎ上げながら周囲を見渡し、声をあげる。
「アストラ!」
「なんでしょう」
「うおっ!? 気配を消して後ろを取るなよ。びっくりするだろ」
間近に立っていた騎士団長に驚きながら、臨時機体は言う。
「この機体の修理、頼めるか」
「任せてください。すでに後ろに技師を待機させてます」
「流石だな。ありがとう」
頼む前に準備が整っていたことに、臨時機体は満足げに頷く。そして、そのお礼とばかりに、今の戦闘のカラクリについて明かした。
「調査開拓員に天叢雲剣の攻撃が通らないのは当然だろ。それなら、調査開拓員にダメージを与える武器を入手すればいい」
彼が掲げた、無骨な槍。アストラはそれを軽く鑑定する。そしてわずかに目を見開き、納得したように頷いた。
「なるほど、ゴブリン製の武器ですか」
“ゴブリン・スチールショートスピア”――調査開拓員たちの本来の敵、ゴブリンによって作られた短い槍。無骨だが質実剛健。実戦にて対象を狩る、ただそれだけを求めたシンプルな凶器。硬い装甲を打ち破り、内部を破壊することに特化している。
この武器は武器でありながら武器ではない。天叢雲剣製ではない故に。そして何より、ゴブリンが調査開拓員と戦うことを念頭において作った武器だ。その威力は、ロボット特攻と言っても過言ではない。
「到着が遅れてすまん。武器を集めるのに時間がかかったんだ」
レッジが言ったその時、黄霧の向こうから慌ただしい足音が響く。
「ひゃっはーーーーーっ! どんどんぶっ壊していきますよ!」
「人の刀で随分暴れてくれたようですねぇ! その落とし前、高くつきますよ!!」
「あれっ、わたしもう死んでるの? もうちょい頑張って欲しかったねぇ」
「は、はえええっ」
飛び出してきたのは、黄色い臨時機体たち。その手には総じて無骨な武器が握られている。
更にその後方から、勇ましい雄叫びが突撃の軍歌と共に追ってくる。
「〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班、突撃!」
「うおおおおおおおおっ!」
その大波は黄霧のなかに潜んでいたジャイアントゴブリンたちを次々と飲み込んでいく。武威を誇っていたレティたちは、黄色い臨時機体によってボコボコにされ、一瞬で沈められる。
圧倒的な力の発揮だった。
「ああ、流石ですね……レッジさん」
その光景を、アストラは恍惚とした顔で見届ける。黄色い臨時機体は半壊した調査開拓用機械人形を抱え、カミルと共に後方へと下がっていった。
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Tips
◇ゴブリン・スチールショートスピア
ゴブリン
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