第1289話「借り物の武器」
メイドの箒が主人を叩く。強烈な打撃は衝撃波を生み出し、レッジを彼方まで吹き飛ばした。容赦のない一撃によって彼はLPを大きく減らす。その鮮やかなスイングに、周囲から思わず拍手があがった。
カミルが参戦し、ナナミとミヤコの二人の尽力もあり、拮抗していた形勢が傾き始めた。
「ラクト、討ち取ったよ」
火炎を纏った稀代の機術師メルが艶美な笑みで勝利を宣言する。周辺一体が焦土と化し、彼女の周囲には〈
「にゃあ。エイミー、機能停止だにゃあ」
片腕を失いながらも、ケット・Cは立っていた。彼は自らを犠牲にしながら、超遠距離からMk.3の狙撃を成功させた。それも、直撃ではなく、エイミーの頭上に瓦礫を落とすという離れ業である。
DAFシステムの消滅により、勝利宣言も上がり始めた。〈白鹿庵〉のメンバーがいかに卓越した技術と戦闘能力を有しているとしても、最前線に立ち続けるトップ層の熾烈な攻撃には耐えきれないことが、結果として理解され始めた。
だが、それでも。いまだその脅威は健在だ。
「レッジさん、何か出しました!」
「あれは……まずい、種瓶だ!」
激戦を繰り広げるレッジが、新たなアイテムを取り出す。投げられた小瓶の中から溢れ出すのは、急成長する緑色の蔦だ。
しかし――。
『無駄よ!』
カミルの箒が的確に、蔦の成長点を潰す。彼女は強力な種瓶がその威力を発揮する暇すら与えず、芽を出した直後に適切な処理で潰して行った。
『アンタの植物を誰が管理してると思ってるの。この程度で足止めできると思わないで!』
レッジの農園の管理を一手に任されているカミルは、種瓶の弱点を知り尽くしていた。ある植物は一定の温度が無ければ発芽しない。また別の植物は種に電流が流れなければ成長しない。そういった発芽条件を満たすための装置を的確に破壊し、植物を成長させない。
奥の手とも言える種瓶を出しながら、レッジは形勢逆転を成し遂げることができないでいた。
これは勝てるのかもしれない。誰もがそう考えた。鮮やかに箒を振り回すメイドロイドの戦いぶりに見惚れていた。それだけに、彼らは一瞬気付くのが遅れた。
『っ!?』
カミルが動きを止める。直後、彼女の前方に巨大な柱が落ちてきた。あのまま彼女が動いていたら、ちょうど押しつぶされるところだっただろう。
突然のことに驚きながら、調査開拓員たちが周囲を見渡す。そして、自分たちが取り囲まれていることに気がついた。
「団長、やばいです! ――ジャイアントゴブリンの群れが!」
「面倒な……!」
黄霧に紛れて彼らがやって来た。レッジたちの出現に調査開拓団が気を取られているうちに姿を消していた、厄介な相手が。
身構えるアストラたちは、霧の奥から現れた巨大なゴブリンたちを見て愕然とする。
「それは!?」
彼らは手にしていた。それまでの原始的な棍棒ではなく、最新鋭の科学技術を集結させた、強力な武器を。刀、大剣、鎚、槍、鎌、ナイフ、トンファー。古今東西、あらゆる武器を携えたジャイアントゴブリンたちが、そこに並んでいた。
「この武器――俺たちの!」
誰かが叫ぶ。それは正しかった。
ゴブリンジャイアントが携えていたのは、調査開拓団で流通する武器だ。なぜ彼らがそんなものを持っているのか、その答えはすぐに理解できた。
「こいつら、俺たちの機体まで回収してたのか!」
“大穴”突入後、地下街で激戦を繰り広げてきた。その結果、あえなく撃沈となった調査開拓員たちも多い。そして、その機体はいつの間にか消えていた。否、ゴブリンたちが黄霧に紛れて回収し、改修していたのだ。
「やばいぞ、ゴブリンが武器まで分捕るのは卑怯だろ!」
ジャイアントゴブリンが咆哮を上げる。ただでさえタフで、調査開拓員による攻撃がほとんど効かない彼らが、より強力な武装まで獲得した。その絶望は即座に周囲へ広がった。
一斉に動き出す巨敵。彼らの放つ攻撃は、直前まで調査開拓員たちが使っていたものだ。自分たちが振るっていた武器が、自分たちに向けられている。
「ぐわーーーーっ!?」
「ぎょえええっ!?」
爆発。切断。刺突。殴打。あらゆる攻撃が繰り出される。調査開拓員たちは、瞬く間に瓦解していった。それはまた、カミルも同様だ。
『くっ、このっ!』
『ゴブ、ゴブボボボッ!』
ジャイアントゴブリンの武器は調査開拓員から鹵獲した剣だけではない。彼らがもともと備える不可思議な、魔法と呼べそうな攻撃も健在だ。魔法による火炎や雷撃は、カミルにとっては初めてのものだ。いかに経験豊富な彼女でも、初見の攻撃には対応できない。
四方八方から攻撃が飛んでくる中、彼女は逃げに徹することを余儀なくされた。
しかし、あまりにも彼らは強かった。
『きゃっ!?』
カミルが地面を蹴ろうとしたその時、彼女は自分の足が動かないことに驚いた。思わず見下ろした彼女は、足が地面と共に凍りついていることを知る。
『なっ――』
凍結による足止め。それは、ラクトが機術によって多用していた妨害戦法だ。
『ゴブブブ……』
眼前のゴブリンが、体を前に傾ける。彼が携えているのは、あまりにも小さすぎる太刀。体格差から爪楊枝のように見えるそれを、彼は今引き抜かんとしていた。
その型は――〈彩花流〉のそれ。
『っ!』
カミルが歯を食いしばる。足は動かない。致命的な隙を晒した。
刀は目の前で、鞘から滑らかに飛び出そうとしている。その銀の刃が己の首へと迫るまで、1秒とかからない。メイドロイドは死ねば終わる。調査開拓員とは違い、バックアップはない。首が飛べば、全てが終わる。
『レッ――』
カミルが目を閉じかけた、その時。
「ウチのメイドに手ぇ出すなっ!」
耳を劈く激音。舞い上がる粉塵が黄霧と混ざる。何かの悲鳴があがった気がした。
斬撃は飛んでこない。意識はまだ続いている。
カミルが顔を上げる。そこに立っていたのは。
「よう、カミル。こんなところで会うとは奇遇じゃないか」
見知らぬ黄色いカラーリングの臨時機体。
『遅いわよ、馬鹿レッジ』
差し伸べられた手を取って、赤髪のメイドロイドはふわりと笑う。
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Tips
◇『カイシャクスラッシュ』
〈剣術〉スキルレベル65、〈手当〉スキルレベル40のテクニック。不義を犯した仲間の切腹を見届け、その首を落とす。
LPが40%以下の調査開拓員に対してのみ使用可能。攻撃後、対象が行動可能状態にある場合、10秒後にLPが70%回復する。
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