第1288話「異常メイド」
侍が地を駆ける。薙ぎ払った大太刀の赤い煌めきが、悲鳴を上げる調査開拓員たちのガスマスクを切り落とした。黄霧がすかさず潜り込み、次々と哀れな犠牲者が眠りについていく。
忍者が霧に紛れて疾駆し、背後から致命の一撃を放つ。彼の呪いは被害者のパーティメンバーにも及び、効率的に蝕んでいく。
格闘家が拳を突き出せば、重装盾兵の頑丈な装甲が脆くも貫かれる。その重量をものともせず、彼女は鋭い蹴撃で吹き飛ばした。どれほど高速の反撃を繰り出そうとも、彼女はそのすべてを余裕を持って受け止め、あまつさえカウンターに利用する。難攻不落の要塞の如き鉄壁が、そこに立ちはだかっていた。
『アモン、バルバトス、パイモン! 5秒稼ぎなさい』
『了解!』
『かしこまりっ!』
『ひょ、ひょえええっ!?』
対抗する調査開拓団の主力となっているのはソロモン率いるメイドロイド集団だった。彼女たちの攻撃だけが、ストレートに調査開拓用機械人形を破壊できる。
しかし、彼女たちは圧倒的に、対調査開拓用機械人形戦闘の経験が不足していた。
バアルを中心に72機のメイドロイドたちは次々と攻撃を繰り出すが、やはり決定打には欠けてしまう。レッジをアストラが抑えているにも関わらず、圧倒的な数の有利を取っているにも関わらず、形勢は未だ危うい拮抗を保っていた。
『――うん。あの辺ね。やっちゃいなさい』
『本当デスカ? 何ニモ見エナインデスケド』
『いいからいいから。ほら、ぱーんと』
突如、雷霆が闇を貫いた。空気を弾く撥音が響き、閃光が一瞬広がる。あまりの出来事に調査開拓員たちも驚き飛び上がる。直後、何もない廃墟の奥で激しい爆発が起こり、上空を飛んでいたDAFシステムのドローンがばらばらと落ちた。
「だ、DAFシステムの停止を確認! 先ほどの砲撃が〈統率者〉を破壊したものと……」
困惑しながらも理解できたことを報告する調査開拓員に、アストラは怪訝な顔をする。
「もう〈統率者〉が見つかったのか?」
DAFシステムの要である〈統率者〉は、破壊できれば形勢を変える嚆矢となる。しかし、レッジもそれを理解して、巧妙に隠蔽していたはずだ。〈大鷲の騎士団〉の精鋭ですら、未だ発見したという報告は挙げていない。
では、誰が見つけ、どうやって破壊したのか。
「だ、団長!」
何かが起きている。アストラがそう直感したその時、部下が声を上げた。
「どうした」
「その……カミル、さんが」
戸惑いがちに発せられた言葉に、アストラはぎょっとする。偽レッジがDAFシステム破壊の余波で動きを止めている隙に背後を振り返る。
『こんにちは、アストラ。あの馬鹿が迷惑をかけたみたいで、ごめんなさいね』
そこに立っていたのは、メイド服姿の小柄な少女。勝ち気な鋭い目をこちらに向けて、自信たっぷりに立っている。背後で従者のように控えるのは、異常な改造を施された二機の警備NPC――ナナミとミヤコたちだ。
「どうしてここに」
レッジが雇っているメイドロイドの少女。元々は収容施設で終了処置を待つのみだった彼女を、レッジが助けた。職業適性検査においてほぼ全ての項目で最優秀評価を叩き出しながらも、協調性の一点が壊滅的だった、歪な少女。
『ニュースを見てたら随分大変なことになってたから、ウェイドに頼んで送ってもらったの』
「フィールドに出ても大丈夫なんですか?」
『アイツからは別に止められてないもの』
メイドロイドは普通、安全な都市から出ることはできない。主人が許可を出さなければ。アストラは思わず笑ってしまう。あのソロモンでさえ、メイドロイドを単身で外に出すことはしないというのに。
『そういうわけで、あの馬鹿はアタシがなんとかするわ。身内の恥を晒すわけにはいかないもの』
箒を片手に当然の如くカミルは言う。あまりにも異常だった。メイドロイドとしてあるまじき行動である。
「……できるんですか。相手はレッジさんですよ」
メイドロイドは主人に危害を加えられない。当たり前すぎて誰も疑問を覚えることすらしない規則だ。しかし、カミルは不敵に笑う。
『当たり前でしょ。アタシに遠慮や忖度なんてものを期待されても困るもの』
彼女は極めて優秀なメイドロイドだ。ただ一点、協調性のみが完全に欠落している。
彼女は他者と合わせることができない。他者を考えない。故に、たとえ主人であろうと容赦なく殴る。
『ぎ、ぎぎっ』
偽レッジが動き始める。アストラがバールのようなものを構えるなか、カミルは呆れ顔で主人を見つめる。
『それに、主人があんな様なら、余計に叩いて直さないと』
それを挑発と捉えたか。レッジが動き出す。八本の脚による高い機動力を活かした、弾丸のような射出。だが、カミルは箒をくるりと回転させて、綺麗なバッティングフォームでそれを打ち返した。
『――『機装展開』ッ!』
カミルの装いが、煌びやかな光のエフェクトと共に変化する。
メイド服は青と白のカラーリングとなり、フリルも大きく膨らんだ。
スカート丈は膝上まで短くなり、ハートの柄が付いた白いタイツとの間に絶対領域が現れる。背中からは、小さく可愛らしい天使の羽がちょこんと飛び出し、ヘッドドレスが天使の輪のような銀色のティアラに変わっていた。
彼女の握る箒が形を変える。
『吹き飛べっ!』
『ごっ』
“衝撃の浄化杖”――ネヴァが作り上げた、メイドロイド専用装備。その能力は対象に強制的かつ強烈なノックバックを与えるというもの。その一打を真正面から受けたレッジは、勢いよく後方へ吹き飛んだ。
『ナナミ、ミヤコ! 二人は他の奴らを相手しなさい!』
『了解デス!』
『任セナサイ!』
カミルの声で、蜘蛛型警備NPCの二人が散開する。ミヤコは背中に載せた二丁のガトリングガンと脚に装備したショットガンを乱射し始め、ナナミは勢いよくエネルギーブレードを振り回しながら接近したかと思うと、極太のパイルバンカーを打ち込んでいく。
NPCとは思えない驚異的な戦闘に、調査開拓員たちは怯えていた。
『さっさと起きなさいよ、馬鹿』
冷淡な表情でカミルが瓦礫に向かって呼びかける。重い石を押し除けて、レッジが現れる。
『アンタのコトが嫌いだわ。さっさとスクラップになっちゃいなさい』
メイドロイドと調査開拓用機械人形。両者が激しく衝突する。その結果は火を見るよりも明らかだと、誰もが思った。
『はぁああっ!』
『ごっ、がっ、ぎっ』
だが、そうはならなかった。
メイドロイドは――カミルはその類稀なる戦闘能力を、何より主から直接手解きを受けた技術を遺憾無く発揮する。箒を振り回すというコミカルな光景にも関わらず、広がる音は痛々しいものだ。
『てゃああああいっ!』
スキルも、テクニックもない。純粋な技術によって、彼女は敵の副腕を次々と吹き飛ばす。的確に急所となる間接部を貫き、効果的に崩していく。一撃は重く、正確だった。
「つ、強すぎる……」
「そこらの傭兵NPCよりよっぽど強いじゃないか……」
その鮮やかな戦いぶりは、見るものを圧倒させた。
調査開拓員たちは戦いの最中であることすら忘れて見惚れていた。
当然だろう。カミルの戦闘適正は極めて高い。その上、戦闘経験もソロモンの侍従団よりはるかに豊富だ。
『鈍いわね! アタシがどれだけウェイドの家宅捜索と戦ってきたと思ってるのよ!』
度々行われるウェイドによる家宅捜索。大量の警備NPCが惜しみなく投入される激戦に、彼女は単身で抵抗していたのだ。対機械戦闘において、これほどの戦闘経験を積んだNPCは他にいないだろう。
また、頻繁に暴走する原始原生生物の対処も彼女の仕事だった。対原生生物戦闘においても、彼女は豊富な経験を積んでいる。特に、自身が死なないことを目的とした立ち回りは究極の域に達していた。
優れた能力を持つメイドロイドが、優れた鍛錬を積めば、優れた戦士に変わる。
当然の摂理であった。
『はぁああああああっ!』
カミルの箒が主人を叩く。そこに一切の躊躇はない。
なぜなら、彼女に協調性はないのだから。例え主人の姿をしていても、主人の声をしていても。彼女は無慈悲に攻撃を繰り出すことができるのだから。
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Tips
◇隠蔽型テント“雲隠”
隠蔽に特化したテント。光学迷彩と存在希薄化術式の併用により高い隠蔽性能を有する。一方で耐久性はないにも等しい脆弱なものである。
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