第1287話「異常戦闘」
地下空間に響き渡る無数の羽音。反響し、共鳴するざわめきのなか、闇の向こうから青白い燐光を放つ。飛び込んできた〈狂戦士〉の自爆を華麗に避けながら、アストラはついに笑みさえこぼしてしまった。
「なるほど、これは――少しはレッジさんらしくなってきた!」
次々と突っ込んでくる自爆特攻兵器を避けながら、アストラはバールのようなものを振り回す。打ち上げられた〈狂戦士〉が後方に控える〈狙撃者〉と衝突し、青い花火が瞬間暗闇を照らし上げた。
「うわーーーっ!?」
「ひえええっ!? こっち来るな!」
偽レッジが起動したDAFシステムのドローンたちはアストラだけを狙うものではなかった。攻撃の余波は遠巻きに観戦していた調査開拓員たちにも及び、阿鼻叫喚の様相が呈される。
瓦解していく陣形を一瞥し、アストラが強く叫ぶ。
「狼狽えるな! DAFシステムが出てきたと言うことは、どこかに〈統率者〉の筐体があるはずだ。それを破壊すれば無力化できる!」
「そ、そうだった!」
「でかいモノリスを探せ!」
遁走を始めていた調査開拓員たちが足を止める。DAFシステムはレッジ単体で動かせるものではない。無数のドローンを管理するためのユニット〈統率者〉がどこかに隠されている。そのことを思い出した彼らは、アストラを助けるために走り出す。
だが。
『きききっ!』
「ぬわーーーっ!?」
「わ、忘れてた。レティたちもいるんだった!」
レッジを避けて前へ向かおうとした戦士たちは圧倒的な暴力によって潰される。ここから先へは通さないと仁王立ちで構えるのは、レティとLettyの二人組である。
「ぐわっ!? ぎょぺっ!?」
「ふぬぁあっ!?」
「あ、赤兎は普段と全然変わんないぞ!」
「普段から暴走状態みたいなもんだしな!」
一人でも手に負えないタイプ-ライカンスロープの破壊者が二人。レティとLettyは息の合ったコンビネーションで広範囲破壊攻撃を繰り出し、避ける余裕のない圧倒的な殲滅を見せつける。
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う調査開拓員たちが、一人またひとりと潰れていく。
『ここは我々にお任せを』
『主命によりお守りいたします』
レティがハンマーを振りかぶった直後、鋭い銃撃がその重たいハンマーヘッドを弾く。レティは巧みに柄を回転させて衝撃を殺しながら構え直すが、その隙に狙われていた青年は逃げ出した。
バチバチと銃口から青い電流を漏らすマスケット銃を構えるのは、ソロモンのメイドたち。筆頭侍従長のバアルが薄いレンズ越しにレティを睨む。
『射撃効果確認。問題なく排除可能です』
『よーっし、行っちゃうよ!』
バアルの合図を待たず、ミニスカフリルメイド服の少女が勢いよく飛びだす。マスケット銃の射程の利を自ら捨てて、銃剣を赤兎へと突きつける。
『きききっ!』
レティがモデル-ラビットの強靭な跳躍力を十全に発揮して直上へと避ける。
『甘いね!』
次の瞬間、二つの方角から射線を重ねる十字砲火が行われた。逃げ場を失ったレティはその直撃を受け、勢いよく後方へと吹き飛ぶ。
『完了』
『チョロいもんだね!』
『アガレス、ヴァサゴ、まだ終わってない』
直後、黄霧の向こうから赤兎が飛び込んでくる。レティと酷似した機体だが、胸が大きい。その圧倒的な存在感に男性陣がつい視線を寄せてしまう中、奇襲を受けたメイドたちは余裕を持ってその一撃を躱す。
『効かないよ!』
『死んでいただきましょう』
至近距離からの一斉掃射。高速の弾丸がLettyの腹へと迫る。だが――。
『なっ!?』
勝利を確信したアガレスの顔が驚愕に染まる。こちらへ飛びかかり、方向を変えることなど不可能なはずだったLettyが真横へと避けたのだ。あまりに不可解な挙動は、メイドロイドの演算能力を一瞬鈍らせる。
『アガレス!』
バアルの声。それに反応するよりも早く、彼女は横から大型トラックの衝突を受けたかのような強い衝撃に吹き飛ばされた。
『きゃあああっ!?』
『アガレスを下がらせなさい。我々が死ぬわけにはいきません』
転がり汚れるメイドロイドを仲間が拾って後方へと投げる。メイドロイドは死ねば死ぬ。復活のない存在だ。故に彼女たちの主たるソロモンは、あらゆる命令に優先して自身およびメイドロイドの保護を厳命していた。
それを逡巡なく遂行したメイドロイドたちは、動きながらも驚愕する。
『あいつ、仲間の体を躊躇なく殴った!』
『恐ろしい行動です。理性というものが感じられません』
必中の射程に入っていたLettyが真横へと避けられた理由を、離れたところから俯瞰していたメイドたちは見ていた。復帰したレティが勢いよく飛び出し、躊躇うことなくLettyの機体をハンマーで殴り飛ばしたのだ。
おかげでアガレスの銃撃は受けなかったものの、Lettyは少なくない損傷を受けている。
『やはり、これらは我々の奉仕すべき調査開拓員ではないようですね』
常軌を逸したレティの行動に、バアルは確信を深める。外見は調査開拓員そのままだが、内部はどうしようもないほどに変容してしまっている。でなければ仲間に危害を加えることなど、できるはずもない。
「いやぁ、たぶんレティちゃんは本人でもアレすると思うわ」
「同じく。LP半分で致命傷避けられるなら安いだろ」
とはいえ、普段から〈白鹿庵〉の武勇伝に聞き馴染んでいる調査開拓員たちの意見は違っているようだったが。
『……まったく、好き放題やっちゃって。どれだけ人様に迷惑を掛ければ気が済むのよ!』
黄霧に包まれた地下空間で乱戦が繰り広げられるなか、大穴から小さな宇宙船がやってくる。滑らかに着地をこなしたアサガオ級のタラップから降り立った少女は、眉間に皺を寄せて周りを睨みつけた。
━━━━━
Tips
◇装甲メイドドレス-Mk.ⅥⅥⅥ
メイドロイド専用装備。一見するとごく普通のメイド服のようだが、多層衝撃緩衝特殊繊維織布によって金属製重装甲防具に匹敵する防御力を有する。着用者の保護を最優先に設計されており、たとえ至近距離で原始原生生物が爆発しても5秒間は生き残ることができる。
一方、その原材料入手性と製作難度の高さから1着あたりの価格は青天井となっている。
“可愛さと安全性を両立してこそ、至高のメイド服というものだよ”――ソロモン
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます