第1286話「贋物の真価」

 黄霧の立ち込める地下街に突如現れた八機の調査開拓用機械人形。彼らは大穴より侵攻を仕掛ける調査開拓団の前に立ちはだかる。武器を構え、戦意を宿した赤い双眸を向ける彼らは、〈白鹿庵〉の面々だった。

 異形の姿をしたおっさん――レッジはまだいい。彼がボスになるのは別に今に始まった事ではない。より問題なのは、レティたち。本来彼の暴走を止める立場にある仲間たちまでもが敵に回ってしまっている点だった。


「やばいよ、やばいよこれは!」

「流石に〈白鹿庵〉と戦うのは聞いてないぞ」

「ひ、ひぇっ。来るなぁ!?」


 動き出す。と思った瞬間には前線に立っていた数人の首が飛ぶ。


「人斬り!? いや、首狩り――なんでもいい。トーカは卑怯だろ!」


 人斬りのトーカ。対人戦が許可されたPVP専用エリア〈アマツマラ地下闘技場〉の王者。彼女は目にも止まらぬ瞬足と神速の抜剣によって、一振りで五人の調査開拓団員の首を落としていた。


「こ、このおおおおっ! がっ!?」


 そして、彼女たちは調査開拓用機械人形である。正気を失っていても、本人ではなくとも、鑑定によって得られる判定に間違いはない。故に、調査開拓団員たちは彼女たちに危害を加えられない。より正確に言うならば、天叢雲剣による攻撃を繰り出せない。

 仲間をやられた男が大剣を掲げて飛び込むも、その肉厚な刃がトーカの頭を砕くことはなかった。調査開拓団規則という絶対的なルールが、彼の動きを拘束する。


「管理者を呼べよ! これじゃあどうにもならんだろ!」

「く、くっそぉ!」


 阿鼻叫喚の様相が展開される。

 トーカが動き出したのを皮切りに、レティたちも後に続く。


「グワーーーーッ!?」

「く、クレーターが!?」

「なんつー破壊力だよ」

「まずい、Lettyちゃんもおんなじ力を持ってるぞ!」

「ぎゃっ――」


 二つのハンマーが荒ぶり、地下街を破壊していく。その衝撃は宇宙船の砲撃にすら匹敵するほどの破壊力と規模を誇り、逃げる暇すら与えられず木端の如く調査開拓員たちが吹き飛んでいく。


「せいっ!」

『きぃいいいいいっ』


 ラクトの氷雨が降り荒び、エイミーの拳が乱れ打つ。ミカゲは闇と霧と混乱に乗じて、人知れず背後から忍び寄る。そんな混沌のなか、レッジはアストラと激闘を繰り広げていた。

 八本の腕に槍とナイフを握り、八本の脚による高速機動を展開するレッジに対し、アストラはバール一本で立ち向かう。次々と繰り出される熾烈な刺突と斬撃の乱舞に、彼は真正面から対抗していた。


「ふんっ!」


 僅かに空いた隙間に脚を捩じ込む。体重を乗せて放たれた蹴撃が、レッジの機体を吹き飛ばした。だが彼は空中で手足を巧みに動かして体勢を制御。廃墟の壁を緩衝材にして反発、一瞬で戻る。


『きききっ』

「甘いっ!」


 風の力――〈風牙流〉の流派技さえ繰り出すレッジ。だが疾風牙の貫通攻撃をアストラは僅かに身を捩って躱し、逆にカウンターの打撃を顔面に叩き込んだ。天叢雲剣製ではないただのツールの一撃が、レッジの顔面装甲とスキンを破る。


「やっぱり、本物と比べれば強くはないな」


 ぎり、と奥歯を噛み締めてアストラが吐き捨てる。

 どこがだよ、とそれを見ていた周囲のプレイヤー全員が思った。レッジの改造に改造を重ねた異形の機体は、スキルやブルーブラッドの配分以上の出力を発揮する。それだけに体の動かし方やLP管理が非常にシビアなのだが、あの偽レッジはそれを完璧にこなしている。その上で流派技まで使ってくるのだ。

 相手がアストラだから真正面から対峙してなんとかなっているものの、並の攻略組では相手にならないだろう。


「動きが単調すぎる。武器の扱いが下手。ナイフの存在を軽視している。どこに目ェ付いてんだ」


 完璧に模倣トレースされているはずの偽レッジの動きに、アストラは次々と文句を付ける。彼は聖剣の代わりに赤いバールを握る。


「俺の脳内妄想シミュレートよりも弱いぞ」


 音がする。その時には駆け出していた。アストラは一瞬でレッジの懐へと潜り込む。


「この程度の動きで、虚を突かれるな」


 鈍く激しい音と共に火花が散る。アストラの攻撃をもろに受けたレッジが吹き飛ぶ。だが、そこにはすでに青年が先回りしていた。


「回避もまともにできないのか!」


 がんっ。金属フレームの歪む音。


「すげぇ……。団長がおっさんを圧倒してるぜ」

「やっぱ団長は最強だ!」


 オーディエンスも沸き上がる。これまで、レッジとアストラは何度か戦っていた。しかし、完全な決着はついぞ下されていない。だからこそ彼らは期待していた。ここで、ついに雌雄を決するのかと。


「馬鹿にしてるのかッ!」


 怒号が彼らの耳朶を打つ。心の底から震え上がるような気迫に満ちた憤怒の声に、彼らは悲鳴すらあげることができなかった。


「レッジさんは、この程度じゃない。――こんな、路傍の石ころみたいな雑魚じゃない!」


 強火すぎるファン。その、心からの叫びだった。


『ぎ、ぎぎぎ……』


 偽レッジがその言葉を解したのかは定かではない。しかし、見計らったかのように、彼が動き出した。言葉にならない声を発し、歪んだフレームに構わず体を動かす。


『――DAFシステム、展開』

「っ!?」


 意味のある言葉があった。アストラの直感が警鐘を打ち鳴らす。深く考える猶予すらないと判断し、とにかく最大限の力で後方へと飛び退く。次の瞬間。彼が立っていた場所に無数の光条が殺到した。


「ドローン!?」

「〈狙撃者〉を――いや、それだけじゃない!」


 唸る回転翼。黄夢の中から飛び出してきたのは、全身に殺意を孕んだ自爆特攻近接戦闘ドローン〈|狂戦士《バーサーカー〉。それは青白いレーザーブレードを展開した、アストラさえ知らない最新モデルだった。


「くっ、ここからが本番とでも言いたいのか」


 突っ込んできた〈狂戦士〉をバールで叩き壊し、爆炎を回避行動によって受け流す。最低でも120fpsレベルの時間分解能と1フレーム猶予の3連続高精度運動を必要とする高等技術を当たり前のように使っていた。

 バールのようなものを握りしめるアストラの周囲に、バラバラと音を立ててドローンが集結する。それを操作しているのはもちろん――レッジだ。

 顔の半分が潰れたレッジが不敵に笑う。お前はまだ、本当のレッジを知らない。――そう言いたげに。


━━━━━

Tips

◇特異機体-No.007“シフォン”

 〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層地下街にて突如現れた異常な挙動を示す調査開拓用機械人形。調査開拓員シフォンの使用機体と同一の特徴、および反応が見られる。故に調査開拓員は当機体への攻撃行使が行えない。一方で、当機体は調査開拓団への強い敵対性を露わにしており、調査開拓団規則の拘束を突破し、攻撃を仕掛ける。

 存在確認直後、“消魂”の影響と見られる自己破壊現象によって沈黙。


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