第1285話「最悪の裏切り」

 廃墟の壁を突き砕きながら、異常な形状をした調査開拓用機械人形が駆けてくる。八本の足、八本の腕を広げ、その顔面は凶悪に赤く輝く四つの眼を戴いていた。突如現れたその異形を、調査開拓員たちは増援だと思い込む。


「おっ! おっさんだ!」

「おっさんが来てくれたぞ!」

「おっさーん!」


 そして、呑気に手を振ってそれを出迎えた者から順に、容赦なく振り下ろされるナイフと槍に突き殺されて機体を修復不能なレベルへと破壊された。


「グワーーーーッ!?」

「なっ、おっさんなんで!?」

「違う、こいつおっさんじゃ――!?」


 次々とスクラップにされていく調査開拓員。その騒動に、他の者も異変を感じ取る。彼らは一変、恐怖の悲鳴を上げて身を翻す。だが、動き出した殺戮兵器は異常なほどの機動力を発揮して、彼らを背中から斬り、突き上げた。


「鑑定! 鑑定しろ!」

「コイツおっさんの偽物だ!」

「またかよ!」


 調査開拓員レッジの姿に酷似した異常な機体、ボスクラスのエネミーが現れた。その報告はすぐに全陣営に周知された。同時に恐れ知らずの鑑定士たちが急行し、その正体を見極める。彼らは目を凝らして異形を見極め、そして驚愕した。


「嘘だろ……」

「こいつ、おっさんだ!」

「何ぃ!?」


 明かされた驚愕の事実。目の前に現れたそれが、調査開拓員レッジそのものであるという現実。にわかには信じがたい鑑定結果に鑑定士たちが目を疑い、そして次々と撃破されていく。


「おっさんだったの!?」

「嘘だろ!?」

「やばい、おっさんが裏切った!」

「またかよ!」


 今度こそ調査開拓団はパニックに陥る。開拓団の中でも随一の実力を持つレッジがボスになった。それだけなら、過去にも経験していた。しかしより恐ろしいことは別にある。


「てことはこれ、おっさんに攻撃できないのか!?」


 嵐のように暴れまわり、陣形を掻き乱すレッジ。それは確かに調査開拓員レッジである。そして、調査開拓団規則という絶対のルールによって、調査開拓員同士は限られた領域以外の場所での戦闘が禁止されている。

 故に、調査開拓員たちはレッジを攻撃することができない。


「おっさんの攻撃は喰らうのに!?」

「こんなんチートや!」

「何考えてんだおっさうわあああああ!?」


 意味不明にして理不尽な攻撃によって、調査開拓員たちは散り散りになる。反撃を試みる調査開拓員たちも、八本の腕になす術もなくやられていく。


「全員、全力で逃げろ!」


 その時、直上から一人の青年が降ってきた。彼は土煙を巻き上げながら勢いよく着地し、次の瞬間にはレッジの元へと肉薄していた。彼の繰り出した強撃が、初めてレッジの胴体を捉えた。


「団長!?」

「アストラ、来てくれたのか!」


 暴走するレッジの元へと飛び込んだ金髪の青年。アストラは眉間に皺を寄せ、側近たちでさえ見たことがないほどの怒りを顔に浮かべ、バールを握っていた。

 調査開拓団最大戦力の登場に、混乱に陥っていた調査開拓団員たちも希望を見出す。彼らは即座に、アストラにその場を任せることを選択し、できる限り距離を取るように走り出した。


『ぎ、ぎぎぎっ』


 レッジはアストラの叩き込んだバールを、四本の槍を交差させて押し除けようとする。ギリギリと強い鍔迫り合いが繰り広げられる。


「申し訳ないですが、力比べには応じませんよ。単純な腕力でいえば、俺の方が上です」


 しかし、アストラのバールは微動だにしない。彼のブルーブラッド配分は腕部に大部分を割いている。脚部に極振りしているレッジの機体では、根本的な出力に覆しようのない差があった。

 更に、遠巻きに見守っていた調査開拓員たちはあることに気付く。


「おっさんの機体、ダメージ受けてるぜ!」

「本当だ! てことは――」


 レッジの機体に損傷が見られる。鑑定によって得られるLP残存量も、わずかだが減っている。その状況から分かるのは、彼もまたジャイアントゴブリンと同様に、天叢雲剣以外の道具であればダメージを与えられるという事実。

 駆けつけたアストラの選択が正しいという証明だった。


「よし、団長! 俺らも加勢します!」

「うおおおっ、おっさん覚悟!」


 レッジは倒せる。

 調査開拓員たちが光明を見出し、にわかに活気付く。

 だが、アストラはぴくりと眉を動かし、咄嗟にレッジの胴部を蹴って後方へと飛び退いた。

 次の瞬間。地下街の天井から勢いよく何かが落ちてくる。


『ぁぁああああああああっ!』

「ぬわーーーーっ!?」


 どがん、と重量級の砲弾が間近に落ちたような衝撃音と揺れ。地表が捲れ、吹き上がった瓦礫が、動き出していた調査開拓員たちに降りかかる。


「な、なんだ!?」

「次はいったい!?」


 再び混乱の中に落とされる調査開拓員たち。

 煙幕が晴れ、それの正体が露わになった時、彼らは顎が外れんばかりに驚愕した。


『こーーーーーほーーーー……!』


 赤い長髪を揺らめかせ、正気を失った瞳で周囲を睥睨する――タイプ-ライカンスロープ。長い二つの耳が油断なく周囲の様子を探っている。何より、その手に握られた、黒鉄のハンマー。


「れ、レティ!?」

「赤兎ちゃんまで、なんで――」


 悲鳴をあげる調査開拓員たち。

 しかし悪夢はそれだけでは終わらない。


「全員、今すぐ全力で、そこから逃げろぉ!」


 アストラが力の限り叫ぶ。

 次の瞬間、廃墟の町の奥から更なる敵が現れた。


「ちょ、調査開拓員が、八人!」

「しかもこれって――」


 レッジの周囲に並ぶ人影。それは、彼らにとっても見慣れた顔だ。


「〈白鹿庵〉全員が、敵に回ったってことかよ!」


 勢揃いした男女計八名。レッジ、レティ、ラクト、トーカ、ミカゲ、エイミー、シフォン、Letty。調査開拓団の中で一番有名なエンジョイ勢バンドのフルメンバーが、敵意を振り撒いていた。


━━━━━

Tips

◇特異機体-No.001“レッジ”

 〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層地下街にて突如現れた異常な挙動を示す調査開拓用機械人形。調査開拓員レッジの使用機体と同一の特徴、および反応が見られる。故に調査開拓員は当機体への攻撃行使が行えない。一方で、当機体は調査開拓団への強い敵対性を露わにしており、調査開拓団規則の拘束を突破し、攻撃を仕掛ける。


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