第1282話「メイド殺法」

 ソロモンという名の調査開拓員がいた。FPOリリース初日から惑星イザナギへと降り立ったベテランでありながら、そのプレイスタイルやスキルビルドに関してはあまりにも不明なところが多い。ただ唯一、彼のことを多くの調査開拓員たちはこう言い表す。


「メイド卿がやりやがった!」

「さすがメイド卿!」


 艦隊を掻き分けて現れた帆船から飛び出した黒髪ロング眼鏡のクールビューティメイド、バアル。彼女の仕込み箒による目にも止まらぬ斬撃が、あれほどの力を発揮していたジャイアントゴブリンを圧倒した。

 あの巨体が軽やかに吹き飛ばされるのを見て、次々と歓声が上がる。

 第八回目にして初めての、目に見える成果が上がったのだ。


『マスターより追加の命令を確認。これより、ソロモン侍従部隊による敵地侵略および敵対勢力鎮圧作戦を実行します』


 宇宙空間に漂うバアルの眼鏡がきらりと輝く。

 彼女が箒を指揮棒のよう掲げると、帆船が動き出す。


『敵地侵入経路を測定。“大穴”へ突入します』


 彼女たちが目指すのはただ一点、第五階層へと繋がる大穴だけだ。躊躇なく船首を穴に向けた帆船を、周囲の艦隊が固唾を飲んで見守る。

 そして、穴の向こう側に潜む者も、彼女たちを歓迎するはずがなかった。


『ゴボボッ!』

『ゴブボボッ!』

『グルッボッ!』


 穴の中から、複数のジャイアントゴブリンが飛び出してくる。その絶望的な光景にあちこちから悲鳴が上がった。一体でさえ艦隊を半壊させるほどの力を持った相手が三体も。いくらバアルであっても、手間取らないはずがない。

 しかし、古式ゆかしいメイド服に身を包んだ長身の女性は、冷静沈着な表情で緑の怪物を見据える。


『アガレス、ウァサゴ、ガミジン。出撃』

『はいよー!』

『ウァサゴ、了解』

『もう少し、強い相手がいいのに……』


 バアルの呼びかけに応じ、帆船から更に三機のメイドロイドが飛び出してくる。バアルとは対照的にミニスカートの改造メイド服に身を包んだ、タイプ-フェアリー機体のメイドたちだ。彼女たちの手にはシンプルな銀の装飾が施されたマスケット銃が握られている。


『着剣。敵対存在の迅速撃破、開始』

『はぁっ!』


 三機のメイドロイドは、手にしたマスケット銃の銃口を後方へと向け、引き金を引いた。銃声と共に青い炎が吹き上がり、彼女たちは勢いよくジャイアントゴブリンへと肉薄する。

 次の瞬間、マスケット銃が翻り、銀線が宇宙に刻まれた。


『フルバースト!』

『だだだだだだだだだっ!』


 外見はマスケット銃。しかし、その内実は先端技術の塊である。高エネルギー凝集体による半実体パルスブレードがジャイアントゴブリンの厚い皮を切り裂き、傷口に捩じ込まれた銃口から秒間250発ペースで120発の特製電磁爆発弾が叩き込まれる。

 時間にして1秒に満たぬ刹那。


『敵性存在、排除完了』

『おーわりっ!』

『手応えがない……』


 一瞬と称して何ら問題のない時間のうちに、三体のジャイアントゴブリンが絶命した。


『な、なんなんですか、あの強さ……。本当にメイドロイドなんですか!?』


 作戦用共有回線に悲鳴が上がる。三体の強敵を易々と潰したメイドロイドたちは、帆船と共に堂々と大穴へ侵入していく。少し遅れて、我に帰った調査開拓員たちが遅れじとその後へと続く。


「さすがはソロモン。よく鍛えられたメイドだ」


 クチナシ級一番艦の船首に佇むアストラは、惚れ惚れとした顔でその様子を見届ける。ブリッジでは騎士団員たちの困惑する声が上がっていた。彼は今後の円滑な作戦遂行のためにも、説明をするべきだと判断した。


「そうだな……。俺たちは攻撃する時に何を使ってる?」

『え? そうですねぇ。俺なら爆裂槍だし、メメならハンマー使ってますけど』


 戸惑いながら答える団員に、アストラは少し落胆する。


「そういうことじゃない。俺たちは全員、武器を使ってるんだ。〈体術〉スキルを持ってる格闘家でも、グローブや籠手は持ってるだろ」

『そりゃあそうですよ。じゃないと攻撃力がないわけですし』


 何を今更、と言わんばかりの団員。その時、回線に別の団員の声が割り込んできた。


『デューイ、たぶんそういうことじゃないよ。私たちは全員、天叢雲剣を使ってる。――そういうことですよね?』


 特攻隊長よりも察しのいいデストロイヤーの少女の出した答えに、アストラは今度こそ満足げに頷いた。


「そういうことだ。俺たちは原生生物と戦う時、必ず天叢雲剣を使ってる」


 天叢雲剣。瞬間硬化性ランクX高機能ナノマシン集合金属を主要素として構成された汎用ツールだ。八尺瓊勾玉、八咫鏡と並び、調査開拓員にとっては三種の神器と呼ばれ、調査開拓活動に欠かせない装備となっている。

 それはカートリッジ化されたウェポンデータをインストールすることができ、形状をさまざまに変化させることで多種多様な武器として扱うことができる。また、その特性故に調査開拓員は嵩張る武器を持つ必要がなくなり、応急修理用マルチマテリアルというアイテムで修繕することが可能なのだ。


『つまり……どういうことだ?』


 いまいち話を理解できていない特攻隊長。アストラがより詳しく説明するよりも早く、デストロイヤーの少女が呆れ声で言った。


『つまり、あのジャイアントゴブリンは天叢雲剣に対する高い耐性を持ってるってことなんだよ!』

「正解だ」


 端的ながら満足のいく答えにアストラもつい口角を上げる。


『しかし、それじゃあメイドさんの攻撃が通った理由が分からなくないか?』

「いいや、分かるはずだ。――メイドロイドは天叢雲剣を使えない」


 特攻隊長が息を呑む。

 調査開拓員が持つ三種の神器は、すべての調査開拓団員に所持が許されているわけではない。活動支援を目的に製造、配備されるNPCの多くは八尺瓊勾玉以外の二つは与えられていない。

 そもそも、メイドロイドは戦闘を目的に作られてはいないのだ。フィールドへ連れ出し、戦闘スキルの習得に成功したのはレッジが所有する優秀なメイドロイド、カミルが第一例である。

 そんなカミルでさえ天叢雲剣は所持できず、ネヴァが特別に製作したを使用している。


「ソロモンの配下にある七十二人のメイドロイド。彼女たちの中にはバアルを筆頭に戦闘能力が高い機体も存在する。とはいえ彼女たちは天叢雲剣を所持していないから、基本的には補助戦闘を専門としている」


 ソロモンがメイド卿と呼ばれる由縁。それは七十二体というあまりにも大量のメイドロイドを雇用しながら彼女たちに高度な教育を施し、ソロモン侍従団として組織化している点にある。彼の普段のプレイスタイルは、強力な戦闘支援ユニットとしてのメイドロイドを利用した集団戦闘だった。


「今回の敵は、天叢雲剣に対して強い耐性を持つ。ついでに、アーツにもな。荷電粒子砲や艦載装備は効果があるとはいえ、あまりに大振りすぎて当たらない。つまり、簡単に言えばジャイアントゴブリンはプレイヤー特攻のエネミーというわけだ」


 どういう理由でそのような力を得たのか、なぜ天叢雲剣が通用しないのか。その理由はまだ判然としない。だが、これから分かることだろう。


「逆に言えば、天叢雲剣以外の武器なら攻撃が通用する。それこそ、メイドロイド専用兵装なんかは、いい例だったわけだ」


 武器に対する絶対的な耐性を持つ強敵。ならば武器以外の道具で殴ればいい。

 アストラの予測は、ソロモンのメイドたちによって実証された。


『あの、それじゃあ俺たちはどうすればいいんですかね……』


 閉塞した状況に一穴が開いた。希望が垣間見えた。しかし、特攻隊長たちプレイヤーの表情は浮かないものだ。自分たちは武器を使った戦いしか知らないのに、ここからどう攻勢をかければいいのだろうか。


「何を悠長なことを言ってるんだ。武器が使えないなら、道具を使えと言っただろ」


 アストラはそう言って、自らも聖剣を鞘に収める。そしておもむろに手にしたのは、宇宙船の甲板上に取り付けられた非常用の工具――大きく太い、バールのようなものだった。


「それに、おそらく武器耐性を持っているのはジャイアントゴブリンだけ。他の小さいゴブリンは普通に武器が通用する。あと、ジャイアントゴブリンにメイドロイドの攻撃が通用するだけで、ジャイアントゴブリンの馬鹿げた攻撃能力が無効化されたわけじゃない。メイドロイドと協力して、お互いに支援し合わないと戦えないぞ」

『そ、そうか! メイドロイドって死んだら終わりじゃん!』


 特攻隊長が今更気がついたように叫ぶ。

 バアルたちがジャイアントゴブリンを圧倒できたのは、向こうの攻撃を受けることがなかったからだ。しかし乱戦になれば危ない。その時彼女たちを守れるのは、調査開拓員だけである。


『よっしゃああっ! 特攻隊長デューイ、行きます!』


 クチナシ級一番艦から、勢いよく有人ミサイルが射出される。それに乗り込んだモヒカンの青年は、宇宙船を飛び越えて大穴へと突っ込んでいった。


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Tips

◇メイドロイド兵装“御身を護りし忠誠の銃”

 ソロモン侍従団標準中近距離兵装。外観はシンプルかつ古風なマスケット銃ではあるものの、内部は精密部品が高密度に詰め込まれた最新機器。

 秒間250発の連射性能を誇り、1マガジンを0.5秒で打ち切る。装填可能弾は特性電磁爆発弾。敵性存在の行動阻害を第一に考えられた特殊爆発弾頭である。

 また側部トリガーを引くことによって内蔵バッテリーのBBエネルギーを消費し、高エネルギー凝集体半実体パルスブレードを展開し、銃剣として扱うことも可能。

 ソロモン侍従弾所属メイドロイドはこの歩兵銃の扱いに極めて高度に習熟している。


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