第1281話「希望の光」

 〈エウルブギュギュアの献花台〉第四階層。広大な宇宙空間が広がる特異領域内部に、大型のクチナシ級宇宙航行装甲巡洋艦が三十五隻、隊列を組んで展開していた。周囲には大小様々な宇宙船艦が随伴し、中にはアサガオ級よりもさらに小型の個人用宇宙航行ポッドも存在している。


「第八次大規模攻勢、開始!」


 陣頭指揮を執るのはクチナシ級一番艦の船首に立つ、〈大鷲の騎士団〉団長アストラ。彼の聖剣が輝き、肩に止まっていた白鷹が翼を広げる。


「大規模収束荷電粒子砲、照準構え」

「エネルギー充填率30%」

「パワーグリッドシステム、コネクト」

「全艦、リアクター最大出力」


 相互接続された宇宙船が一斉にリアクターの出力を上げ、莫大なエネルギーを生産する。アサガオ級、ユリ級、ヒガンバナ級、その他多くの船艦が指向性エネルギー投射マーカーによって、増産したエネルギーを近傍のクチナシ級へと送っていく。


「エネルギー充填率78%」

「ターゲットロック完了。船体位置固定三次元アンカー射出」


 微調整を済ませたクチナシ級が上下左右の八方向に向けて太い杭を突き出す。茫洋とした宇宙空間において擬似的な絶対座標原点を定義することで、船体を存在レベルで固定する、先進技術開発専門バンド〈眼鏡っ娘は眼鏡だから美しい党〉によって開発された、画期的な錨である。


「エネルギー充填率98%」


 オペレーターの冷静な声。

 アストラは剣を掲げ、前を見据える。彼の視線の先にあるのは広大な宇宙にぽっかりと開いた大穴。無数の呪具と呪符、そして極限圧密霊鍛金属製の杭によって固定された、第五階層へと繋がる道だ。


「大規模収束荷電粒子砲、放て」


 その一言で、砲手が一斉にトリガーを引く。

 次の瞬間、扇形に展開していた三十五隻の巨大宇宙船艦――それが抱え込んでいた24m口径の巨砲から超高密度のエネルギー体が放たれた。

 三次元アンカーによって固定されたクチナシ級から、極太の光線が飛び出す。三十五のラインは一点へと収束し、大穴へと飛び込んだ。


「全艦、全速前進! 今日こそ決着をつける時だ!」

「うおおおおおおおっ!」


 開戦の号砲が放たれた。ならば動く時である。

 クチナシ級が赤熱した主砲の冷却のため放射板を帯のように広げるなか、周囲の船が先んじて穴へと飛び込んでいく。彼らは唯一開かれた門の先にある新天地を目指し、競うようにして駆けていく。


 だが。


「ゴブリン出現しました!」

「来たか。防御体勢!」


 先頭を走っていた高速艦が穴に飛び込んだ直後。大規模な爆発と共にスクラップと化した船が飛び出してくる。その後ろから現れたのは、緑色の肌をもつ人型生物。宇宙船艦のスケールと比べれば、あまりにも小さな存在だ。

 だが、その姿を認めた途端、アストラたちは身構える。小さく見えるが、あれは身長を3メートルを越す巨体だ。何より、宇宙空間に生身で進出しているという驚くべき事実がある。


『ゴァアアアアアアア!』


 突然膨大なエネルギーを投げ込まれたことに、鬼は怒りを露わにしていた。最新鋭の宇宙艦隊に対峙する原始的な装いのゴブリン。そのミスマッチな光景は、いっそコミカルな雰囲気さえ醸している。


「行くぜ行くぜ行くぜ行くぜぃ!」


 血気盛んな調査開拓員が飛び出した。個人用スペースバイクに跨った彼は、超高速でジャイアントゴブリンに肉薄すると、背中に背負っていた鞘から剣を引き抜く。


「『クレセントスラッシュ』ッ!」


 三日月のような軌道を描く流麗な剣。その切先がゴブリンの胸を裂く……はずだった。


「なぁっ!?」


 予想外のことが起こった。いくつものレアアイテムを投じて鍛え抜かれた名剣が弾かれたのだ。ただの筋肉、ただの皮膚に。

 あまりの事態に硬直する剣士。次の瞬間、彼は体をくの字に曲げて後方へ吹き飛んでいた。

 その様子を、大規模攻勢経験者の調査開拓員たちは憐憫の目で見る。彼は知らなかったのだ。ゴブリンの強さを。

 200kmの距離から前触れなく放たれた三十五の光線を受け止めて無傷。亜光速で突撃した高速強襲艦を真正面から受け止め、分厚い耐宇宙装甲を曲げる。

 あまりにも乖離した力。あまりにも場違いな能力。

 ゴブリンとはこれほど強かったのかと、誰もが納得できなかった。


『ゴブゴブボッ!』

「魔法、前兆確認されました」

「詠唱妨害プラン発動」


 次々と砲弾が撃ち込まれる。至近距離で爆発を受けながら、それでもゴブリンは止まらない。


『ゴブボボッ』


 ゴブリンが腕を突き出した。猛火が大蛇のように首をもたげ、宇宙船に喰らいつく。次々と爆発が起こり、調査開拓員たちが木端のように消し飛んだ。


「プランの見直しを」

『もうこれ以上どう見直せばいいんですか……』


 あまりにも絶望的な光景に、騎士団員でさえ弱音を吐く。

 アストラを含め、多くの攻略組が集まり、技術と力の粋を結して行った大規模攻勢。第八次を数える現段階になっても、いまだ突破の兆しが見えないでいた。


『だ、団長!』


 船首で壊滅していく艦隊を眺めるアストラに、ブリッジの団員から通信が入る。様子の違う切迫した声色に、彼はすぐに要件を聞いた。


『ソロモン王、到着しました』


 冷静さを崩さなかったアストラが、初めて眉を動かす。


「来てくれたのか?」

『はい。その……“メイドさんは宇宙すら乗り越える”と』

「なるほど……」


 戸惑いがちな声。アストラは口元を緩めていた。彼は面白い人が好きだった。突飛な発想で周囲を驚かせたり、不思議な魅力で人々どころか世界すら飲み込んだり。そして、“ソロモン王”もまたFPOが誇る面白い人だった。


「到着は?」

『それが、その』


 団員が言い淀む。

 直後、アストラの頭上を巨大な船が通り過ぎた。


「諸君、待たせたな。メイドさんの登場だ」


 大規模攻勢作戦用の共有回線に向かって放たれる尊大な声。突然のことに調査開拓員たちがどよめくなか、その船は堂々と前線へと登っていく。

 それは宇宙空間には不似合いな、古めかしい木製の帆船だった。否、わざわざそう見えるように作り上げた立派な宇宙船艦である。明らかなネタ。どう見てもエンジョイ勢。ガチ攻略の場に何をしに来たんだと怒る声すら聞こえる。

 だが、それを知る者は歓喜した。


「ソロモンだ!」

「ソロモン来た! これで勝てる!」


 その船は、ゴブリンの目にも異質に映った。ゴブリンは飛びこんできたミサイルを叩き落とすと、そのまま帆船に接近する。詠唱と共に、炎が吹き上がり、帆船を飲み込もうとする。


『――許可なく私有地に立ち入ることは、禁じられております』

『ゴァッ!?』


 炎が消える。

 思いもよらないできごとに、ゴブリンが驚く。それほど予想外のことだった。

 彼は帆船の甲板に何者かが立っていることに気が付いた。白いフリルのついたエプロンドレス、落ち着いた色合いのロングスカート。手には箒を持って、アンダーリムの眼鏡を掛けている女性。ゴブリンはその人物を形容する言葉を持たなかったが、周囲の調査開拓員たちは理解した。


「メイドロイド……!?」


 調査開拓員の身の回りを支援するために開発された、奉仕用機械人形メイドロイド。本来は戦闘能力を持たず、危険なフィールドへ出ることもないNPC。それが今、堂々と強敵と対峙している。

 事情を知らぬ者は困惑した。メイドロイドは調査開拓員とは違い、死ねば戻らない。こんな危険な場所に出てきていい存在ではないはずだった。

 しかし――。


『ソロモン家筆頭メイド長、バエル。これより、主命に基づき対象の強制排除を執行します』


 そのメイドロイドは箒を水平に構えた。引き抜かれた柄の内にあったのは、直線の刀。彼女はそれを正眼に構え、ゴブリンを見据える。

 そして次の瞬間、軽やかに甲板を蹴り、宇宙空間へと飛び出した。


『お客様、お帰りくださいませ』


 シシシシシシシシシシシッ!


 銀線が無数に煌めく。無音であるはずの宇宙に滑らかに響く激音。

 メイドロイドらしからぬ剣技。調査開拓員らしからぬ捌き。メイドさんの超高速連撃が、ゴブリンに叩き込まれる。


「無理だ……」


 オーディエンスの誰かが呟く。

 その程度の攻撃で、あのゴブリンが倒れるはずがないと。その程度であれば、どれほど良かったかと。何度も辛酸を舐めさせられた。あのゴブリンの強さは異常だ。

 だが。


『ゴッ、ガッ、ギュアッ』


 剣がゴブリンを圧倒していた。あれほどの強さを見せていたゴブリンが、易々とやられている。その理由すら、多くの者には分からない。

 ロングスカートが広がる。ヒールの鋭い爪先がゴブリンの腹を叩く。

 宇宙空間に浮遊しながら放たれた回転蹴りが、無敵を誇ったジャイアントゴブリンを穴の奥へと送り返した。


━━━━━

Tips

◇バアル

 調査開拓員ソロモンの所有するメイドロイド。タイプ-ヒューマノイドの女性型。ロングスカートのクラシックなメイドドレスに身を包み、知的な印象を持たせるアンダーリム眼鏡を掛けている。

 ソロモン家筆頭メイド長。財務管理及び拠点玄関清掃担当。


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