第1280話「敗者の会合」

 目を覚ますとクチナシの艦内だった。天井に埋め込まれたライトの白い灯りが目に眩しい。


『あ、起きた?』

「クチナシか。ありがとう」


 ひょっこりとクチナシが覗き込んできて、俺の顔をまじまじと見つめる。そうして、起き上がるのを補佐してくれた。

 巨大ゴブリンの予想だにしない攻撃にやられた俺は一撃で沈んだ。そうして、普通なら〈エミシ〉のアップデートセンターに死に戻るところ、クチナシ艦内で復活した。機体は黄色いデッサン人形こと機体回収用の臨時機体だ。

 騎士団の〈回収〉スキル持ちの人に、事前に仮のリスタートポイントを設定していた。これで、一回限りではあるが、好きなところから臨時機体で復帰することができる。


「レッジさーーーんっ!」


 臨時機体は一切カスタムしていないデフォルト機体だ。その感覚に慣れるためにぼーっとしていると、勢いよくドアが開いて、蛍光イエローのタイプ-ライカンスロープが飛び込んできた。


「レティか。やっぱり死んだんだな」

「死にましたよ! あんなの卑怯ですよ!」


 やはり装備類どころかスキンも貼られていないスケルトン状態のモデル-ラビットだが、その動き方はレティそのものだ。彼女は憤懣やるかたないといった様子で、地団駄を踏んでいる。

 彼女が憤っている理由ひとつ。自分の技ともいえる〈咬砕流〉の技をあの巨大ゴブリンがコピーしてきたからだろう。


「今すぐリベンジですよ! どっちが本物か決着をつけないと!」

「待て待て。今の状態じゃ返り討ちに会うだけだろ」


 ふんふんとロボットのくせに鼻息を荒くするレティ。今にも飛び出していきそうな彼女を慌てて抑える。


「まずは対策を練らないとな。あれは、そんじょそこらのボスよりもよほど強いぞ」


 アイたちとも情報を共有しなければならないし、ラクトたちもそのうち目を覚ますだろう。


「クチナシ、艦内放送でみんなをブリッジに集めてくれ」

『了解』


 クチナシが全艦に向けて一斉にアナウンスを響かせ、俺たちは移動を開始する。ブリッジに入ると、すでにアイがそこで待っていた。


「レッジさん! いったい何があったんですか?」

「それをこれから話す。とりあえず、全員揃うまで待とう」


 程なくして、〈白鹿庵〉が全員臨時機体で集まる。騎士団からはアイ以外にも手が空いている団員やクリスティーナたち幹部級のメンバーが集まった。彼女たちは揃いも揃って、俺たちが瞬殺されたという事実に戦々恐々としているようだった。


「とりあえず、映像だけ共有しておこう」


 〈撮影〉スキルのテクニックで、視覚情報を映像記録として残しておくというものがある。ドライブレコーダーのようなもので、俺の視界ではあるものの、巨大ゴブリンの姿を見せることができる。

 巨大ディスプレイに映し出されたゴブリンの姿にアイたちがどよめく。そして、ゴブリンがレティたち三人の攻撃を受けて微動だにしないところで驚き、エイミーを吹き飛ばしたところで驚き、ラクトのアーツを跳ね除けたところで驚いた。


「なんですか、この野生のボスは」

「それを言うのはまだ早いな」


 愕然とする騎士団の目の前で映像が進む。

 巨大ゴブリンが何事か呟いたその時、手のひらの上で炎が踊り、巨大な球体へと変わった。それは俺に向かって放たれ、避けても追いかけてくる。


「これは、アーツ!? いや、でもナノマシンパウダーなんて持っていないはず。一体これはなん――」


 アイが驚いている間に、映像の中ではシフォンがパリィで火球を弾く。

 だが、巨大ゴブリンは直上へと跳躍し、空中で型を決めながら棍棒を振り下ろす。


「こ、これは……!」


 その直後、視界映像は途絶する。俺が死んだからだ。

 レティの技である〈咬砕流〉の動きであることは、全員が理解した。


「やっぱり、何度見ても意味わかんないね」


 黄色いタイプ-フェアリー機体、ラクトが肩をすくめる。あまりの衝撃に沈黙してしまったブリッジで、彼女が全員の気持ちを代弁していた。


「あまりにもこれまでのゴブリンと違いすぎる。サイズも強さも何もかも」

「ゴブリンどころか、これまでのどんな原生生物とも違いますよ」


 トーカの言葉には絶望感すら漂っていた。最高の姿勢から繰り出された居合いの一撃が、首を切れなかったのだ。“首斬り”の名を持つ彼女はそこに強い衝撃を受けている。


「素のステータスが軒並みボスクラスをはるかに上回る水準な上に、おそらくコピー能力持ち。というか、あの炎はなんなんですか?」

「たぶんアーツではないよ。触媒を使ってる様子はないし、独特のエフェクトも見えないし」


 巨大ゴブリンが放った火球。あれの正体は分かっていない。ラクトの見立てではアーツではない、全く別の何か。強いて言うならば、“魔法”か。


「ミカゲ先生の所見は?」

「……情報が足りない。呪術的な力は、見られなかった」

「占術を使ってる感じもしなかったね。霊術ってわけでもないだろうし」


 三術系スキル習得者も、巨大ゴブリンに対してはほとんど何も分かっていないようだった。まあ、あれらとはベクトルが違う難解さであることは、なんとなく分かる。


「兄貴……団長たちが苦戦してるのも、こいつのせいなんでしょうか」

「たぶんそうだろ。定期連絡の時には何か言ってなかったのか?」

「……ゴブリンに手こずっているとしか聞いてませんでした」


 後悔たっぷり、といった苦々しい表情でアイが言う。より詳しく情報を共有していれば良かったのだろうが、それもしていなかった。こっちはこっちで忙しかったし、そんなゴブリンがいるとは思いもしなかった、と言っても言い訳にしかならないのだろうが。


「とりあえず、俺たちは機体の回収をしないとな。予備のアイテムは揃えてるとはいえ、あっちの機体のインベントリに色々入ってるし」

「ハンマーだけでも取り返さないと!」


 俺たちは全員臨時機体。ブルーブラッドも初期値だし、装備も何もない。スキルやテクニックにも大幅な制限が掛かってしまっている。本来の力を取り戻すためにも、機体の回収をしなければならない。

 しかし、困ったことがひとつあった。


「巨大ゴブリンめ、俺たちの機体を砦まで運んでやがる」


 行動不能となった機体の現在地はマップに表示される。戦ったその場で打ち捨てられていたら楽で良かったのだが、あのゴブリンはわざわざ全部集めて砦に持ち帰ってしまったのだ。


「ハンティングトロフィーといったところでしょうか。腹が立ちますね」


 ふつふつと怒りを湛えながらトーカが言う。エイミーたちも同意見のようだった。


「あの、ちょっといいですか?」


 その時、集まった騎士団員の一人が手を挙げた。〈調剤〉スキル持ちの薬師で、俺が麻酔薬の開発を頼んでいたメンバーだ。


「実はさっき麻酔が完成して、現在量産体制に入っています。一時間後には、十分な量が完成するかと」

「なるほど」


 それは天からの福音だった。

 俺たちの思惑が、そこで一致する。


「それでは、麻酔薬が完成次第、大規模攻勢と行きましょう」


 そう宣言するアイはいつになく好戦的な表情を浮かべていた。


━━━━━

Tips

◇リザレクションポイント

 〈回収〉スキルのテクニック『復帰点登録』によって設定可能な、一時的なリスタート地点。設定には、対象と同型の臨時機体を一体必要とする。設置者が行動不能となった場合には、すべてのリザレクションポイントが消失する。

 リザレクションポイントから復帰した場合、復帰者は一定時間ステータスが20%低下する。


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