第1279話「巨大ゴブリン」
「デカすぎんだろ……!」
廃墟の影から現れた巨大なゴブリン。その背丈は3メートルに迫ろうかという大きさだ。よくこんなものが今まで隠れていたなと驚いてしまう。
それは分厚い革の胸当てや腰巻きを身につけて、手には丸太のような棍棒を持っている。いったいどこから仕入れたのか、どれも地上街にはないものばかりだ。
「出ましたね! 新顔だろうが所詮はゴブリン。レティたちの敵ではありませんよ!」
「ちょっ、レティ! まずは鑑定してから――」
ラクトが止める間もなく、レティが意気揚々と飛び出す。Lettyやトーカもそれに続き、見敵必殺とばかりに攻撃を繰り出した。彼女たちもそれぞれがFPO随一の火力を誇るアタッカーだ。的が大きければ大きい分、その攻撃能力は引き出される。
これまでのゴブリンの強さを考えれば、多少でかいだけの相手など、瞬殺できる。――はずだった。
「なぁっ!?」
「かーーーっ!?」
「ぎゃあっ!」
三者三様の悲鳴が上がる。レティのハンマーがゴブリンの頭を、トーカの刀がゴブリンの首を、Lettyのハンマーがゴブリンの脛を的確に捉えていた。捉えて、そして、阻まれていた。
「なにっ!?」
予想を裏切る結果に、俺も思わず驚愕の声をあげてしまう。ゴブリンの頭上に表示されたHPバーは、わずかに数ミリしか削れていない。信じられないほど、三人の攻撃が通っていなかった。
「てやあああああっ!」
一瞬の空白を埋めるように、エイミーが飛びかかる。しかし、彼女の攻撃も通用しない。ゴブリンがおもむろに手を挙げた、それだけで軽く阻まれる。そして、次はゴブリンが拳を握り、突き出した。
「かはぁっ!?」
「エイミー!?」
瞬間、弾丸のように後方へと吹き飛ぶエイミー。彼女は完璧にガードを決めていた。にも関わらず、その衝撃を殺しきれず、廃墟の建物をいくつも貫いて吹き飛んでいく。
その光景に誰もが目を剥いていた。
「物理特化なら!」
ラクトが弓を引き絞る。つがえられた矢に機術の青い光が宿る。
「『
放たれた矢は飛びながら太く巨大になり、鋭利になる。透き通る氷の矢がゴブリンの胸に突き刺さった。
しかし。
「く、砕けた!?」
「ラクトの矢も通らないんですか!?」
その矢はうまく胸当ての隙間を狙ったにも関わらず、ゴブリンの胸板に敗れた。脆く粉々に砕ける氷に、絶望感が広がっていく。ゴブリンのHPは、5%も減っていない。
「こいつはちょっと予想外だぞ」
「いくらなんでも強すぎます。レベル設定ミスってますよこれ!?」
一番防御力の高いエイミーが鎧袖一触に吹き飛ばされた。レティもトーカも、あまりに強すぎる相手を前に思うように動けなくなっていた。運営の設定ミス、バグすら疑ってしまうほどの強さだ。これまでのゴブリンと、相場が違いすぎる。
だが、その場を離脱しアイたちに異変を知らせようとした俺たちは、巨大ゴブリンの更なる力を見せつけられた。
『ゴブ、ゴブホブ、ボブゴブブボブ……』
「なにを――」
不明瞭な声。ゴブリンが鳴き声ではない、意味のありそうな声を発するのは初めてだった。そのことに気を取られ、一瞬動きが止まった。その時、巨大ゴブリンの昏い瞳が、俺を見据えた。
『ゴブボッ』
広げられた手のひらの上に猛火が現れる。それは球体の形を取り、ぐるりと回り、そして――。
「うわぁあああっ!?」
勢いよく俺に向かって飛翔してきた。慌てて横へ飛び退いて避ける。だが、次の瞬間、火球は直角に向きを変えてこちらへ戻ってくる。
「追尾機能付きかよ!?」
廃墟の町を駆け回って逃走するが、火球はしつこく追いかけてくる。
「おじちゃーーんっ!」
「シフォン!?」
「――『パリィ』ッ!」
もうダメかと諦めかけたその時、シフォンが氷のダガーを持って飛び込んでくる。彼女は俺と火球の間に割り入って、短剣を素早く翻した。甲高く小気味良い音が響き、巨大な火球が弾ける。
「た、助かったシフォン!」
「は、はえええ。怖かった!」
パリィされた火球は跳ね返されて離れたところで爆発する。あれに巻き込まれたら、瀕死は免れないだろう。
「レッジさん、シフォン、まだ終わってないですよ!」
そこへレティの鋭い声。
安堵しかけた意識を引き締める。そうだ、まだ勝負は決まっていない。というか、この火球を放ったゴブリンは――。
「いない!?」
「上!」
Lettyの声。顔を上げる。
『ゴブブブッ!』
「嘘だろ――!」
3メートルの巨体が、空を飛んでいた。
いや、跳躍したのだろう。地面に大きな足跡がある。いや、跳躍できるのかよ。
『ゴブッ、ゴブブブッ――』
だが、驚くのはまだ早かった。奴はまだ、力を残していた。手に持っていた太い棍棒を構え、掲げる。その構えを俺たちはよく知っていた。だが、誰よりもそれを知っているのは――。
「なぁっ!? あ、あれは、〈咬砕流〉ッ!」
ハンマー専用、破壊力に特化した流派、〈咬砕流〉。その開祖であるレティは目を見開いて声を振るわせる。
なぜなら、巨大ゴブリンの取っていた構えは――。
『ゴブブブ』
「咬ミ砕キ――!」
次の瞬間、俺たちは、自分たちが立っていた場所ごと破壊された。
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Tips
◇ジャイアントゴブリン
〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層に突如出現した巨大なゴブリン。3メートルに迫る巨体でありながら、機敏で怪力。また高い知能を有し、更に原理不明の超常的な能力を行使する。
あらゆる点において、常軌を逸した個体である。
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