第1277話「エルフの調査」

 後頭部を押さえながら顔をあげ、抗議の視線をレティに送る。しかし彼女も毅然として睨み返し、一歩も引かない。


「ひどいです、レッジさん。オフィーリアさんに乱暴するなんて!」

「待て待て、なんか勘違いしてるだろ」


 彼女が誤解していることに気が付いて慌てて訂正する。


「俺はオフィーリアがどれくらいの麻酔薬で気を失うか調べたいだけだ」

「なにも勘違いじゃなかったですね!」

「うわぁ、綺羅星は洒落にならん!」


 ハンマーまで取り出したレティから逃げ出すもすぐさま壁に追い詰められる。こう言う時は普段から戦い慣れている彼女の方が上手だ。


「違うんだよ。エルフを守るための方法なんだ」

「エルフを守るため?」


 いまだ懐疑的な目を向けてくるレティ。俺は事前に計画を練るときに使っていたメモを取り出して彼女に送る。


「厄介なのはゴブリンの砦を攻めると援軍が湧いてくるところだ。地上だけを封鎖しても、地下から情報が伝わってしまう。しかし、これを逆手に取ることもできると思ってな」

「逆手に?」


 ひとまずハンマーは引っ込めてくれたレティに胸を撫で下ろす。


「要塞や秘密通路は地下で繋がってる。だったら地下街に麻酔薬を充満させれば、一網打尽にできるだろ」

「なるほど。そう言うことでしたか」


 説明を聞けばレティも納得できたようだ。なぜ俺がオフィーリアに薬を盛ろうとしていたのかも。

 地下街にはまだ囚われているエルフがいる可能性がある。強力な麻酔薬や、なんなら毒ガスなんかを充満させてゴブリンを倒すこともできるが、そうなるとエルフにまで被害が出てしまう恐れがあった。だからエルフが耐えられる程度の薬量を調べる必要があるのだ。


「機械人形とエルフだと色々違うだろうからな。慎重に調べないといけない」

「オフィーリアさんは納得しているんですか? まさか食事に混入させるとか」

「ちゃんと相談した上で決めてるさ。流石にそこまで酷いことはしない」

「まあ、レッジさんならそんなことだろうと思ってましたよ」

「本当か……?」


 いささか疑問は残りつつも、レティも慎重を期すならばと頷いた。そもそも、この実験調査を行うのは騎士団の優秀な専門家だ。〈調剤〉スキルや〈手当〉スキルを揃え、設備も万全を期している。「最悪死んでも三回までなら生き返らせますよ」と頼もしいような不安になるようなことを言っていた。


「ちょうどいい濃度が分かったら、すぐに量産を進めてくれる手筈になってる。それまではちょっと暇だな」


 さっき連絡した時点で作業は始まっているから、しばらく俺がすることはない。突然空き時間ができて、どう過ごそうかと悩んでいると、レティがそれならと声を上げた。


「れ、レティと一緒にちょっと探索を進めませんか。ほら、地図は詳しければ詳しいほどいいでしょう」

「そうだな。秘密通路を見つけられたら、それも武器になるだろうし」

「よっし。じゃあ早速行きましょう!」


 装備を変えてきますね、とレティは弾む足取りで出ていく。流石に綺羅星を持って探索というわけにもいかないだろう。俺も外出の準備を整える。


━━━━━


「――で、なんでラクトたちが?」

「どうせならみんな一緒に行ったほうがいいだろ?」

「ソーデスネ」


 上機嫌でクチナシから出てきたレティが、何やら驚いた顔で俺を見る。

 レティだけでなく駆けつけてくれたラクトたちも、しっかりと街中を探索したことはなかったはずだ。お互いの連携を確認する意味でも、一緒に行った方がいいだろうと判断して、彼女たちも誘ったのだ。


「どうかしたのかな、レティ?」

「べっつにー。いやぁ連携は大切ですもんねー」


 何やらニンマリと笑っているラクトと対照的に、レティがテンションを下げている。困ってエイミーの方を見ると、彼女は鈍感な朴念仁でも見るかのような哀しげな目を俺に向けてきた。


「はええ……。やっぱりわたしたちは別の方に行こっか?」

「いや、大丈夫です。みんなで行きましょう」


 おろおろとするシフォンにレティは毅然と返し、ハンマーを構える。その様子を見たLettyがうっとりと頬を緩めていた。


「なんだかんだ全員揃って活動するのは久しぶりか?」

「そうですね。やっぱり人数が多くなると予定も合いづらくなりますし」


 〈白鹿庵〉も気がつけば八人プラス一匹と大所帯になってきた。2パーティぶんほどの人数になると、大抵は誰かがログインしていなかったり予定が合わなかったりで揃わない。こうして全員が一堂に会するのも久しぶりだ。


「これならカミルも呼べばよかったな」

「来ますかねぇ。一応、宇宙を経由する必要があるんですけど」

「こういう遺跡っぽい街並みもあいつは好きだと思うぞ」


 人工物に目がない彼女なら、この白い街並みも興奮しながら写真に収めるはずだ。何枚か代わりに撮って送ってやれば、泣いて悔しがるに違いない。


「それじゃあ、撮影旅行も兼ねて出かけるか。アイたちには連絡したからな」


 レティの準備を待っている間に、アイに外出することは伝えている。「レティさんと二人ですか?」と聞かれたので〈白鹿庵〉全員で行くと答えたら、「それなら安心です」と言っていた。

 まあこれだけのメンバーが揃っていたら、そうそう死ぬこともないだろう。


「よし、こうなったら自棄です。誰が一番ゴブリンを倒せるか勝負しましょう」

「いいね。じゃあ何か賭ける?」

「決まってます。それなら……」


 レティたちもやる気十分。何やらひそひそと話し合いながら、チラチラとこちらを見ている。


「はえええっ!?」

「はええ……」

「はええええ……!?」


 唯一聞こえてくるのは、シフォンの声だけ。いったい何を話し合っているのか。

 俺とミカゲだけが蚊帳の外で男同士寂しくしていると、ようやく話がまとまったらしい。やる気を漲らせたレティたちが、防壁の外へと向かう。


「さあ、レッジさん行きますよ!」

「お、おおー!」


 テンションが乱高下しているレティに戸惑いながら、拳を突き上げて鬨の声をあげる。

 そうして俺たちは廃墟街へと繰り出していった。


━━━━━

Tips

◇エルフまん

 〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班後方支援部料理係が試作した料理。シンプルな肉まんの表面にオフィーリアのイラストを焼き付けた。ゆくゆくは名物土産となるかもしれない。


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