第1276話「最後の手段」

 オフィーリアを保護したことで、彼女からもたらされた新たな情報。かつてこの地に住んでいたエルフの痕跡を探すため、騎士団第一戦闘班が大きく動き始めた。オフィーリアの証言を元にして地図はより詳細に書き込まれ、それを足がかりに探索が進められる。

 また、レティが開いた大穴も第四階層の側から安定化が行われ、行き来が可能になった。とはいえ、穴が開いたのは地下街の中心であり、ゴブリンたちが待ち構える魔境だ。アストラたちはそれらの殲滅をしつつこちらへ進出しようと動き出しているという。

 第五階層の内外で大きく事態が進展しつつあるなか、俺はクチナシのブリッジで頭を悩ませていた。


「うーん。やっぱり難しいな」

「何がそんなに難しいんですか?」


 いつの間にか部屋に入って来ていたレティが俺の肩越しにテーブルを覗き込む。そこに広げてあるのはアイから送ってもらった最新の地図だ。地上街と地下街の2種類を方位を合わせて並べている。

 俺はそこにいろいろと書き込みつつ、いくつかの置物を配置していた。


「この後、地下街の大規模探索に向かうつもりだっていうのは知ってるよな」

「もちろんですよ。他のエルフ族の探索と、アストラさんたちとの合流ですよね」


 大穴を通じてこちらへ乗り込もうとしているアストラたちは、当初の予想を裏切ってずいぶんと手間取っている。ゴブリンがかなり強いと言っていたのだが、俺やアイはその評価に疑問を覚えていた。

 なにせ、ゴブリンは俺でも戦える程度の相手なのだ。天下の〈大鷲の騎士団〉が戦艦で乗り込んでどうにもならないというのはおかしな話である。

 そんな訳で、様子を見に行くのも兼ねて大規模な地下街への進出が計画されていた。その作戦設計がなぜか俺に任されているのだ。


「先行偵察の報告によると、俺たちが行き来した連絡通路はすでに封鎖されてたらしい。岩が詰め込まれて、簡単には突破できないそうだ」


 地上と地下を繋ぐ階段が塞がれていた。アストラたちと足並みを揃えられないのは、これのせいもある。


「だから、他の連絡通路がないかと探してもらってるんだが」


 俺はテーブルに広げたマップの、地上街の数カ所を指差す。


「四箇所くらい見つかってるんですね」

「そうなんだよ」

「その割には浮かない顔ですけど」


 優秀な騎士団第一戦闘班の働きで、連絡通路は見つかった。しかも既に四つも。問題は、その四つともから続々とゴブリンが溢れ出て、周囲を要塞化してしまっているという点だ。

 さらに言えば、五つめ六つめが見つかる可能性も十分にあると現場から報告が上がっている。


「俺たちが地下街へ向かうには、この要塞を攻略しなけりゃならんわけでな」

「要塞の攻略なら得意ですよ。レッジさんでいっぱい練習しましたし」

「そりゃ良かった」


 “崩壊したスクラップ瓦礫の城主アンドビルド”をぶち抜いた経験のあるレティは自信満々に胸を張る。それはまあ、別にいいのだ。


「問題は要塞がいくつもあるってことと、こっちの人数が少ないってことだ」


 現在見つかっているだけでも要塞は四箇所。そのどれもが瓦礫を積み上げた堅牢なもので、一筋縄に突破できる生易しいものではない。アイの見立てでは、第一戦闘班の精鋭でも攻略には四パーティ、つまり二十人程度は必要だろうとのことだった。

 しかし、第一戦闘班は総勢で四十人の八パーティしかおらず、解析班や地図職人といった後方支援系も多い。〈白鹿庵〉の人員をまとめても、一度に攻略できるのは二箇所だけだろう。


「どこか一つに絞れば、十分攻略できるのでは?」

「アイたちが一度、威力偵察をした。そうしたら要塞の中からわらわらとゴブリンが溢れ出して挙句、他の要塞からも援軍が来た。背後から挟まれる形になって、ギリギリの撤退だったらしい」

「ぬぅ。面倒ですね」


 ゴブリン最大の武器はそのおびただしいほどの数であり、彼らはそれを理解している。四つの要塞はどれも同じ距離で存在し、ひとつが襲われた一気に他の三つから援軍が来るようになっている。しかも地下で繋がっているため、伝令を排除して秘密裏に攻めるという手も使えない。

 ゴブリンという割に知恵のある厄介な相手である。


「あえて要塞化せずに秘密通路として使っているところもあるみたいでな、全く予期しないところからも次々とゴブリンが現れるらしい。廃墟の街は見通しも悪くて、隠れ放題だ。まるでゲリラ戦だと言ってたよ」

「アイさんも大変ですねぇ」


 どうにかこうにか攻略の糸口を見つけようと、アイはクリスティーナたちを酷使している。物資だけは二隻のクチナシ級に潤沢に積み込まれているため、生きてさえいれば再起が図れるのが不幸中の幸いといったところか。


「いっそレティが“綺羅星・一式”を使って――」

「やめろやめろ。せっかく安定化させた大穴がまたぶっ壊れたら、アストラと合流するどころじゃないだろ!」


 ちゃきり、と黒いハンマーを取り出そうとするレティを慌てて止める。

 綺羅星は確かに非常に強力なハンマーだが、万能という訳ではない。むしろ威力が強すぎて扱いづらいのだ。世界の壁を破壊するほどの力を秘めているものを軽率に振り回せば、塔そのものが壊れかねない。

 ネヴァたちに早く改良版を作ってくれと頼んでいるのだが、「出涸らしになったのでしばらく休みます」とメッセージが来て以降音信不通である。喧々諤々の激論をクロウリたちと繰り広げたらしいし、叩き起こすのも酷だろう。


「それじゃあ、どうするんですか?」

「どうするかねぇ」


 なぜ俺なんかが参謀にされたのか遅まきながら理解する。押し付けられたのだ、厄介ごとを。アイも第一戦闘班の団員たちも、頑張ってくださいとしか言ってくれない。ラクトたちは我関せずといった様子だし。


「うーん、仕方ないか……」

「あれ、何か案はあるんですか?」

「最後の手段だと思ってたんだけどな」


 結局、妙案はなかなか思い浮かばない。あまり時間もないことだし、俺は決断することにした。


「あ、もしもし? ちょっとオフィーリアに薬を盛ってほしいんだが」

「何言ってるんですかレッジさん!?」

「ぶべっ!?」


 フレンドリストから相手を選び、通話をかける。そうして要望を口にした俺は、目を丸くしたレティに頭を強く叩かれた。


━━━━━

Tips

◇ゴブリン要塞

 〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層の地上に見られる人工建造物。地下と接続する連絡通路を中心にそれを守るようにして構築された、堅牢な砦。周囲に同様のものがいくつも存在し、一箇所を攻めた場合他の要塞から援軍が送り込まれる仕組みになっている。

 非常に堅牢な要塞であり、難攻不落。ゴブリンは新たに現れた外敵に対して、既に適応し始めているようだ。


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