第1273話「天を貫く小鎚」

 火の手が回る闇の街の奥から現れたのは、鮮やかな赤髪を広げたウサギ。いや、奇妙なハンマーを片手に携えたレティだった。彼女の背後からは、トーカやラクトたちも続々とやってくる。


「レティ!? 一体どうやってここまで」

「そんなことはどうでもいいです! それより、何をアイさんとイチャイチャ――というかそのエルフ耳の美人さんは一体!?」


 なぜ、どうやって彼女たちがここへ来たのか。疑問の尽きない俺たちだが、向こうも同じく次々と問いが浮かんでいているようだ。ここで言い合っているような暇はないことは、お互いに理解した。


「とにかく、地上へ上がるぞ」

「地上?」

「こっちは地下の街なんだ。上に俺たちの拠点がある」

「分かりました! 詳しい話はそちらで聞きましょう」


 素早く話がまとまり、俺たちは一路駆け出す。向かう先は地上へと繋がる連絡通路だ。

 しかし、広場の前には大量のゴブリンが集結していた。彼らは今回の自身を俺たちのせいだと思っているのか、殺気に満ちた顔で武器を構え、こちらを睨んでいる。


「ちっ、数が多いな」

「任せてください。レティばかりに手柄を取らせるわけにはいきませんからね」

「アイと何してたのかはあとで詳しく聞くからね。とりあえず、あれを突破すれば良いんでしょう?」


 エルフ耳の女性を守りながらではうまく戦えない。しかし、ここには心強い仲間たちがいた。勢いよく前へ躍り出たトーカが妖冥華を引き抜き、一薙ぎで十体以上のゴブリンをまとめて吹き飛ばす。ラクトがアーツを練り上げ、ゴブリンの足を凍らせて動けなくした。


「レティさんが動けないなら、私がそのぶん頑張りますよ! てゃああああいっ!」


 ロケットのように飛び出したのはLettyである。彼女は見覚えのある複雑で巨大な機械と融合したハンマーを振り上げていた。


「“シン・マシンハンマー”――『大爆発』ッ!」


 ドガァァアアン! と衝撃波が広がる。衝撃が大地を揺らし、爆炎がゴブリンをまとめて一網打尽にした。レティの使っている機械鎚よりもはるかに強力な爆発が、使用者を巻き込まないように前方扇状に広がっていた。


「レティが動けないっていうのは、どういうことだ?」


 Lettyたちが景気良く大技をぶっ放してゴブリンを殲滅していくなか、いつもならいの一番に前線へ飛び出しているはずのレティがおとなしい。Lettyの言葉に引っ掛かりを覚えて首を捻ると、レティが手に携えた小さなハンマーを掲げて困ったように眉を寄せた。


「諸事情ありまして、今はこれ以外のハンマーを持っていないんです。というか、これ一つ持つのもギリギリで、装備もアイテムも置いてきました」

「そんなに重いのか、そのハンマー」


 腕力極振りで見た目以上の力持ちであるレティが、それひとつで重量限界を迎えるほどの重さとは。彼女の手にあるのは柄も50cmほどの小ぶりな片手用ハンマーだ。ヘッドの形状が変わっていて、よくある直方体ではなく丸い真球だ。黒々としたそれは艶もなく、確かに重量感は醸している。


「まあ、ざっと7.5かける10の21乗トンくらいですかねぇ」

「逆になんで持ててるんだよ……」

「重量軽減のウェポンデータカートリッジを山ほど突っ込んでなんとか。それにプラスでホタルさんに呪符を作ってもらって、貼り付けてます。重量を大幅に軽減する代わりに、これ以外のすべての装備品を所持できなくなる、というものです」


 ウェポンデータカートリッジは、武器に特殊な効果――例えば属性だったりドレイン能力だったり――を付与できるものだ。武器ごとにカートリッジを挿せる容量が決まっており、それも優秀な武器の条件になってくる。

 重量軽減のウェポンデータカートリッジは特大武器などの重量が大幅に所持可能限界を超過しているものに使うものだ。それでも1つか2つあれば十分なんだが。

 彼女はそれに加えて呪具職人のホタルに強い能力を持つ代わりに強い制限も課すという呪符を作らせ、ハンマーの柄に貼り付けていた。彼女が初期装備の白い服しか身に付けていないのは、そっちの影響のようだった。

 それほどの対策を講じなければ、持つことすらできない超重量のハンマー。改めて見てみると、何やら輪郭がうっすらと揺らいでいるような……。


「これ、いったいなんなんだ?」

「ふふん。それは語るも涙聞くも涙の紆余曲折があるのですが――」


 レティが誇らしげに口を開きかけたその時。


「ちょっと!? もうゴブリン片付いたよ!」

「はやく来なさいよ二人とも!」


 キレ気味のラクトとエイミー。見ればトーカたちは階段を駆け上り、二人が攻め寄せるゴブリンを凌ぎながらこっちを睨んでいた。


「すまん、すぐ行く! レティ、やっぱり後で聞かせてくれ」

「了解です!」


 俺たちはラクトに追い立てられるようにして階段を駆け上る。やはりレティはいつもより少し動きが鈍っているようだ。装備補正もなくなって、そのぶん素のステータスが露わになっているのだ。腕力に極振りしている関係で、彼女はタイプ-ライカンスロープにしては実はあまり足が速くない。

 それでも、仲間のおかげで俺たちは地上の白い廃墟街へと飛び出した。


「うわぁ、綺麗なところ!」

「むしろここが表玄関なのね」


 一緒に階段を登ってきたラクトたちも、広がる景色を見渡して歓声をあげる。どこまでも、空にまで町並みが広がる幻想的な光景は、やはり見るものを圧倒させる。

 とはいえ、落ち着いている暇はない。俺たちはシフォンや第一戦闘班の面々が待つクチナシへと向かう。


「はえっ! おじちゃん! 無事だったんだね!」


 騎士団の戦場建築士が建てた防壁が見えるようになると、向こうからも声がした。シフォンやクリスティーナたちが、大喜びで俺たちを出迎えてくれたのだ。


「こっちも揺れたのか?」

「うん。めちゃくちゃ揺れて、何があったのか心配してたよ。もうちょっと戻ってくるのが遅かったら、迎えに行くところだった」


 どうやらあの地震は地上にも届いてたらしい。シフォンも騎士団員たちも完全装備で今にも出動しそうな様子だった。


「というか、レティたちがどうしてここに? というか、レティのその格好は?」


 俺たちを出迎えたシフォンもまた、レティの装いに首を傾げる。

 まるで始めたばかりの初心者のような姿は、あまりにも場違いだ。


「とりあえず簡単に言いますと」


 俺たちの視線を集めたレティは、口を開く。


「星を圧縮して作った超重量のハンマーで、第四階層の天井をぶち抜いてこっちに来たんです」

「………………はえ?」


 結局、その簡素すぎる説明は誰からも――ラクトたちからでさえ――理解されることはなかった。


━━━━━

Tips

◇ウェポンデータカートリッジ

 武器データにインストールすることで、様々な特殊な効果を発揮できるようにするカートリッジ。挿入可能なカートリッジは武器自体に設定された容量に左右される。


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