第1272話「エルフ耳の美女」
〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層。アイと共にその地下へと探索に出かけた俺は、黒々とした闇の支配する廃墟の街の中央に巨大な建造物を発見した。ゴブリンたちが厳重に警備を張る建物の奥へと忍び込んだ俺たちは、そこで女の声を聞いた。
『もし、どなたかいらっしゃったのですか?』
弱々しい女の声は、建物の中央にある広いドームの奥から聞こえた。太い柱に囲まれたその奥へと、俺たちは意を決して進む。
『ああ、ああ……。ようやく助けが。お願いします、名も知らぬ方々。どうか私をここから出してください』
ドームの中央に鳥籠があった。人が数人は入れるほどの大きく頑丈な鳥籠だ。それは天井から太い鎖で吊り下げられている。声がするのは、その鳥籠の中からだった。
「レッジさん、あれは……」
「分からんな」
アイの言わんとしていること。それはあの声が罠かもしれないという可能性だ。
『お願いします。もう何年も、何十年もずっと、この中に閉じ込められているのです。助けてください。助けてください』
弱々しい声だ。今にも消えそうなほどの儚い声。
だが、鳥籠の中に目を凝らしても深い闇が遮ってその中にあるものは見通せない。それなのに、向こうは俺たちの存在を認知しているようだった。二人でいることも、男女であることも。譫言のように助けを求める言葉を繰り返している。
「よし、助けよう」
「良いんですか? 正直、とても怪しいですけど」
槍を構える俺に、アイは待ったをかける。状況としては怪しいことこの上ない。ゴブリンたちの巣窟の中央にある、暗い鳥籠。そこから声だけが響いている。客観的に見れば、罠である可能性は非常に高い。
「罠なら別にいい。強引に押し切るだけだ。俺とアイならそれができるだろ?」
「っ! そ、そうですね。私とレッジさんなら、どんな困難にも立ち向かえますよね」
アイの肩に手を置いて力説すれば、彼女もはっとして頷く。
「〈大鷲の騎士団〉副団長なら、俺が多少ヘマをしてもカバーしてくれるだろ」
「えっ、ああ、そういう……。まあ、はい」
あれ、なんか選択肢を間違えた気がする。
まあとにかく。アイの超広範囲攻撃があれば、多少ゴブリンが傾れ込んできたとしても対処できるだろう。それなら、罠ではない可能性に賭けて、助けるべきだ。
「今からそっちに向かう。気をつけてくれ!」
『ああ、ありがとうございます!』
女性の声に少し正気が宿った気がする。ずっと無視していた俺たちが返事をしたからだろうか。
「でも、どうやって助けるんですか?」
「あの鎖をなんとかしよう。ま、任せてくれよ。解体なら得意だ」
鳥籠は頑丈そうだが、ところどころに経年劣化の跡も見える。あからさまなウィークポイントだ。ならばそこを狙って――。
「風牙流、四の技、『疾風牙』ッ!」
柱を蹴り、一気に駆け上がる。バク宙の要領で鳥籠へと近づき、その上部から天井へ繋がる鎖目がけて、槍とナイフを一気に突き刺す。火花が散り、鳥籠が大きく揺れる。中から悲鳴が聞こえるが、すぐに鎖の破断する音にかき消された。
「落ちるぞ、気をつけろ!」
『ひぃぃ』
鳥籠が落下する。高さは3メートルほど。
「『
硬い石の床に衝突し、籠が割れる。けたたましい騒音はまったく聞こえなかった。アイの歌唱による、音のない世界。鳥籠の破片を取り除き、その奥に手を伸ばす。
「っ!」
俺の手を掴んだのは、細く滑らかな、美しい女性の手だった。引き寄せると、腕が、やがて全身が露わになる。薄い見窄らしい一枚布だけを身にまとい、痩せている。深い緑色の長髪は荒れ、頬もこけている。何より、エメラルド色の瞳が澱んでいる。
だが、美しい。この世のものではないと疑うほど、容姿が整っている。幻想的で、光を帯びているようにすら見える。
そして、何より。その耳を見て俺は驚く。いや、アイもまた驚き、自分の耳に手を伸ばしていた。タイプ-フェアリーの特徴的な笹型の耳、エルフ耳とも呼ばれるそれ。その美しい女性は、細長いエルフ耳をしていた。
『――がとう、ありがとうございます。この御恩は決して』
アイの歌唱が途切れ、彼女の透き通るような声が再び聞こえる。俺は彼女を抱きかかえ、アイに目配せした。
「とりあえず、ここから脱出しよう。外で詳しい話を聞かせてくれ」
『は、はい。分かりました』
エルフ耳の女性を持ち上げようとして、じゃらりという音を聞く。見れば、枯れ枝のように痩せた彼女の足首に重たい金属の足枷がついていた。鎖が伸び、鉄球がぶら下がっている。
「アイ、これ外せるか?」
「ちょっと待ってくださいね。――『ブレイクスラッシュ』ッ!」
アイのレイピアが銀の線を描く。女性が小さな悲鳴をあげると同時に、鉄の鎖が砕け散った。
「さすがだな、アイ」
「ふふん」
これで今度こそ、女性も自由の身だ。
俺が彼女を横抱きに抱えて、アイが先行する。地上――白い廃墟街へと戻ることができればひとまず安心なのだが。
「くっ、ダメですね。ゴブリンが多すぎます」
ここは敵の本拠地。周囲にはお祭り騒ぎをしているゴブリンたちが大量にいる。彼らの目を掻い潜って進むのは、隠密装備を着込んでいる俺とアイだけならできるだろうが、この女性を抱えていては難しい。
「仕方ありません。私が別のところで騒ぎを起こして、陽動を」
「危険じゃないか?」
「大丈夫です。私、これでも騎士団の副団長なんですよ」
そう言って、アイが不敵に笑う。彼女がそう言い切れば、頼もしさは人一倍だ。
「では――」
アイが駆け出そうとした、その時。
『きゃあっ!?』
「うおおおっ、地震か!?」
突如、足元が大きく揺れる。いや、足元だけじゃない。まるで世界そのものがグラグラと揺れているような、強く奇妙な揺れだ。アイも立っているのがやっとで、周囲を警戒している。
『ギュアッ!?』
『ギャイギャイ!』
『ギョエーーーーーーッ!?』
ゴブリンたちにとっても予想外のことなのか、あちこちで汚い悲鳴が上がる。
「これなら、どさくさに紛れていけるかもしれない!」
「分かりました。進みましょう!」
揺れはまだ続いている。暗闇に包まれた街で建物が崩れ、火の手も上がっているようだ。そんな中を俺たち地上に繋がる階段に向かって走り出す。
「この揺れになにか心当たりは?」
『あ、ありません。初めてのことです。何が何だか……』
一応、女性にも尋ねてみるが、困惑しきったままぶんぶんと首を振る。となれば、異常事態なのだろう。深く考えている暇はない。まずはここから脱出しなければ。
「レッジさん、こっちです!」
瓦礫が降ってくる中、アイが道を指し示してくれる。それを辿るようにして、前へと進む。
だが、その時。騒音のなかに聞き覚えのある声がしたような気がした。
「アイ、今なんか聞こえなかったか?」
「何も? それよりも早く行かないと!」
アイが俺の手を引っ張ってくるが、やはり声がする。
振り返るも、あちこちで炎が上がる暗い街だ。だが、俺は女性をアイに預けて、暗闇に向かって声を上げた。
「おおーーーーーーいっ!」
「レッジさん!?」
アイと女性が驚いた顔になる。敵に向かって、存在を示しているかのように見えたのだろう。だが――。
「レッジさーーーーーんっ! 見つけましたよぉおおおおおおっ!」
数秒後、瓦礫を蹴散らして赤いウサギがこちらへ跳んできた。
━━━━━
Tips
◇『ブレイクスラッシュ』
〈剣術〉スキルレベル55のテクニック。物体を切断することに特化したシンプルな剣技。それゆえに奥深く、極めるのは難しい。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます