第1271話「星を持ち帰る」

 ひまわり座第一銀河、スサノオちゃんLOVE♡星系、第三惑星。それは、広大な宇宙においても珍しい、重金属が大半を占める特殊な素性の星だった。


「とりあえず、星系の名前はどうにかならなかったの?」

「スサノオファンの人が第一発見者だったんでしょうね。まあ、あまり深く考えるものでもないですよ」


 アサガオ級の小さな船に乗り込んではるばるやって来たレティたちは、船窓から虚空に浮かぶ大きな天体を眺める。今からあれを圧縮するのだ。


「ラクト、エイミー、トーカ、ミカゲ、Letty。今回の計画にはみんなの協力が不可欠です。でもレティたちならきっとできます。各自の動きを今一度確認しておいてください」


 宇宙船には、レッジとシフォン以外の〈白鹿庵〉の面々が勢揃いしている。Lettyはレティの呼びかけですぐさま馳せ参じ、トーカとミカゲは対人戦に明け暮れていたところを引っ張ってきた。

 トーカはまだ切り足りないといった不満顔だが、レティはそんな彼女に極上の誘い文句を用意していたのだ。


「トーカ、星を切ってみたくないですか?」


 その一言で、トーカはころりと意見を変えた。今では六人の中でも特に乗り気な方だ。

 眼前に浮かぶ第三惑星。その直径はゆうに100,000kmを超える。惑星イザナギと比べてもはるかに巨大な鉄の塊だ。それを切ることができるならば、まさしく剣豪といって差し支えないだろう。


「でも、本当にそんなことができるの?」


 トーカが胸を躍らせるのと同時に、ラクトの疑いも深くなる。大太刀・妖冥華は特大武器にカテゴライズされるほどの大振りではあるが、それにしても刃渡りは2メートルと少し。100,000kmを真っ二つにするには絶望的に長さが足りない。トーカの背丈を軽々と超える太刀も星と比べれば針同然だ。


「できますよ。なんてったって、レティたちが揃ってるんですから!」


 しかしレティは確信を持った様子で深く頷く。

 その時、宇宙船の自動操縦機能が目的地への到着を伝える。大気を抱えない巨大惑星の地表への着陸は驚くほど静かだ。開いたドアからトーカが飛び出す。


「それじゃあ、よろしくお願いしますね」

「任せてください」


 妖冥華を背負い、気炎を上げるサムライ少女。彼女に期待しながら、宇宙船は再び浮かび上がる。

 今回の作戦は、チームワークが肝要だ。レティは南極に、Lettyは北極に、トーカは赤道上に、エイミーはその反対側へと。四人が惑星を縦に走るようなライン上に並ぶ。そして、同時に事を起こさなければならない。

 当然、お互いの姿など見えるはずがない。だから通信だけでタイミングを合わせるのだ。


「ラクトとミカゲも頼みますよ」

「やることはしっかりやるつもりだよ」

「……まかせて」


 残る二人は宇宙船で待機する。だが彼女らに仕事がないわけではない。むしろ、今回の作戦においてもっとも重要な立ち位置と言ってもいい。

 じっくりと時間をかけて、全員が配置につく。ここから先は、お互いTELでのやり取りになる。


「それでは、十三時丁度に始めましょう」


 惑星イザナギ標準時を基準とした時間。長針が最も高くなり、秒針がそこに重なる時。その瞬間に、始まる。


「3、2、1――」


 遠く離れた土地で、それぞれに時計を見つめ、タイミングを合わせる。


「咬砕流、六の技」

『咬砕流、六の技』


 レティとLetty。同門の二人は南極と北極にて同じ型を取り、声を合わせる。

 ハンマーを高く掲げ、飛び上がる。脚力を増幅させる最新鋭の機械脚が、二人の身体を押し上げる。高密度大質量の巨大惑星の凄まじい重力を振り切って、高く高く跳躍する。

 そして、二人は同時に大地を目指す。


「――『星砕ク鋼拳』ッ!」

『――『星砕ク鋼拳』ッ!』


 レティとLetty。全く同じ――ごく一部分の身体的特徴を覗き、装備からスキル構成まで全てを統一した二人が、一糸乱れぬ完璧なシンクロを見せる。二人の構える鉄の大槌が、星を同時に揺るがした。


『――振動が来ました』


 二人の丁度中間に位置する赤道上に、サムライが佇む。

 目を厚い遮光の覆面で塞ぎ、全神経を鋭敏に尖らせ、静かに立っている。彼女は遠く離れた星の果てで同時に響く衝音を確かに聞いた。地中を揺るがしながら進む、地鳴りを感じた。

 目に見えずとも、手に取るようにわかる。星の中へと浸透する、大いなる力の波動。

 彼女は数える。左右からやってくる二つの波が、ここへ到着するまでの時を。


『5、6、7、8』


 直径10万km。片道で5万kmの長旅だ。

 にも関わらず、二つの衝撃は遅れる事なく、鏡合わせのように迫る。

 全く同じタイミングで放たれた波は、引き寄せられるように。


『――彩花流、肆之型、一式抜刀ノ型』


 深い前傾姿勢。水平に伸びる大鞘。解き放つのは、最も慣れ親しんだ神速の抜刀。

 その一撃は、ただ刹那の間に首を落とすことだけを追求した、シンプルにして究極の一刀である。

 刃がしゃらりと鞘走る一瞬に、トーカは思考を巡らせる。


 これは首切りの太刀である。それを今、自分は星に向かって放とうとしている。

 星にとっての首とはなんだろうか。

 人にとっての首と聞かれれば、簡単なことである。頭を支え、喉を包む。太い骨を通し、筋肉と、筋と皮膚とで覆われている。声を発する時に震え、物を飲み込む時に動く。男であれば喉仏が膨らんでいることだろう。汗が滲みやすく、掻けば荒れやすい。汗ばんだうなじは、男の目を集めるとも聞く。

 色々と浮かぶものの、結局のところ重要なのはただ一つ。

 人は首を斬られたら死ぬ。

 生命の中核たる心臓、理性の中核たる頭脳。その二つを繋ぐには、なんとも細く頼りない糸。刃を立てれば安易に断ち切れ、命も潰える。人間のみならず、他の多くの生命にとって、最も広く曝け出されたまごう事なき弱点。

 それが首というものだ。


 で、あるならば。


 星にとっての首とはなんだろう。

 再びその問いへと巡り戻る。


 星の弱点。星の中核を繋ぐもの。


 そう。赤道だ。


 北極と南極。二つの両端の合間。貫く軸を切るならば、その軌道は赤道――星の中心を通る。最も厚みを持ち、最も長い距離を有する。

 赤道を断ち切るならば、それは星の首を落とすも同義。


『神髄』


 柄を握りしめる。


『――『紅椿鬼』』


 鬼の首を取ったよう。誇らしげに、疑いなく。間違う事なく、迷う事なく。

 目は閉じている。光は必要ない。研ぎ澄ませた感覚は、皮膚を針で貫かれたかのように、痛いほどに周囲を実感させてくる。

 ただ純粋に、刀を振るう。何千、何万、何億と繰り返してきた、研ぎ澄ませてきた、洗練させてきた、極めてきた、このシンプルにして究極の太刀筋。

 妖しくも美しい赤の刃が、星の首を断つ。


『――来たわね』


 レティとLettyが同時に衝撃を放った。星の内部へと染み込むようにして、それは猛烈な勢いで侵蝕する。南極と北極、星の両端から迫るそれが赤道で重なる。その瞬間と全く同時に、トーカが一刀を振り下ろした。

 強い衝撃、鋭い斬撃。星の内部を蠢く力、うねる絶大なエネルギーが、一つの方向へと進む。

 その先に立っているのは、拳を構えたエイミーだ。

 彼女はいつもの巨大な鋼鉄の拳を備えていない。薄い革製のグローブ、その甲に鉄板を縫い付けただけの、シンプルな装備だけ。それだけで十分だった。

 足元から伝わる、強い力の予兆。星を揺らすほどの巨大な力だ。

 それが今、彼女の元へと迫っている。


『鏡威流、


 深く腰を落とし、拳を地面に立てる。

 これから解き放つのは、習得したばかりの技だ。シビアな操作精度が求められる〈鏡威流〉のなかでもことさらに繊細で、難しい。だが、この一発勝負で外すわけにはいかない。

 エイミーは深く集中する。物心ついた時から深く浸かっていたアスリートとしての生活の中で養われた、強い集中力。彼女は世界を、無数の薄片へと分割する。滑らかに流れる時を、一枚一枚の絵として取りだす。

 コマ送りの映像、思考が染み渡る。


 拳を二つ。両手を構える。

 薄い鏡のような障壁が二枚、そこに広がる。


『――『共鏡』ッ!』


 到達する激震。大地から飛び出す力のうねり。

 それを、エイミーは殴り返した。

 二つの鏡で挟むようにして。

 合わせ鏡に映るように、エネルギーは無限に増幅する。増幅しながら、帰っていく。帰りながら、膨らんで行く。

 一瞬でもどちらかの拳が遅れれば、その瞬間にこの均衡は崩れる。水を蓄えた袋に針の穴を刺したかのように、溢れ出し、無秩序に暴れ回る。

 だが、エイミーの研ぎ澄まされた時間分解能によって、それは全く同時に捉えられた。鏡と鏡の間に挟まれた衝撃と斬撃が渾然一体となったエネルギーは、無限の増幅を見せる。


『レティ、行ったわよ!』

「完璧です、エイミー!」


 二つの衝撃、一つの斬撃。それを封じた無限の力。

 それが星の中心へと向かう。熱と力を秘めた核へと至る。

 その瞬間。


『――『術裏反転』』


 ミカゲが、印を切った。

 莫大なエネルギーのうねりが逆転する。圧倒的な正のうごめきが、負に転じる。

 生きとし生きるものを呪い、死へと誘う邪法の術、〈呪術〉の本質は反転にあり。

 火を凍らせ、水を燃やし、木を砕き、石を育てる。死を生へと動かし、闇を光らせる。自然という強大にして絶対の摂理への反逆。その力はわずかなれど、絶大。

 直径十万kmの巨大惑星の中心で、今にも爆発しそうだった力が一瞬にして反転する。それは、星の中心に完全な虚空が生まれたことと同義だった。


「うぎぎっ。これですよこれこれ!」


 虚空は全てを吸い寄せる。重力よりもはるかに強く。

 レティたちは立つことすら困難で、地面に張り付くようにして耐える。

 大質量が、圧縮を始めていた。


『レティ、隕石が!』

「当然でしょう。この力は星だけにとどまりませんからね!」


 ラクトの悲鳴。惑星近傍を飛んでいた流星群や小惑星、衛星、その他全ての天体が、虚空に向かって落ちていく。

 星が割れ、しかし逃れることは許されない。ただ、猛烈な力で、圧縮されていく。強く、強く。極限まで。


 直径100,000kmの星が、周囲の天体を集めながら、直径1mにまで。

 降り注ぐ隕石のなか、ラクトは宇宙船を動かしてレティたちの救出に向かう。このままでは、彼女たちまで星の一部となってしまう。

 隕石を掻い潜りながら、宇宙船を動かし、レティたちを探し、回収し、離脱する。同時に複数の操作を行わなければならない。十人以上のクルーが協働しなければならない作業を、彼女はひとりで行っていた。

 メキメキと音を立てる惑星に、宇宙船自体も吸い寄せられていく。


「ラクト、そろそろお願いします!」

「ああもう! ――『侵蝕する絶零の白牙アブソリュートゼロ』ッ!」


 そして、星が手頃な大きさになったその時、ラクトが最後の仕上げをする。

 絶対零度の冷気が、全ての動きを停止させる。正であろうが、負であろうが、零を掛ければ全てが無に帰す。天地鳴動の大規模な天体圧縮が、静止する。


「さあ、飲んで飲んで!」

「ラクトのかっこいいところ見てみたい!」

「いっき、いっき!」

「うぎぎぎぎっ。おえっぷ」


 『侵蝕する絶零の白牙アブソリュートゼロ』は発動中、術者のLPが続く限り対象を氷漬けにする。当然、星一つを完全に氷漬けにしていれば猛烈な勢いでLPが消える。ラクトは事前にアサガオの船倉いっぱいに積み込んでいたアンプルをがぶ飲みして、なんとか命を繋いでいた。


「早く〈エミシ〉まで運びましょう。ネヴァさんが待ってます!」


 ラクトのLPが枯渇すれば、再び虚空が収縮を始める。そんなものを〈エミシ〉に持ち込んでいい訳もないが、レティたちの頭にそんな意識は全くなかった。

 星ひとつぶんの超重量超密度の物体を手に入れたという喜びだけが、そこにあった。


━━━━━

Tips

◇『共鏡』

 〈鏡威流〉四の面。二つの鏡を同時に広げ、その狭間に対象を捉える。無限に広がる鏡面世界で、対象は際限なく増幅し、跳ね返る。

 “小さな破片に内在する果てしなき反転の世界。囚われるは強くも儚いゆらぎ也”


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