第1270話「心配性な兎」

 レティは激怒した。必ず、かの朴念仁を理解らせなければならぬと決意した。レティには上手いアプローチの方法が分からぬ。レティはただの一般お嬢様である。幼稚園から大学まで一貫の女子校で暮らしてきた。だから男性に興味を持つことはなく、思いを寄せることに対しては、人一倍に臆病であった。

 今日、大学の講義を終え、レティは帰宅すると早々にヘッドセットをはめてFPOにやって来た。なのにレッジもシフォンもログインしているはずなのにどこにもいない。首を傾げながら掲示板を開くと、二人が〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層に到達していた。しかも、彼の元には〈大鷲の騎士団〉のアイもいるという。


「はぁぁぁ? レティ、何にも聞いてないんですけど!」


 後を追いかけようにも、彼女は第五階層へ向かう術を持たない。というか普通、こういうのって仲間と一緒に行くものなんじゃないですか? なんでシフォンと二人だけで決行してるんですか? ちょっと待てばレティもログインしたんですけど?

 レティは激怒した。必ず、この塔を破壊して五回へ至らねばならぬと決意した。


「というわけで、今から四階の天井ぶち抜いて五階に行きたいと思うんですけど」

「ごめん、何言ってるか全然わかんない」


 〈エミシ〉の中心、大邸宅テントの一室。いつもより少し遅くログインしてきたラクトは、待ち構えていたレティに捕まり、今日の予定を聞かされていた。ただし、聞いても理解はできないが。


「レッジさんがシフォンだけ連れて第五階層に行ったんですよ! しかもアイさんが後を追いかけて! 今頃きゃっきゃうふふしてるに決まってます! 今すぐ追いかけないと!」

「いやぁ、どうだろ……。アイって結構奥手なところあるし、なんだかんだヘタれてると思うよ」

「なんてこと言うんですか。相手は副団長ですよ!」


 メラメラと闘志の炎を燃やすレティに、ラクトはあまりついて行けていない。

 〈大鷲の騎士団〉副団長のアイがレッジに少なからぬ好意を抱いていることは、もはや周知の事実である。本人はうまく隠し通しているつもりのようだが、特にレティやラクト、トーカといった面々にはすっぱ抜かれている。

 とはいえ、アイがそういった物事にはなかなか強くアクセルを踏めないタイプであることは、ラクトも承知している。同族である。


「今頃二人でデートしてるかもしれないんですよ! これは一大事です!」

「そもそもレッジが全く意識してないでしょ」

「それはそれでムカつくんですけどね」


 しばし、どんよりとした空気が部屋に滞留する。

 アイがどうとか言う前に、やっぱりあの男をどうにかしたほうがいいのでは? という思いが二人の間で生まれた。


「もしかしたら第五階層で可愛いお姉さんとかと出会ってるかもしれません。ナイスバディなお姉さんに誘惑されたら、レッジさんだって揺らぐかも」

「想像できないなぁ」

「まあ、レティも想像できませんけどね」


 あれ、別に急がなくてもいいのでは?

 そんな思いが少し芽生える。


「あれ、二人だけ? レッジのとこについて行ってないんだ」

「エイミー! よく来てくれましたね!」

「うわぁ、ちょっと帰りたくなったわ」


 そこへ何も知らないエイミーがやってくる。差し入れと言ってテーブルの上に置いたのは、最近巷で有名なスイーツ店のエクレアである。レティたちは目を輝かせ、さっそくクリームたっぷりのそれを頬張る。


「それで、何を企んでるの?」

「もふぁ、もがもふぁふぁ」

「食べてからでいいから」

「もぐもぐ……。もう一本いいですか?」


 結局四つのエクレアを食べてから、レティは説明をする。


「今、我々は出し抜かれているんですよ。アイさんはレッジさんに急接近していて、レティたちはそれを阻止できません。このままでは直球ゴールイン、そのまま勝利の鐘が鳴り響き、レティたちはアイさんのブーケトスに手を伸ばすはめになります」

「どこまで想像してるのよ……」

「多感な時期の子って怖いなぁ」


 なんやかんや年長組に入るラクトとエイミーは、エクレアを片手に力説するレティを生暖かい目で見守る。自分にもこんな時期があったかもしれない、と。いや、流石にここまでの純粋培養っぷりはなかなかないだろう。


「レッジさんとアイさんの急接近を阻止するためにも、レティたちは早く第五階層に行かないといけないんです!」

「でも、惑星捕食法は精度が低いんでしょ? 原始原生生物も使えないし」


 ラクトもレティの演説を聞き流しながら、軽く状況を調べていた。レッジたちが原始原生生物を星に蒔いて、それで幽霊ウナギを呼び込んだこと、アイたちが同様の方法で後を追ったこと、そしてウェイドが憤怒と共にそのメソッドを凍結させたことも理解している。

 アストラ含め攻略組は、それに代わる方法での五階層到達を模索しているわけだが、今のところこれだというものは見つかっていない。


「そこで、レティたちは四階の天井をぶち抜いて五階に行きます」

「だからどうやってそんなことをするの?」


 全く具体的な話の出てこないレティに、ラクトがぺしゃりと言葉を投げる。しかし赤うさぎは怯む事なく、果敢に立ち向かった。


「力ですよ、圧倒的な力! この宇宙をぶち抜く絶大な破壊力さえあれば、レティは五階にいけるんです!」

「絶大な破壊力って」


 エイミーまで呆れてしまう。

 レティの猪突猛進ぶり、破壊力信仰の傾倒ぶりは彼女たちもよく知っている。それに助けられたことも多々ある。とはいえ、それだけでなんとかなるほど、このゲームは甘くない。

 この世界に穴をあけようという発想は、とっくの昔に出ているのだ。物質系スキルが存在し、次元の壁を突破できると分かっている以上、それは当然のことだろう。しかし、それは成功しなかったのだ。

 物質系スキルの絶対破壊テクニックで宇宙に穴を開けると、それはあらゆるものを吸い込むブラックホールとなった。そこに吸い込まれた調査開拓員は、問答無用で即死である。どれほど重装備を固めても、考えうる防御手段を講じても、意味をなさない。


「物質系スキルも万能じゃないんだよ、レティ」


 優しく説得するラクト。

 レティはきょとんとして首を傾げる。


「別に物質系スキルは使いませんよ」

「は? じゃあ、どうやって天井をぶち抜くの?」


 予想外の展開にラクトとエイミーも興味を引かれた。体を前に傾けた二人を見て、レティは温めていたアイディアを口にする。


「逆転の発想ですよ。頭をうまく使わないと」

「はぁ?」


 レティがそんなこと言うなんて、明日は槍でも降るのだろうか。という思いを胸の奥に抑えて。ラクトは先を促す。


「ウナギがやって来るのを待つからダメなんです。こっちから行かないと」

「でも、ウナギが惑星を食べないと五階には行けないでしょ」

「だから、こっちが惑星を持っていくんですよ」

「はぁ?」


 荒唐無稽な話だった。ラクトもエイミーも、一瞬で興味をなくす。

 レッジに好意を寄せるのはいいが、頭までレッジになれとは思っていない。第一、あの巨大な惑星をどうやって運ぶのか。原始原生生物を使ったエンジンでも、流石に惑星は動かせない。

 しかし、レティは勝算を確信したような表情で、五階へと至る道筋を説明した。


「まず、星を圧縮します」


━━━━━

Tips

◇必殺海鮮エクレア

 シード03-ワダツミ〈ナキサワメ〉に店を構える洋菓子と寿司の専門店〈パティスリー黒船〉が生み出した、新基軸のスイーツ。たっぷりの生クリームを注入し、濃厚なチョコレートをふんだんにかけたボリュームたっぷりのエクレアに、新鮮な鯛の刺身、サーモン、イクラ、ホタテ、アワビ、サバ、数の子、その他季節の旬に応じた大量の海の幸を載せた。

 現実ではまず味わえない珍品。


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