第1269話「地の底へ」
重たい扉の先には降りの階段が続いている。ぽつぽつと壁に灯りはあるものの光は頼りなく、先へ進むほど薄暗くなっていくようだ。俺はランタンに灯りをつけて、周囲を照らす。見える範囲にゴブリンはいないようだった。
「これ、もしかして第四階層に続いてたりするのか?」
「どうでしょう。今の所このような階段は発見されてませんが」
下へ向かう階段となると、塔の下層に繋がるのではないかと思ってしまう。とはいえ、第四階層はいま無限の宇宙が広がっている。そもそも第四階層にゴブリンがいたという話は聞かないし、アイは懐疑的だった。
それでも何があるかは分からない。俺たちは慎重に階段を降りていく。
大体10分ほどだろうか。体感ではかなりの距離を歩いたような気がする。ようやく、階段の終端が見えてきた。
「ここからは慎重にいきましょう。レッジさんも私のそばから離れないでくださいね」
「お、おう」
アイにぐいっと強く引っ張られ、密着する。そのまま壁に背を預けるようにして、そろりと覗く。階段の終端には上と同じような分厚いドアがあり、それもしっかりと閉じられている。しかし、上部に格子のついた覗き窓があった。
「どうですか?」
タイプ-フェアリーで身長の足りないアイに代わり、様子を窺う。
「これは、黒い町だな」
そこに広がっていたのは、真っ黒な闇が広がる地下世界。地上の白い町とは対照的な、黒い町だった。
『ギャイギャイッ!』
『ギャーイ!』
『ギョアアアッ!』
至る所でゴブリンたちが楽しげに騒ぎ、肉を食っている。あちこちで鉄を叩く甲高い音が響き、ここで生活が営まれていることが分かる。
上が昼の町ならば、下は夜の町。星も月も見えない岩の空の下で、小鬼たちが踊っている。ここがゴブリンの本拠地であることは明らかだった。
「よし、ゴブリンの巣を見つけることができたし、一度帰って体勢を……」
「誰にも見つかっていない今がチャンスですよ。二人で潜入して、もう少し情報を集めましょう」
「えっ」
「こちらもリソースに余裕があるとはいえ、無限ではありません。効率的に調査を進めるためにも、ここは多少の無理をしていいと思います」
「えっ」
「さあ、いきますよ」
「あっ、ちょっ」
俺が止める間もなく、アイさんが扉を開ける。相変わらず大きな音が響くが、気付かれる様子はない。いちいち扉の開閉を気にするような奴はいないということか。
陰から周囲を確認すると、さすがに扉の近くに見張りらしいゴブリンが何匹か立っている。子守唄で眠らせてもいいが、効果範囲外のゴブリンに異変を察知されると面倒だ。
俺とアイは互いに目を向けて、頷く。
「ふっ!」
同時に階段から飛び出し、勢いよく背後を突く。サイレントシャドウ装備が気配を隠してくれたおかげで、俺たちはあっという間に見張りゴブリンを全て倒すことができた。
物音が立たないようにそっと抱きかかえ、物陰へと運ぶ。サボって居眠りしているような形に体勢を整えてやれば、発見も遅れるだろう。
「どこへ行く?」
「一番大きい建物へ!」
アイの目標設定は単純にして明快だ。彼女が指し示したのは町の中心にある大きな黒い建物。あそこが町の中枢であることは、すぐに分かった。
「走りますよ。ついて来てください!」
「何を。脚力極振りを舐めないでくれ」
俺たちは闇に紛れ走り出す。雑然と並ぶ廃墟同然の建物の隙間を縫うようにして。俺は脚力極振りで、アイもスピードタイプのBB配分をしている。二人とも出そうと思えばかなりの速度を出すことができるのだ。
「そこ、足元気をつけろ」
「きゃっ!?」
しかし周囲は視界が悪く、瓦礫も散乱している。ランタンの光も抑え気味にしていることもあり、アイが躓いた。倒れそうになる彼女の手を取り、そのまま抱える。
「わ、れ、レッジさん!?」
「一気に跳ぶぞ。しっかり掴まっててくれ」
「わああっ!?」
ラクトを抱える時と同じように、彼女を小脇に。そのまま槍を地面に突き刺し、勢いをつけて跳ぶ。ちょうど棒高跳びの要領で一気に距離を稼ぐ、『ポールジャンプ』というテクニックだ。
突然大きく放物線を描いて跳躍したことで、アイが驚いて俺にしがみつく。
「はっはっは。久しぶりに全力で走ると気持ちいいな」
「レッジさん、レッジさん!?」
「なんだ、どうかしたか?」
「これ、着地地点はどこですか?」
「あっ」
焦りの詰まった声で現実に戻される。放物線の向かう先に目を向けてみれば、今まさに盛宴の最高潮といった様子のゴブリンたちの一団がいる。このまま突っ込めば、騒ぎが大きくなってしまう。
「――『
その時、世界から音が消えた。ゴブリンたちの騒ぐ声も、薪の爆ぜる音も。俺たちが勢いよく地面に激突して、木箱をいくつか破壊した音も。
「――ぷはっ!」
「あ、ぶねぇ……。すまん、助かった」
静寂はほんの数秒。ゴブリンたちは多少違和感を覚えつつも、すぐに勢いを取り戻す。
その刹那に物陰へと隠れることができた俺たちは、ほっと胸を撫で下ろす。
「気をつけてくださいね。何があるか分かりませんし」
「面目ない」
アイの忠言も粛々と受け止め、周囲を見渡す。ゴブリンたちの宴の向こうに、町で一番大きな建物が見える。警備もかなり厳重で、そこになにかがあるのは間違いなさそうだ。
とはいえ、ここから侵入するのはなかなか至難の業だろう。さて、どうするべきか。
ふと隣を見てみると、アイは何やら手慣れた様子で準備をしている。取り出したのは喉元にスピーカーがついた小さな人形だ。
「それは?」
「ダミードールです。これを投げて注意を引くので、その隙に進みましょう」
さすが攻略組だけあって、こんな作戦も経験があるらしい。アイは物陰から周囲の様子を伺い、ダミードールを投げる。数秒後、そのスピーカーから大きな音が響いた。ポップなリズムの楽しげな、どこかで聞いたことがあるような……。
「あれ、これアイの曲か?」
「…………こういうアップテンポな曲が一番興味を引きやすいので」
頬を真っ赤にさせてアイが弁明する。ダミードールの音声は、自由に設定できるらしい。
「いい曲じゃないか。俺は好きだぞ」
「好きっ!? そ、そうですか? えへへ」
やっぱりアイの曲は素晴らしい。あのミネルヴァにも負けていないと思うのは、俺だけだろうか。なかなか人前で聞かせてくれないという希少性の高さもあるのだが。
「こほんっ。さ、早くいきますよ!」
ダミードールが楽しげに音を奏でている間に、俺たちは建物の中へと侵入する。どうしても持ち場から離れそうにないゴブリンは、やむなく打ち倒す。そうして奥へ奥へと進んでいった俺たちは、急に広い空間へと辿り着いた。
『もし、どなたかいらっしゃったのですか?』
その時、どこからか弱々しい女性の声が響いた。
━━━━━
Tips
◇ダミードール
囮になってくれる丈夫な人形。小さなスピーカーがついており、好きな音声を再生することができる。
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