第1268話「冴えた手法」
おもむろに服を脱ぎ始めたアイにぎょっとしていると、彼女は恥ずかしそうに頬を赤く染めてはにかんだ。
「こ、これも潜入調査に必要なことなので。まったくやましい気持ちはありませんから!」
「そ、そうか……」
最近の若い子のやる事はよく分からんなぁ。
というか、彼女も〈武装〉スキルは持っているだろうし、普通に早着替えできるんじゃ……。
「お待たせしました」
などと考えているうちに、着替えが終わったようだ。振り返ると、彼女は装飾を排した黒い衣装に身を包んでいる。なんとなく、ミカゲが着ている忍装束にも似ているような。
「足音や気配を抑えてくれる装備です。〈忍術〉スキルがなくても、ある程度忍ぶことができるんですよ」
「なるほど。あれ、でも俺が普通の格好なら意味ないんじゃないか?」
「で、ですのでその……、レッジさんもこれを……」
アイが取り出したのは、同じ装備の一式。わざわざ準備してくれていたようだ。
「いいのか? 助かるよ」
「えへへ」
装備の名は“サイレントシャドウ”シリーズと言うらしい。全身が真っ黒になって、ブラックダークが喜びそうなデザインをしている。
手早く着替えると、俺とアイはお揃いの服装になる。タイプ-ヒューマノイドとタイプ-フェアリー、男性と女性ということで多少デザインが違っているところもあるが、大まかには一緒だ。
「なんだか親子みたいになるな」
「うぐっ。……ソウデスネ」
親しみを込めて言ったつもりなのだが、アイは少し落ち込んでしまった。冗談でもちょっと嫌だったか……。
真っ黒な服装へと切り替えて、早速見張り台の方へと向かう。白昼堂々、白い瓦礫の散乱する街を真っ黒な服装で進むとよく目立ちそうだが、装備の不思議な力が気配を抑えてくれる。
「おお、すごいな」
見張り台の周囲に立つゴブリンのすぐ真横を通り抜けて、その効果の高さを実感する。〈大鷲の騎士団〉が潜入用装備として正式採用しているだけあって、その効力はお墨付きということなのだろう。
見張り台の中は薄暗いが、アイは迷う様子もなく進む。さっきのエコーロケーションである程度のあたりは付けているらしい。そもそもがさほど広くもない建物だ。俺たちはすぐに、地下へと続く階段と、それを阻む扉を見つけた。
「ゴブリンたちはこの先へ向かっているみたいですね」
「それなら、ゴブリンが扉を開けた時に入るか」
蝶番も錆びていそうな古い扉だ。これを開けば、流石に存在が露呈してしまう。
俺とアイはしばらく物陰に隠れて、機会を窺うことにした。
「物陰……。あそこしかないな」
ゴブリンの生活圏内になる見張り台には、隠れられそうな場所が少ない。なんとか見つけられたのも、二人がギリギリ収まるかどうか、という僅かな瓦礫の陰だった。
「すまん、アイ。ちょっと窮屈になってしまうがいいか?」
「もちろん! ……こほん。致し方ありませんね。これも必要なことですから」
瓦礫の陰に身を押し込み、体育座りのように体勢を落ち着ける。そのうえで、アイを足の間に挟むようにして収める。これは本当に大丈夫なのだろうか。
「すみません、少し動きますね」
「うおっ。こんなにくっ付いたら苦しくないか?」
「問題ありません。それよりも足が出てしまっています。もっと縮めてください。あ、私の方に寄せてもらって結構ですから」
流石は攻略組。こんな状況でも真剣な表情だ。自分が多少窮屈でも、攻略を最優先できる姿勢には感銘を覚える。俺も頭を振り、気持ちを切り替える。
「ひゃっ!? れれ、レッジさん!?」
「体勢を変えよう。俺の上に乗って、隙間から様子を見てくれ」
「はひっ」
彼女と顔を合わせるようにして、俺は瓦礫に背を預ける。見張りはアイに全て任せるのだ。柔らかく薄いサイレントシャドウ装備同士が密着し、彼女のわずかな動きも伝わってくる。やはり彼女も緊張しているようだ。
「ひょえぇ」
「どうかしたか?」
「な、なんでもありません!」
アイの小さな囁きも耳元のすぐ近くで聞こえる。扉に変化があったのかと頭を動かすと、彼女の小さな鼻とぶつかりそうだった。
お互いに密着したまま息を殺し、数分。ギャイギャイというゴブリンの鳴き声が近づいてきた。
「アイ、いけるか?」
「…………いえ、ダメです。神経質そうなゴブリンがいますね。あれはおそらく斥候かなにかでしょう。今いけば見つかる可能性があります」
「そうか……」
ゴブリンたちが扉を開けて、中に入っていく。律儀に閉めていくため、後を追いかけることもできない。しかも、ただゴブリンを待てばいいという話でもないのが、厄介なところだ。
アイがゴブリンたちを見極め、サイレントシャドウ装備で欺けそうな相手を狙ってくれている。
「また来たな」
「今度は大柄なゴブリンが多いですね。あれでは隙に乗じて入ることはできなさそうです」
「そうか」
なかなか条件に合うゴブリンが来ない。今までは普通のゴブリンしか見なかったのだが。少し時間が過ぎて、役職持ちが増えてきてしまったのだろうか。
「アイ、少し休むか?」
彼女もずっと俺の上に寄り掛かったままだと大変だろうと思って声をかける。しかし、騎士団副団長は驚くほど真剣な表情でそれを拒否した。
「いつチャンスが巡ってくるとも分かりませんから。レッジさんももう少し、よろしくお願いします」
「そうか。分かった」
彼女がそこまで言うのなら、俺も気を引き締めるしかない。
……あれ?
「なあ、アイ」
「なんですか? 次のゴブリンはなんだか几帳面そうな気がするのでダメだと思います」
「いや、そうじゃなくて。普通に子守唄で全員眠らせて進めばいいんじゃないか?」
アイの真骨頂である歌唱。彼女は〈歌唱〉スキルを戦闘に取り入れ、広範囲に向けて強い影響力を発揮する。そのなかには子守唄を歌うことで、周囲の敵を深い眠りへと落とすものもあったはずだ。
あれを使えば、わざわざ条件に合うゴブリンを待たずとも、正面からドアを開けられる。
「………………」
アイが何やら考え込んでいる。
しまった、この程度のこと彼女が考えていないはずもない。きっと何か、俺の知らないデメリットがあって、やむなく使わなかったのだろう。素人が出しゃばって申し訳なくなってくる。
「それが有効という説も、ないわけではない、ような気がします」
と思ったら、アイはそんなことを言う。彼女はそろそろと俺の上から降りると、囁くような声で歌い始めた。
『陽だまりの猫の子守唄』――その穏やかなメロディを聴いたゴブリンたちは、ばたばたと倒れるようにして深い眠りへと落ちていく。一気に静かになった屋内で、アイは静かに歩く。
「いきましょうか」
「お、おう……」
先に進めると言うのに、なぜか少しテンションが低いアイ。
彼女と共に俺は階段の向こうへと向かった。
━━━━━
Tips
◇サイレントシャドウ
静謐と影を纏う、隠密の装備。着用者の存在、音、気配を隠す。徹底的に無駄な装飾を排し、柔らかい布一枚から仕立て上げた、簡素ながらも卓越した縫製技術の産物。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます