第1267話「追跡する二人」

 俺たちが乗ってきたクチナシ十七番艦と、アイの乗ってきたクチナシ二番艦。二つ合わせると物資にはかなりの余裕がある。十分に準備をして出かけられるのは、精神衛生上とても助かった。


「しかし、二人だけで良かったのか? クリスティーナとか連れてきた方が……」

「か、彼女たちには別の作業を任せていますから!」


 さすがに二人だけで未知のエリアを探索するのは危険かと思うのだが、アイは自分にまかせろと胸を張る。たしかにクチナシの甲板上で作業している騎士団員たちも忙しそうだ。目を合わせようとすると慌てた様子で荷物を運んだり書き物をしていたりと、話す暇もない。


「じゃ、よろしく頼む。俺も頑張るが、やっぱり戦闘面ではアイに敵わないからな」

「任せてください。しっかりレッジさんをエスコートしますよ」


 彼女も攻略組として、初めてのフィールドは胸躍るものがあるらしい。いつもより楽しそうな感情を発露させながら、早速船の外へと出ていった。

 騎士団の戦場建築士が築きあげた立派な防壁を潜り抜けると、そこは白い街並みが広がる廃墟だ。ここから先はいつゴブリンが出てきてもおかしくない。アイも目つきを鋭くさせて、俺の隣を歩いている。


「今回の目標は、ゴブリンの発生源を見つけることです。これだけ大量にいる以上は、どこかに大規模な巣のようなものがある可能性が高いので」

「なるほど。そこを叩けば一気に安全を確保できると」

「ふふっ。そういうことです」


 そんなことを話しながら、街の中へと入っていく。

 白い建物の建材はかなり風化しているように見える。第零期先行調査開拓団由来の建造物群に特徴的な白い石に似たところもあるが、あれはかなりの強度を誇っていた。仮にこれほど風化するとなれば、いったいどれだけの期間雨風にさらされていたのだろうか。

 建物の大きさは、おそらく俺たち機械人形のサイズ感とおおよそ同じくらい。つまり一般的な人間が住むのにちょうど良さそうなサイズだ。ゴブリンたちは俺の腰上程度の身長しかないから、彼らが建てたわけではなさそうだ。

 いったいここには誰が住んでいたのか。白い廃墟へ分け入るほどに、謎は深まっていく。


「というか、ゴブリンの巣を探すなら斥候を連れてきた方が良かったんじゃ……」

「大丈夫です! 私がいますから!」


 ふと気づいて首を傾げると、アイがぽんと胸を叩く。彼女は斥候に適したスキルを特に持ち合わせていなかったような気がするのだが……。

 俺の目の前で、アイは大きく胸を膨らませる。限界まで空気を吸い込み、そして。


「――――――――ッ!」


 引き絞った喉から、甲高い音を発した。あまりにも高く澄み渡った声は、ついに可聴音域を飛び越えた。アイは目を閉じ、耳に神経を集中させる。周囲に広がった音の反響を捉えようとしているのだ。


「よし、だいたいの周辺の様子は分かりました」

「すごいな……。俺には何にも聞こえなかったのに」


 これがいわゆるモスキート音というやつなのだろうか。自分の年齢を意識してしまって、少し落ち込む。


「〈歌唱〉スキルのレベルを上げると、高周波数の音も発声して聞き取れるようになるんですよ。れ、レッジさんの聴力が劣っているわけじゃないので安心してください」

「なんだ、そうだったのか」


 アイの言葉でなんとか気を取りなおす。まだまだ俺は現役だ。

 さっきの声はゴブリンたちの耳にも捉えられない音域だったようで、廃墟の影からそっと覗くと、数匹のゴブリンが車座になってたむろしている。中心に火を囲んで、何かの肉を焼いているようだ。


「当然だが、料理をするんだな」

「あの薪はどこから持ってきたんでしょうか。肉となる原生生物も、まだ私たちは発見できていませんし」


 数匹のゴブリンが仲睦まじく過ごしている光景からも、いろいろと読み取れるものがある。俺とアイは気になったことを口にして、しっかりとメモに書き込んでいった。


「ゴブリンは、いくつかの廃墟をキャンプ地のように使っているようです。他にも近くに五つほど、同じような拠点がありますね」

「大きな巣はなくて、街全体に分散して暮らしてるってことか?」

「そういうわけではないと思います。キャンプ地に焚き火以外の設備は見当たらないので、夜になったらどこかに帰るのではないでしょうか」

「夜になったら、ねぇ」


 上を見上げると、青空の代わりに逆さまになった白い街並みが見える。そもそもここは〈エウルブギュギュアの献花台〉という巨大な塔の第五階層だ。空もなければ昼夜もないのではないだろうか。

 よくよく考えてみると、太陽らしきものもないがそれでも明るい。何が光源になっているのだろうと目を巡らせてみても、それらしいものは見つからない。


「レッジさん、ゴブリンたちが移動しますよ」

「よし、ついていこう」


 アイに腕を引かれ、俺は移動を始めたゴブリンたちの後をついていく。見たところ役職もない普通のゴブリンが三体だ。陽気に『ギャイギャイ』と歌らしいものを口ずさみながら、廃墟の入り組んだ道を進んでいく。何度も往復したのかその足どりに迷いはなく、道も固く踏み固められているようだ。

 彼らは俺たちの気配に気付く様子もない。そのまま向かって行ったのは、街中で目立つ、背の高い建物だった。塔というほどではないが、おそらく三階建くらいだろうか。屋根が壊れて落ちているが、円柱のような形をしている。


「あの建物は?」

「街の各所に点在しているものですね。高い建物ということで、見張りがいることも多いようです」


 事前にまとめられた情報を確認しつつ、俺たちは廃墟の陰に隠れる。そっと建物の方を覗いてみれば、確かに三階の壁の穴からゴブリンが周囲を見渡していた。おそらく、何かしらの役職持ちだろう。

 しばらくじっと観察していると、街の至る所から三匹から五匹程度のゴブリン集団がやってきて、見張り台の中へと入っていく。外観からして、それほど多くのゴブリンを収められるはずもないだろうから、内部がどこか他の場所に繋がっているのは確実だろう。


「どうする?」


 俺のすぐ隣から様子を窺っているアイに尋ねる。


「正面突破は、いろいろ面倒ごとも多そうです。ここは隠密重視で行きましょう」


 そう言って、彼女はおもむろに服を脱ぎ始めた。


━━━━━

Tips

◇『ハイトーンボイス』

 〈歌唱〉スキルレベル45のテクニック。パッシブ。より高い周波数の声を発することができるようになる。熟練度とスキルレベルが上昇するほどに発声可能な音域が広がる。


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