第1266話「報連相の重要性」
『そうですか。アイは無事に合流できましたか』
「ああ。おかげで助かってるよ。アストラはまだ来れないのか?」
『やはり捕食行動を予測するのが難しいので。原始原生生物を使った釣りも、ウェイドさんに止められてしまいましたし』
スピーカー越しのアストラはしょんぼりと気落ちした声を発する。俺が預けていた原始原生生物スターターセットは全てウェイドに回収されてしまったようで、同じ手は使えない。こうなってしまった以上、幽霊ウナギたちがいつどの惑星を捕食するかの予測精度を上げるほかないわけだが、それもまた難航しているらしい。
『ですが、我々も攻略組の威信をかけて必ずそちらへ向かいます。なので、レッジさんたちも調査開拓活動の方をよろしくお願いします』
「ああ、任せてくれ」
アストラは決意を新たに通話を切る。あちらはあちらで、次元の壁を越えるために努力している。俺も死なない程度に頑張ろう。
「兄貴――団長は何か言ってましたか?」
振り返ると、第一戦闘班を指揮していたアイがこちらを見ている。原始原生生物が使えなくなったことを言うと、彼女はさもありなんと肩をすくめた。
「ウェイドさんはレッジさんが使ったものの後片付けでプンプンしてましたからね」
「まじか……。これ、ウェイドからの着信にも出た方がいいと思うか?」
「めちゃくちゃ鬼電来てるじゃないですか」
さっきからTELLの着信が来すぎて999+まで通知が溜まっている。ここまでくると強制通信でもしてくれた方がまだマシなんだが……。
アイに言われて恐る恐る着信に応じると、途端に怒涛の勢いで声が響いた。
『何をやってるんですかこのバカーーーーーッ!』
「よう、ウェイド。元気そうだな」
『白々しいこと言ってんじゃないですよ! こっちがどれだけ大変だったか!』
怒り心頭といった様子のウェイド。俺は次々と飛んでくる説教に、はい、はい、と頷くことしかできない。
俺が星に蒔いた種は芽吹き、ウナギに喰われた後も多くの断片が残った。それが他の星に流れ着いて根付いてしまったら大変だとウェイドが慌てて抹殺していたら、今度はアイまで同じことをやった。二つの星系に原始原生生物の断片がばら撒かれて、ウェイドは今てんてこまいになっているらしい。
『それで、そちらの様子はどうなんですか』
ひとしきり怒った後、ウェイドは管理者としての目的を思い出す。俺たちが到達したのは間違いなく未踏破区域だ。この情報を調べないことには、領域拡張プロトコルも〈緊急開拓指令;天憐の奏上〉も進まない。
俺は撮影した写真を彼女に送り、空間が歪んでいること、ゴブリンと呼ばれる原生生物が存在することなどを伝える。
『ゴブリンですか……。関連しそうな情報は特にヒットしませんね』
こちらでも調査任務を出しておきます、とウェイドが言う。オモイカネたちにも掛け合って、第零期選考調査開拓団関連の情報から調べてくれるのだろう。
「しかし連絡は取れるようで安心したよ。これでまた通信途絶だったらなかなか大変だった」
『何千件と連絡したのに応答されなかったんですけど?』
「それはまあ、それとして」
音声だけしか聞こえていないのに、ギロリと睨まれた気がする。
「そうだ、レティたちが何をしてるのか知らないか?」
ひとまずの情報共有が終わったところで、俺はずっと気になっていたことを尋ねる。
『レティって、あなたのバンドメンバーでしょう。直接連絡を取ればいいじゃないですか』
ウェイドの呆れる声。通信状況は悪くないのだから、たしかにそうするのが一番手っ取り早い。しかし、なぜかレティたちが応答してくれないのだ。何か怒らせるようなことでもしたのかと、少し心配になる。
このことをシフォンに尋ねてみると、半目で「胸に手を当てて考えてみたらいいんじゃない?」などと言われてしまった。
「何故か応答してくれないんだよなぁ。第四階層にいるらしいってのは分かってるんだが」
『そうですね……。まあ、元気にやってますよ』
「なんか含みのある言葉だな」
ウェイドらしくない迂遠な言い回しに疑問を覚える。しかし彼女はそれ以上に詳しいことは何も言わず、しつこく原始原生生物の種はもうないのかと聞いてきた。
『次に種でも葉っぱでも見つけたら、即焼却ですからね!』
「燃やす程度で消えるかねぇ」
『抹殺です!』
そう言って、ウェイドは通話を切る。これは今度こそ見つかったら温情はなさそうだ。うまく隠し場所を考えなければ……。
日々手慣れていくウェイドの捜索に肝を冷やしていると、疲れた顔のシフォンが戻ってくる。
「はえぇ。つ、疲れた……」
「おかえり。どうだった?」
クチナシから出ていた彼女は、騎士団第一戦闘班の何人かと共に周辺の探索をしてくれていた。天井から逆さまにぶら下がっている白い神殿へ向かうにも、まずはこの廃墟街を進まなければならない。大まかなマップはほとんど完成しているが、ゴブリンたちが最大の障壁として立ち塞がっている。そのため、シフォンに頼んで敵の情報を集めてもらっていたのだ。
「思ったより手強いというか、賢い印象だね。普通の無印ゴブリンなんかはまだ瞬殺できるんだけど」
ゴブリンの恐ろしさは多岐にわたる役職と、それらの連携にあるという。
俺が相手しただけでも爆弾魔や工兵、特攻隊長など多くの職業持ちゴブリンがいた。シフォンが街中に入っていくと、さらに剣士や槍使い、さらに銃士といったゴブリンまで出てきたという。
「銃まで扱えるのか。かなりの技術力じゃないか?」
「もしかしたら対話で解決できるかもと思って、〈解読〉スキル持ちの人も呼び寄せたんだけど、そっちは無理そうだったよ」
賢く、狡猾で、社会的。それでいてこちらに対して友好的な態度は一切なく、むしろ恨んですらいるように見える。それがシフォンたちの調査の結果だった。
和解できれば手間もかからず安全なのだが、人魚やドワーフのようにはいかないということだろう。
「ありがとう、シフォン。それじゃあ俺もちょっと出てみるか」
「それなら私もお供しましょう」
外部との連絡が終わり、俺もようやく余裕ができた。立ち上がると、アイがレイピアの柄に手を添えてやって来た。
「ありがとう。助かるよ。シフォンも一緒にくるか?」
「はえ? わたしはもうちょっと休憩するよ」
ぐてん、とソファに横になるシフォン。それなら、彼女にクチナシの留守を任せることにして、俺たちは入れ替わるようにして外に出た。
━━━━━
Tips
◇ゴブリン
〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層、[閲覧権限がありません]に生息するゴブリンの一種。視力が良く、冷静。簡単な構造ではあるが、10メートル以上の射程を持つ火砲を扱うことができる。一方で肉体的には貧弱であり、打たれ弱い。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます