第1265話「攻略組の実力」

 ゴブリンは倒しても倒しても際限なく湧いてくる。一方で俺もシフォンもクチナシも、その活動には限度がある。俺は槍の耐久値をすり減らしているし、シフォンはナノマシンパウダーを湯水のように溶かしているし、クチナシは燃料をものすごい勢いで減らしている。


「はええ。もうジリ貧だよ!」

「気が付けば大物も出てきてるしな。どうしたもんか」


 クチナシを中心にテントを建てて立て籠っているが、こうも攻撃の波が続くと装甲も猛烈な勢いで削れていく。しかもゴブリン側には暗殺者アサシン特攻隊長ストライカー爆弾魔ボマー大食漢ジャイアントと派生した亜種のようなものが登場している。

 音もなく近づいてくる暗殺者や、テントに大ダメージを与えてくる爆弾魔なんかは特に厄介で、そのために完全に立て篭もるというのも難しい。


「テント一強の状況に対する運営の悪意を感じるよ!」

「そういうもんかねぇ」


 緑の波を押し返しながらも、とにかく状況は悪い。風牙流の範囲攻撃のおかげでなんとかなっているものの、シフォンがタロットカードに望みをかけられるほどの余裕がないのだ。

 このままでは、彼女の言う通りじりじりと追い詰められていく。

 退路がそもそも存在しないという不利な状況。どうしたものかと首を捻っていると、廃墟の向こうから何やら物々しいゴブリンが現れた。目全体を覆う防護ゴーグルを装着し、手に大きなスパナを持っている。随分と文明を感じさせる出立ちだ。


「シフォン、あのゴブリンを鑑定してくれ」

「はええ? えーっとね……」


 シフォンは目を凝らし、直後に悲鳴をあげる。


「はええええっ!?」

「どうした? 何があったんだ」

「ゴブリン工兵エンジニア、たぶん建物に対する特攻持ち!」

「……それはやばいな」


 爆弾魔も大概だったが、工兵はやばい。奴は廃墟の壁をスパナでぶっ壊し、勢いよくこちらへ迫ってきている。あれがテントにやってきたら、ひとたまりもない。


「最優先で抑えるぞ!」

「うんっ!」


 テントに引きこもっている場合ではない。俺とシフォンは同時に飛び出して、工兵へと襲いかかる。


「せえい!」

『ギャギッ!』


 槍を一突き。それで仕留められれば言うことはないが、そうは問屋が下さない。隣から飛び出してきた、大きな石の盾を持つゴブリンが、槍の穂先を受け止めたのだ。


「ゴブリン盾兵シールダーッ!」


 シフォンがすかさず鑑定し、その職業を突き止める。

 どうやらゴブリン側も、工兵の存在価値を理解しているらしい。貧弱なゴブリンの周囲を固めるように、複数体の盾兵が並んでいる。これでは攻撃もなかなか当たらないだろう。


「はええええっ!? おじちゃんヤバいよ! あっちこっちから工兵が!」


 シフォンが悲鳴をあげる。

 工兵は一人だけではなかった。四方八方から次々とスパナを持ったゴブリンが現れ、そのどれもが屈強な護衛を引き連れている。あれら全てを抑えるのは、数からして無理だ。


「クチナシ!」

『こっちも厳しいよ!』


 頼みの綱となるクチナシも、砲塔をフル回転させている。あまりにも雑兵が多すぎる。

 これらを一層しなければ――。


「ッ! シフォン、耳塞げ!」

「はえっ?」


 戦乱の騒音のなか、微かに聞こえた声。それが何かの予兆であることを直感で理解した。ほとんど無意識で、シフォンに指示を出す。彼女が白く柔らかい狐耳をぺたんと頭に押し付けた、その時だった。


「ぁぁぁぁ……。ァァアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!」

「くっ、うがっ!?」

「はええええええっ!?」


 鼓膜を突き破り、脳を直接揺さぶるような絶叫。広大な塔の五階の廃墟街の隅々にまで響き渡る歌声。しっかりと耳を封じていてなお、それは三半規管をズタズタに切り裂き、平衡感覚を失わせる。

 その音の、歌声の正体を知っていた。


「良かったな、シフォン。助けが来てくれたぞ」

「はえっ!? なんて? 聞こえない!」


 ほっと安堵する。耳が麻痺してオロオロしているシフォンの肩を抱く。

 無防備にも俺たちへ迫ろうとしていたゴブリンの大群は、全て耳から血を吹き出して倒れていた。


「――レッジさん!」


 廃墟の街の向こうに、大きな戦旗がはためいていた。

 青地に銀の翼を広げる、雄々しい鷹の紋章。その旗を掲げるのは、ローズピンクの髪のフェアリー。そして、その旗の下、整然と並びゴブリンたちへとどめを刺しているのは、銀鎧に身を包んだ屈強な騎士たち。


「ありがとう、アイ。助かった」


 〈大鷲の騎士団〉が精鋭、第一戦闘班が現れた。


━━━━━


 廃墟の街から際限なく湧き出してくるゴブリンの軍勢にたいして、アイの超広範囲攻撃は覿面の効力を発揮した。彼女が歌うだけで、数百のゴブリンが倒れるのだ。ゴブリンの個々の力はさほどでもないことが利した形になる。

 俺たちの元へとやって来てくれたアイは、早速クチナシの周囲に立派な陣営を作ってくれた。戦場建築士による築城は、テントよりも遥かに堅固だ。これならば工兵や爆弾魔の突撃にも耐えられる。


「心配しましたよ、レッジさん。ご無事で何よりです」

「すまんな。無事は無事なんだが、ここからどうすればいいのか分からないんだ」


 話を聞けば、アイたちは俺の後を追い、俺と同じように惑星を喰わせてこちらへ転移してきたらしい。彼女たちが乗ってきたクチナシ級二番艦は、また少し離れたところに出現している。

 アイはまだ作製中であると言いつつも、地図を見せてくれた。第一戦闘班の精鋭地図職人が、歴戦の斥候と共に各地へと飛び、ハイペースで街の鳥瞰図を作っているのだ。あまりにも早く鮮やかな手際に感嘆する他ない。

 クチナシの艦橋に広げられた地図には、およそ円形になるであろう街が書かれていた。〈筆記〉スキルの上級テクニックを使うことで、リアルタイムで各地の地図職人の書き込みが共有されるらしい。


「これは、やっぱり塔の断面っぽい感じか?」

「大きさは全然違いますけどね。直径で100kmほどになります」

「ずいぶん広いな」


 町が数個収まるほどの広大な世界だ。まあ、四階には宇宙を収めている塔で、今更こういうことを不思議がるものでもないかもしれないが。

 俺たちの乗って来たクチナシが置かれている現在地がマークで記され、さらにアイたちの出現した位置も書き込まれる。


「レッジさんたちはウナギに食べられたんですよね。私たちはマグロに食べられたんですが……」

「出現位置は捕食者によるってことか?」

「まだN=2の話なので推測ですけどね。ただ、位置にはある程度規則がありそうな気配がします」


 ウナギ経由の俺は町の東側、マグロ経由のアイは南側だ。同心円の線上にぴったりと一致する。そして、各地に放たれた地図職人たちは、南東、南西、西の三箇所に大きな広場を見つけていた。

 どうやら、この町には八つの広場が置かれ、宇宙の幽霊魚介類たちとそれが対応しているのではないか。と考えているようだ。


「入口はともかく、出口はどうだ?」

「まだ分かりません。ただ攻略組として怪しいと睨んでいるものがあります」


 アイはそう言って、外を見る。

 広大な世界に、白い廃墟が広がっている。空もまた、歪んだ空間に逆さまになった町並だ。彼女はそんな、空に浮かんだ町の中央を見る。よくよく目を凝らせば、そこに一際立派な白い神殿のような建物があった。


「あそこなんて、ゴールみたいじゃないですか?」


 振り返ったアイは、そう言って楽しげに笑っていた。


━━━━━

Tips

◇ゴブリン工兵エンジニア

 〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層、[閲覧権限がありません]に生息するゴブリンの一種。非常に賢く狡猾で、さまざまな道具を効果的に扱うことができる。建造物の破壊や分解を得意としている。一方で肉体的には貧弱であり、打たれ弱い。


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