第1264話「後を追う者」

『レッジが第五階層にぃ!?』


 ペガサス昇天MAX星系で、散り散りになった原始原生生物の残骸の抹殺に忙殺されていたウェイドは、飛び込んできた報告に思わず声を荒げた。この星系で、あろうことか原始原生生物の原種を星に植え付けた馬鹿レッジは一時行方不明になっていた。その捜索の成果が、今上がってきたのだ。


『〈エウルブギュギュアの献花台〉五階に繋がる道はもう見つかったのですか?』

「いえ、そういうわけじゃないですね」


 ウェイドが目を横に向けると、そこには〈大鷲の騎士団〉のリーダーが爽やかな笑みを浮かべて立っていた。レッジ生存の報告を管理者と同時に聞いた彼は、満面の笑みで興奮を抑えきれていない。


「おそらく、この第四階層内を回遊している幽霊ウナギに捕食されることが、第五階層に向かう条件になっているんでしょうね」

『そんな馬鹿げたことが……!』


 ウェイドは唖然として耳を疑うが、現在の状況がアストラの予想を補強していた。

 座標的に〈エウルブギュギュアの献花台〉の第五階層にあたる(と思われる)箇所に突然、前触れなくレッジ、シフォン、そしてクチナシの反応が現れた。そして彼らはついさっきまでここにいた。当然、第四階層の内外を繋ぐ“大鳥居”の通行記録はない。

 彼らはウナギに食われたことで、第五階層に転移したのだ。


「レッジさんと連絡は繋がりますか?」

『コールしても出ません。何をやっているのやら』

「第五階層に敵がいる可能性もあるでしょう。あまりしつこく掛けたら、危険かもしれませんよ」

『あの男にそんな気遣いが必要だと?』


 どうせ腕を八本振り回していても通話はできるだろう、とウェイドは強い信頼といえなくもない確信を持っていた。それよりも心配するべきは、彼に巻き込まれたシフォンの方だ。


『ひとまず、クチナシとの特別通信回線を確立して第五階層の映像を送ってもらいましょう。それと並行して、こちらでは再現実験を行います』

「ということは……」

『誰か、ウナギに食べられたい人を探さないといけませんね』


 事情を知らない者が聞けばぎょっとするような事を、ウェイドは平然と言い放つ。そして、輝く金髪の青年は、そんな管理者の要請に快く応じるのだった。

 アストラの指揮で周囲に停泊していたクチナシ級宇宙船艦が動き出す。〈大鷲の騎士団〉が保有している一番艦から五番艦までの五隻は、全て宇宙航行用に大規模な改修を行った最新鋭のフルカスタムモデルだ。当然、相応のコストを注ぎ込んでいる超高級品ではあるが、アストラは躊躇しない。


「宇宙ウナギの襲来が予測されている最寄りの星は130光年ほど向こうだ。二番艦は人員を整理したのち、確率論的空間超越航行で向かうように」

『了解!』


 最初の実験台に立候補したのは、二番艦だった。艦長を務めるのは〈大鷲の騎士団〉副団長のアイである。


「大丈夫か? 俺が代わってやろうか?」

『兄貴は自分が行きたいだけでしょ。団長なんだから総指揮を取るのが仕事なんだよ』

「はぁ……。分かってるよ」


 大型ディスプレイに映し出されたタイプ-フェアリーの少女は、本心を隠そうともしない兄に肩をすくめる。


『レッジさんは私がしっかり保護するから。安心してよ』

「その役目が羨ましいんだけどな」


 小さくぼやいたアストラだったが、次の瞬間には騎士団長としての伶俐な表情を取り戻す。


「さあ、攻略組が一般エンジョイ勢に遅れをとるわけにはいかないぞ。全員、キリキリ働け!」

「無茶言わんでくださいよ、団長!?」


 アイたちを乗せた二番艦とそれを補助する三番艦が、ワープ航法で宇宙の彼方へ飛び立っていく。彼女たちはものの十分程度で目的の星系近傍へと到着し、早速ための準備を始めた。

 しかし、騎士団の優秀な解析班であっても気まぐれなウナギたちの捕食行動を予測するのは困難だ。襲来確率35%の惑星にはなかなか食らいついてこない。


『兄貴、アレ使ってもいいかな?』

「しかたない。許可しよう」


 しびれを切らしたアイが動き出す。

 二人の会話を聞いていたウェイドが、不穏な気配を感じとる。


『アストラさん、一体何を――』

『二番艦より、シード投下!』

『あああああああっっ!!!!!?』


 ウェイドの言葉を遮るように、二番艦から何かが放たれる。200メートル級の巨大な戦艦から、粒のように小さなものが。だが、優秀な管理者機体の高性能なカメラがそれをしっかりと捉えていた。


『なんであなた達まで持ってるんですか! あれ、原始原生生物の種じゃないですか!』

「はっはっは」


 アストラに飛びかかって詰問するウェイド。

 クチナシ級二番艦の船首から惑星に向かって放たれたのは、彼女が厳重に使用と所持を制限しているはずの原始原生生物の種だった。どこからか見つけてきては巧妙に隠し、何度も家宅捜索を掻い潜っているレッジはともかく、なぜ騎士団まであんなものを持っているのか。

 FPO最大手の攻略系バンド〈大鷲の騎士団〉の団長は、爽やかな笑顔で答える。


「レッジさんから貰いました。自分のところのものが全部押収されてもいいように、と」

『何を協力してるんですか!!!!!』


 一番艦の艦橋に響き渡る絶叫。制御盤の前に座っていた騎士団の精鋭たちは揃って頷いた。

 彼らの眼前、大きなディスプレイに映し出された130光年先の映像。放たれた種が惑星に根付き、大規模な破壊と再生、そして環境の創生を行う。早送りで進む惑星開拓に、騎士団の団員達でさえ目を奪われる。

 猛火が吹き荒れ、雷鳴が轟き、豪風が吹き荒ぶ。その光景は、いっそ幻想的ですらあった。

 そして、その雄大な自然に魅せられ、引き寄せられるものがもう一つ。


『来ました、幽霊マグロです!』


 二番艦のオペレーターが声を上げる。

 超望遠のカメラが、その白い影を捉えた。

 惑星で産声を上げた逞しい生命の光を敏感に捉えた巨大魚たちが、群れをなしてやってくる。二番艦は惑星に向かって降りていく。原始原生生物の無差別な攻撃が装甲の耐久値をメリメリと減らしていくが、メカニック達が決死のリアルタイム修理でそれに応じる。

 船倉に積み込んだ大量のリソースを湯水のように溶かしながら、その時を待つ。


「アイ、レッジさんによろしく頼む」

『分かってるよ』


 次の瞬間。

 惑星が巨大幽霊マグロの群れに飲み込まれ、消滅した。


━━━━━

Tips

◇原始原生生物スターターセット

 レッジが独自に揃えた原始原生生物の種。“昊喰らう紅蓮の翼花”、“剛雷轟く霹靂王花”、“核喰らう渇命の砕歯”、“胎動する血肉の贄花”、 “咽び泣く黒涙の鈴花”など合計十種の原始原生生物の原種の種が安全に考慮された高耐久耐圧耐爆耐火耐水耐震耐熱パーフェクトセーフティハードケースに収められている。

 原始原生生物の研究を始めたい人、少し特別なガーデニングをしてみたい人などにおすすめ。ただし通常の売買方法は用いることができないため、基本的には非売品。


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