第1263話「歪んだ町」
「……は、はえ?」
幽霊ウナギに飲み込まれた俺たちは、ひとまず無事だった。しかし、周囲は驚くほど静かで、何も見えない。大きな揺れを受けて俺の腰にしがみついていたシフォンも困惑に瞳を揺らしながら周囲を見渡している。
俺は急いでクチナシに状況確認の指示を出す。そして、返ってきた答えに思わず目を見開いた。
『船体の損傷は軽微。ネットワーク接続良好。座標確認。――現在地は、〈エウルブギュギュアの献花台〉だよ』
「献花台!?」
「ってことは、わたしたち、外に出たの?」
艦橋の大窓から見えるのは真っ暗闇だけ。ここが塔のどこなのかは分からない。
クチナシには自律防御態勢への移行を指示して、シフォンと共に船の外に出る。扉を開けた瞬間に、俺たちはここが惑星イザナギの上であることを理解した。
「体が重い」
「重力が働いてるってことだな。本当に戻ってきたらしい」
大気もしっかりとあるし、そろそろと降りてきた白月も元気そうだ。こいつは宇宙空間でも平然としていたから、いまいち信用できないが。
「塔の中……。てことは、5階なのかな」
「座標を見たところ地上67メートルってところか。第三階層よりも上なのは確かだな」
暗闇に向けてランタンを掲げると、見覚えのある白い壁が現れる。ここが第零期先行調査開拓団の遺構であることには間違いなさそうだ。
第四階層が丸々宇宙空間になってしまったのは、レティが第三階層で作動させた緊急停止装置がきっかけだ。あれで五階以上がどうなっているのか心配だったのだが、どうやら無事に宇宙は第四階層だけで留められているらしい。
「五階に上がる条件はウナギに喰われることだったのか……」
「そんなの分かるわけないよ!」
あまりにもトリッキーな階層通過条件に、シフォンが悲鳴をあげる。実際、なかなか手の込んだ条件だ。今まで見つからなかったのも納得がいく。
ウナギの胃袋から繋がっていた第五階層は、また随分な異常空間だった。大半が廃墟のような
宇宙の次は異常な廃墟街。人の気配は全くないが、それ以外のものはうっすらと感じられる。ひとしきり運営に対する文句を吐き出したシフォンも、ようやく気が付いたようだ。
「おじちゃん、もしかして何か囲まれてる?」
「そうだなぁ」
「なんでそんなに余裕あるの!?」
シフォンが慌てて詠唱し、氷の手斧と炎のナイフを生成する。
「クチナシ、防衛設備はどれくらい動く?」
『第二甲板のものは全部動かない。エネルギーは十分だから、レーザー砲は問題ないよ』
「なら上々だな。援護よろしく頼む」
『任せて』
クチナシの頼もしい声。
それを合図としたかのように、周囲の廃墟の陰から、異形が次々と現れる。それを見て、シフォンがか細い悲鳴をあげた。
現れたのは、緑がかった浅黒い肌の人型だった。ぼっこりと膨らんだ下腹部に、細い四肢。まるで餓鬼のような、飢餓状態に似た身体をしている。首から上は人のものではない。痩けた頬で口を開き、錆びついたナイフのような黄色がかった鋭い歯が歪に並んでいる。
「シフォン、鑑定できるか?」
「うぅ……。『生物鑑定』――」
シフォンが、その原生生物の名前を看破する。
「はええっ!? え、ええと……“
「なんだって!?」
「わ、分かんないんだよぅ。名前が半分黒塗りになってるの! そこを鑑定したら情報抹消済みって出てくるだけだし!」
「なるほど。よく分からんやつってことだな!」
ひとまず、ゴブリンであることは分かった。
そしてシフォンがその名前を読み上げた瞬間、彼らも敵意を剥き出しにして怒りの咆哮をあげた。
「来るぞ!」
「はえんっ!?」
瓦礫を飛び越えて、ゴブリンたちが殺到する。クチナシがすかさず砲塔を旋回させ、強力なレーザー光線を照射する。青白い光が放たれ、ゴブリンを貫く。個々はさほど強いわけでもないようで、次々と倒れて行った。
しかし、恐ろしいのはその量だ。瓦礫の町からわらわらと現れたゴブリンは瞬く間に百を超える。クチナシのレーザーだけでは対処できなくなり、俺たちの方へと殺到してきた。
「てやいっ!」
腹を括ったシフォンが手斧を投げる。氷の斧はゴブリンの額に突き刺さり、そのまま一発でHPを削り切った。
そして、対群体戦ならば〈風牙流〉の出番だ。
「風牙流、一の技、『群狼』」
『ギャアアアアアアッ!?』
ナイフと槍を振るえば、薄汚い小人たちが悲鳴をあげて飛んでいく。
これなら俺でも十分対処できるだろう。しかし、問題はそこじゃない。
「お、おじちゃん、これどうやったら終わるの!?」
「さてなぁ」
「はええええんっ!?」
問題は、俺たちは撤退できないということ。ここにはウナギもいないし、四階へ下る階段も見当たらない。際限なく湧き出してくるゴブリンを相手に、いつまで戦えばいいのか全く分からなかった。
━━━━━
Tips
◇ “
〈エウルブギュギュアの献花台〉第五階層、廃墟の町に生息する不明な原生生物。身長130cm程度の小型人型原生生物であり、飢餓状態の兆候を示す。
非常に凶暴であり、多くの生命体に対して強い憎悪の感情を抱いているように見える。
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