第1274話「エルフの娘」
クチナシの甲板に集まった俺たちはまず情報を整理するところから始めることにした。エルフ耳の女性については、ひとまず騎士団の女性団員が服や食事を用意してくれている。
「えっと、それで。レティたちは星を圧縮して、そのハンマーにしたと」
「はい! “綺羅星・一式”ですね」
「なんか今後も開発が進みそうな名前なんだが」
星ひとつを丸々圧縮して、直径30センチほどのボールにしたというハンマー。何度聞いても理解はできないが、とりあえずそういうものだと納得しなければ話が進まない。
“綺羅星・一式”はネヴァやクロウリ、タンガン=スキー、さらにはアリエスやホタルまで、職人や有識者が頭を突き合わせて百家争鳴の議論を繰り広げた末になんとか完成したのだという。
そもそも星ひとつぶんの質量をこの大きさに保つだけでも、想像を絶する苦労があるのだ。それを武器として加工し、持ち運べるような重さになるように加工し、いくつもの実験段階の最先端技術を湯水のように投入し、ギリギリ完成に漕ぎ着けた。
「二式以降はもっと持ち運びや装備時のデメリットの軽減なんかを重点的に研究していくつもりです。とりあえず、壁を突破するだけならこれで十分なので、やって来たわけで」
「壁をねぇ」
そうして作り上げた“綺羅星・一式”を使い、レティは第四階層の天井をぶち抜き、第五階層の床から飛び出してきた。
「ラピスラズリさんが言うには、あの宇宙空間は無限に折り畳まれた紙のようなもので、ひとつ原点を指定してやれば、そこから相対的に輪郭を割り出すことができるようなんです。その点、〈エミシ〉は原点として申し分ないものなので、そこを起点にして一気にハンマーで空間を叩いたんです」
「そんなことができるのか?」
「星並の大質量を動かせば、それだけで空間にゆらぎが起きるとかで。レティも詳しいことは知りませんけど」
理論的なことは全部、専門家によって構築されている。それを扱うレティにとっては、このハンマーが世界の壁をピンポイントに破壊できるという一点だけで十分だった。
彼女はハンマーと〈破壊〉スキルを用いて、宇宙を破壊。そして、五階へと到達した。
「つまり、あの地震は……」
「レティの攻撃の余波ですね」
あっけらかんと言い放つレティ。俺とアイは思わずがっくりと項垂れた。第五階層のボスでも出てきたのかと焦ったのは、取り越し苦労だったらしい。
「とにかく、これで世界に穴が開くことも分かりましたし、一方通行ではなく、レッジさんたちも四階へ戻ることもできると思いますよ」
「それはまあ、正直助かるが」
世界の穴とやらは基本的にすぐ修復されてしまうものだとラピスラズリが言っていた。しかし、そこに呪術やら占術やら霊術やらの何某かをゴチャゴチャと仕込めば、安定した門として整備することもできる。それは、第三階層と第四階層を繋ぐ“大鳥居”で実証済みだ。
「そんなことよりも、あの女性の方が重要ですよ!」
自分のことは棚に上げて、レティは毛布に包まって野菜スープの入ったマグカップを手にしている女性に目を向けた。騎士団第一戦闘班の中にはスタイリストまでいるのか、荒れた濃緑の髪は艶やかに整えられ、シンプルながらも品の良い、動きやすそうな服――というか小豆色のジャージに身を包んでいる。
まだ完全に快復しているわけではないだろうが、白い頬にも赤みが戻り、エメラルド色の瞳にも光が宿っている。
「レッジさんたら、レティがちょっと目を離している隙に見知らぬ女の人と仲良くなっちゃうんですから! 油断も隙もありませんね!」
「いや、まだ仲良くなったわけじゃ……。名前も聞いてないしな」
そういえば彼女のことをなんと呼べば良いのかすら分からない。言葉は通じるはずだと尋ねてみれば、彼女はおずおずと口を開いた。
『私は、オフィーリアと、申します。助けていただき、ありがとうございました』
深々と頭を下げるオフィーリア。彼女の耳はやはり細長く尖った笹型だ。俺の隣に座っているラクトと、よく似た耳をしている。
『精霊王シーの娘、エルフの女でございます』
「エルフ……」
やはり、という思いは隠しきれない。その耳に特徴的なあの種族の名前を冠していることに違和感は全くなかった。
それに以前からエルフという言葉自体はFPOの世界でも語られていた。ドワーフやグレムリン、コボルドたちと並ぶ、古の種族として。ならば彼女たちが第零期先行調査開拓団の遺構にいてもおかしくはないのだろう。
「オフィーリアはどうしてあそこに囚われてたんだ?」
『私たちは元々、この町で暮らしていました』
彼女はクチナシの甲板から、白い廃墟の町並みを見渡す。その横顔は寂しげだ。きっと、ここが廃墟ではなく隆盛を誇っていた頃の景色を思い出している。
『ですが、ある日突然、赤い光が空を染めて、竜が咆哮を上げたのです。大地が大きく揺れ動き、地底からあのゴブリンたちが攻めてきました』
長い睫毛を伏せ、涙を堪えながら語る。
長い平穏を過ごしていたエルフたちは、なす術もなくゴブリンに侵略された。多くが殺され、また地上へと攫われたのだ。
「他のエルフたちは?」
『分かりません。死んでしまったか、あるいは、まだあの町のどこかに囚われているのか』
もしくは、この白い廃墟のどこかに今も生きているのか。
だが俺や騎士団が調べた限りではエルフらしき存在は確認できていない。最悪、オフィーリア以外のエルフはもう、存在しないという可能性すらあるのだ。
『お願いします。どうか、仲間を……同胞たちをあの悪鬼たちから救い出してください。例え骨となっていても、囚われた魂を救い出してほしいのです』
エルフの王女が額を甲板に擦り付けて懇願する。
『姿形は変われど、神様、そのお力は健在なのでしょう。どうか、どうか』
俺の胸に寄りかかり、両腕を掴むオフィーリア。彼女は俺たちを神様と呼び、絶大な力を有していると確信しているようだった。
「どうして俺たちにそんな力があると?」
『皆様は、我々エルフが神と崇める方々と同じ言葉を話していらっしゃるからです。神様は私たちを常に見守り、時に恩恵を、時に神罰を与えてくださいました。神様がいらっしゃったからこそ、私たちは悠久の安寧を過ごすことができたのです』
それに、とオフィーリアは顔を上げ、レティを見る。突然矛先が向けられた本人は耳を揺らして慌てているが、オフィーリアは涙で潤んだ目をして恍惚とした顔で語る。
『あれほどの衝撃、天災を意のままに操る力。あれを神の御技と呼ばずして、なんと呼べばよいのでしょう』
世界の壁を貫く力。なるほど、それは確かに神の所業と言うべきだろう。
すっかりレティに心酔した様子のオフィーリアに、俺たちは何も言うことはできなかった。
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Tips
◇“綺羅星・一式”
巨大な岩石型惑星を超常的な手段によって圧縮し、絶大な質量と密度となったハンマー。見た目はヘッドが球体となった片手用ハンマーのように見えるが、実際には想像を絶するほどの重量を誇る。
その質量ゆえに周囲の空間が歪み、特殊な破壊能力を有する。
▶︎ウェポンデータカートリッジ(1200/1200GB)
・[重量軽減Ⅸ]
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▶︎忍受戴天の呪符
対象の重量を大幅に軽減するが、対象以外の全ての装備品を装着することができなくなる。
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