第1261話「生命の宿る星」
虚空にぽっかりと浮かぶ岩石惑星。巨大レイラインからも宇宙的なスケール上では程近く、幽霊ウナギの襲来が20%くらいの確率と予想されている天体だ。
「はええ、はえええん……」
そんな岩石惑星に、俺とシフォンを乗せたクチナシが降り立った。シフォンはさっきから落ち着きをなくしているようだが、そこまで心配するほどのことではない。
「大丈夫だぞ、シフォン。あいつら星は砕くが、しっかり咀嚼するわけじゃない」
「そこに不安を感じてる訳じゃないよ!?」
うーん、年頃の女の子というのは難しいな。
俺たちが降り立った岩石惑星は、だいたい月を一回り小さくさせたようなもの。どうやら、これくらいのサイズがウナギ達にとっても食べやすいらしい。とはいえ、実際に地表に立ってみると、かなり大きい。それはまあ当然と言えば当然なのだが。何もない地平線を見ていると、途方もない気持ちになってくる。
「とりあえずテント立てたから、お茶でも飲むか?」
「なんでおじちゃんはそんなに余裕なの?」
こちらを睨みながらもシフォンは素直にテントまでやってきて、保冷保管庫の中からコーラを取りだす。一応かなり重力の弱い星の上なので、ストローで飲むパック型だ。
彼女はさらにチーズバーガーとポテト、ナゲット、アップルパイまで取り出して、テーブルに並べる。姪がジャンクフードばかりに傾倒していて、叔父としては少し心配だ。仮想世界だから何を食べても別にいいのだが。
「いただきまー」
「そうか、ジャンクフードか!」
「ふぁえっ!?」
大きく口を開けてチーズバーガーに齧り付いていたシフォンが驚いてこっちを見る。
「ウナギたちもずっとおんなじ岩石惑星ばっかりだと、飽きるだろ。ちょっと味付けを変えたものを用意したほうがいいんじゃないか」
「な、何を言ってるの?」
シフォンは理解できない様子だったが、俺は早速考える。
星の味とはなんだろうか。彼らは岩石惑星ばかりを標的にしていて、ガス惑星や恒星は捕食しない。どちらもそこまで可食部がないからだろう。では岩石惑星の可食部とは?
「シフォン、幽霊って何を食べると思う?」
「知らないよ。生命エネルギーとかじゃないの?」
「そう。それだ」
「まぐれであたっちゃった……」
ポテトを一つ摘ませてもらう。ほのかに塩味の効いた揚げたてのようなサクサク食感だ。俺たちがこのポテトを愛してやまないように、ウナギ達も岩石惑星の“味”を求めている。
幽霊の食べるものといえば、魂。より正確に言うならば精気とでも言うべきものではないだろうか。
「そうか、だんだん分かってきたぞ。白月!」
俺はテントの陰で丸まっていた白月を呼び寄せる。以前、幽霊ウナギの群れに襲われた時、俺はてっきり自分たちが狙われていると思っていた。しかし、それは勘違いだ。
「白月、お前が狙われてたんだな」
俺たち調査開拓員は――調査開拓用機械人形は、生命ではない。そして、テイマーは宇宙空間という過酷な環境に原生生物を繰り出すことはできない。狙われる可能性がある生命体は、白神獣の仔たちだけだ。
「おじちゃん、全然分からないんだけど」
食べかけのアップルパイを持ったまま、シフォンが首を傾げる。
「幽霊ウナギたちは岩石惑星を食べるんだよね。そこに生命エネルギーはあるの?」
「あるさ。この星を含めて、食べられた星は全部――僅かだが過去に生命が存在した痕跡の残る星ばかりだ」
今は死の星かもしれない。いや、むしろ幽霊達は死の星を目指しているのかもしれない。彼らはかつて星に根付いていた生命の残滓を目指して、大きな流れの中を彷徨っている。
“ブラックシード”の対象となる星が捕食される確率が高い理由もなんとなく分かった。資源を埋蔵している星は、生命発生の条件を満たしている可能性も高いのだ。
「幽霊ウナギたちは精気に引き寄せられる。もしこの仮説が正しければ、ちょっとまずいことがあるぞ」
「まずいこと?」
いまだ理解の及んでいない様子のシフォン。俺は一方向を指差す。真っ暗な宇宙の彼方、その先に浮かぶものがある。
「あっ、〈エミシ〉!」
「そう。あそこは生命の宝庫だ」
何もない宇宙空間にぽつんと浮かぶ巨大都市。あそこには、街の礎となった大農園がある。あれこそ、生命の象徴とも言うべきものだろう。これまで、ウナギたちは〈エミシ〉からかなり離れた場所でしか見つかっていない。しかし、徐々に近づいてきていることも事実だ。
彼らに〈エミシ〉が見つかったら、それは大変なことになる。
「ま、まだ仮説なんでしょ? 決定した訳じゃ……」
「だから今から実験しよう」
オロオロとしだすシフォンの頭を撫でて、俺はクチナシの船倉へと向かう。ほとんど使い道はないと思いつつ、一応の準備はしていた。
この星にウナギたちがやってくるという予測は、まだ確率で20%程度。無視される可能性は十分にある。しかし、この星にうまく“味付け”ができるならば。
「シフォン、離脱するぞ」
「はええっ!? な、何をするつもりなの?」
「なに、味付けだよ。ちょっと塩味を効かせるんだ」
テントを片付け、シフォンを船に押し込んで、一気に離脱する。
十分に距離を取り、惑星の全容が把握できるほどになったその時。地表に残しておいた機材のタイマーがゼロを刻む。
「強制萌芽」
事前に仕込んでいたテクニックが、発動する。
酸素も光も乏しい、とても生命が活動できるとは思えない極限環境。にも関わらず、その星に鼓動が鳴り響いた。根を張り、茎を伸ばし、枝を広げ、葉を付けて。土を飲み、岩を食い、砂を噛み。
「正真正銘、制限遺伝子なしの原始原生生物“核喰らう渇命の砕歯”――。“石噛み柘榴”の原種だ」
それは星を喰らう大樹だった。酸素も、水も、すべてを岩を喰らうことで補い、自ら生み出す。それはものの数分で月と同じ大きさの星の地表を覆い尽くし、更なる増殖を始める。
だが。突如として木々に覆われた地表に爆発が起こった。数千キロの距離からでも目視で確認できるほどの巨大な爆発。それは、新たな生命の産声だ。
「“昊喰らう紅蓮の翼花”のオリジナル。さすがの爆発力だな」
地表の実に三割が、ひとつの爆発によって焦土と化した。さらに爆発は立て続けに起こり、あちこちで火柱が上がる。だが、それだけで終わりではない。
雷鳴が轟き、厚い雲が立ち込める。太い稲妻が雨のように降り注ぎ、蠢く植物を焼いていく。あれは“剛雷轟く霹靂王花”の原種だ。
“昊喰らう紅蓮の翼花”と“剛雷轟く霹靂王花”が“核喰らう渇命の砕歯”を焼き溶かす。焦げ落ちた木々は炭化し、堆積する。その中で生まれるのは、まるで生肉のように血を滴らせる、グロテスクな触手状の大樹、“胎動する血肉の贄花”だ。周囲の原始原生生物を強力な消化液で溶かしながら、己の勢力を拡大させていく。
無数の原始原生生物がお互いを傷つけ合い、岩だけの星に土壌を積み上げていく。木々が生まれ、育ち、倒れ、また芽吹く。生命のサイクルが超高速で行われる。
「これが原始原生生物……」
かつて惑星イザナギを、生命が住める場所ではなかった土地を、強引に塗り替えた植物達。その本来の力が発揮される。死の星として静かに浮かんでいた惑星に、色彩が宿る。
「さあ、味付けはできたな」
あとは、客を迎えるだけだ。
クチナシがアラートを発する。生命の芽吹く星の向こうから、腹を空かせた白い大魚が、群れとなって押し寄せてきていた。
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Tips
◇ “核喰らう渇命の砕歯”
領域調整プロトコル第一段階にて投下された特殊環境開拓用遺伝子改造兵器。生存基本条件を満たさない惑星に対して投与することで、有機物の生成と蓄積を行い、生命発生土壌の形成を迅速に進める。
過剰投与は天体の崩壊を誘発する恐れあり。使用には〈タカマガハラ〉の承認を要する。
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