第1260話「朧げに浮かぶ案」

 新装備を揃えた後、俺は何度も幽霊たちとの戦闘を繰り返して慣らしていた。“帯蜘蛛”のオーバーヒートのタイミングを掴んだり、八本の腕を同時に動かしたりというのはなかなかに難しく、宇宙空間という環境の特殊性も相まって、使いこなすには時間がかかる。


「うおおおおっ!」

『やったぁ! おじちゃん、やっと爆死しなくなったね!』


 力なく倒れる幽霊マグロの上で槍を掲げて勝ち鬨をあげる。遠方のクチナシからモニタリングしていたシフォンも思わず手を叩いて喜んでいた。

 “帯蜘蛛”を二十ほど爆散させながらも、ようやく安定して倒すことができるようになったのだ。

 赤熱した放熱板が宇宙に広がり、機体の温度を下げていく。安全域にまで温度が下がったのを確認して、クチナシと合流した。


「おめでとう、おじちゃん!」


 ブリッジに戻ると、満面の笑みを浮かべたシフォンとクチナシに出迎えられる。彼女たちにも幾度となく続く練習に付き合ってもらった。〈エミシ〉に戻ったらしっかりお礼をしなければ。


「これでレティたちとも胸を張って並べるな」

「うーん……」


 レティやLettyは“ブラックシード”で各地から出動要請を受けているし、トーカはデカすぎる敵よりも人型を相手にしたいということで最近は〈アマツマラ地下闘技場〉に通っている。

 正直、〈エウルブギュギュアの献花台〉での戦闘面の進捗があまりないこともあって、少し緊張の糸が弛んできているような印象は拭えない。そもそも、この宇宙空間で探索に出かけようと思ったら、第一に宇宙船が必要になるというのが大きな障害になっているのだ。アサガオ級の開発で多少は小規模パーティでも活動しやすくなったものの、それでも一人で気軽に出歩くというほどではない。

 物理的にも精神的にも息苦しい宇宙空間は、イベントの真っ最中にも関わらずあまり人気がなかった。


「お、宇宙ウナギが星喰ってるな」


 船内でテントを脱いで後片付けを進めていると、観測範囲内の惑星がひとつ消滅した。ミオツクシから送られてくる観測データを見たところ、宇宙ウナギが星を食い散らかしている。

 はじめは驚いていたそんな光景も、そろそろ見飽きるほどになっていた。


「うーん。でもどうしてウナギは星を食べるんだろうね」


 大宇宙ウナギの食べ残した惑星の欠片に群がる宇宙ウナギの群れを眺めながら、シフォンが首をかしげる。

 それは現在も議論が続く謎の一つだった。

 宇宙ウナギを含め、巨大幽霊魚介類たちは星を食う。しかし、どの星でも関係なく喰らいつくのかと思えば、決してそうではない。むしろ何かしらの規則に則って食べる星を選んでいるようなのだが、その規則が分からないのだ。

 最初は巨大なエネルギーの流れの中にある星だけを選んで食べているのかとも思われていたが、そういうわけでもない。むしろ、ちょこちょことエネルギー流から飛び出してでも捕食をしている。

 ウナギたちの行動の理由が分かればイベントも進展するだろうというのが大方の予想だった。


「虚無ツナ缶やら虚無サーモン寿司もできてるってのに、あいつらの生態は謎なんだもんなぁ」


 近頃〈エミシ〉では虚無シーフードが特産と化している。せめてせのブームが落ち着く前に、なんとか進展があればいいのだが。


「……なあ、シフォン」

「なに? なんだか嫌な予感がするんだけど」


 ちょっと声を掛けただけでシフォンは身構える。どうして俺はそんなに信用されていないのか。


「ちょっとアレに食われてみないか?」

「爆速で嫌な予感が的中しちゃったんだけど!」


 軽く提案するとシフォンは悲鳴を上げて逃げ出す。


「はっはっは。どこへ行こうと言うんだね。ここは大宇宙に孤立した船だぞ」

「はえええええんっ」


 涙目のシフォンと興味津々のクチナシを前に、俺は思い付いたアイディアを披露する。

 といっても、そこまで手の込んだ妙案というわけではない。幽霊ウナギたちがなぜ星を食べるのか。分からないのなら食べられる星の側に立ってみればいいじゃないか、というわけだ。


「星の側に立つってどういうこと!?」

「そのまんまの意味だよ。ウナギが捕食しようとしている星に着陸して、そのまま食べられる」

「じゃあ死んじゃうじゃん!」

「いや、それが案外そうでもないんだ」


 シフォンの指摘はもっともだが、俺は一度幽霊カジキに食われている。その時、ひょっとしたらダメージを受けるのではと思ったのだが、なぜかLPは減らなかった。


「つまりこれは、呑鯨竜パターンではないかと」

「このゲームなんでこんなに丸呑みが好きなの?」

「運営に聞いてくれよ」


 そればっかりは俺にも分からない。

 とにかく、幽霊ウナギに捕食されれば、彼らを内側から見ることができるのだ。彼らの透明な体を通してしか見えない世界もあるのだろう。


「クチナシ、マップから最寄りの捕食可能性が高い星を探して、そこに向かってくれ」

『了解!』

「クチナシも素直に従わない方がいいよ!」


 シフォンがクチナシの肩を掴むが、彼女のそれは補助機体だ。本体である中枢演算装置は問題なく動き、船は進路を変える。向かうのは、ウナギたちが食べる可能性が高い、とされている星だ。捕食対象となる星の基準は判明していないものの、一昔前の天気予報程度の予測は立てられている。


「大丈夫だよ、シフォン。安心してくれ」


 はえんはえんと泣いている姪の白く柔らかな髪を撫でる。少し安心した様子で目に希望の光を宿してこちらを見上げる彼女に、俺はにっこりと笑いかけた。


「クチナシごと突っ込むからな。別にシフォン一人で行くわけじゃない」

「降りる!! 今すぐ〈エミシ〉に帰る!!!!」

「はっはっは!」


 はしゃぐ少女の手を握り、俺たちは一路、星海を征く。


━━━━━

Tips

◇星喰い幽霊魚回遊予想

 各地に配置されたミオツクシの観測データの蓄積から分析を行い、算出された星喰い幽霊魚の行動予測。いまだその精度は高いとは言えないが、広い宇宙を進む際の参考にはなる。


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