第1259話「ひととき一服」

 幽霊カジキをソロ討伐したことで、俺も実力と自信をつけることができた。〈エミシ〉に戻って意気揚々とレティたちにその報告をしたら、なぜか不機嫌になってしまったが。

 とはいえ、俺の戦い方はスキルにレベルを割けないぶん、装備やアイテムに金を掛けるスタイルだ。新しく開発したオリハルコン製の短槍“神躯壊裂の槍包丁”も一本で数十Mビットという超高級品なうえに、着装型テント“帯蜘蛛”は放熱板を兼ねている帯が使い捨て。しかもカジキを倒した時には爆散してしまったから、もう一度作り直さなければならない。

 そのことを愚痴ったら、なぜかレティたちはニコニコ上機嫌になってしまったが。


「そういうわけなんだが、どう思う?」

「相変わらず楽しそうね、あんたたち」


 〈エミシ〉の商業区画の一角。シフォンと共に特産のハンバーガーの実の食べ歩きをしていたら、偶然ばったりアリエスと出会った。ちょうどいいと思って彼女を誘って茶をしばいていたら、彼女は呆れ顔でそんなことを言う。

 占星術師として間違いなくトッププレイヤーに君臨しているアリエスは、今もあちこちから引っ張りだこになっているらしい。普段は付き合いが悪い彼女が珍しく俺の誘いに乗ってきたのも、鳴り止まない催促の着信を逃れるための口実にするためだ。


「でもオリハルコンだっけ? あれはいいわね」


 濃いめに淹れたコーヒーで唇を濡らし、占星術師は薄く微笑む。

 オリハルコンは値段こそ嵩むが、逆に言えば金を払えば三術スキルを持たずとも霊体に対抗できる武器を手に入れられるということでもある。俺が幽霊カジキを倒したことをブログで紹介した直後から、ネヴァの元にはオリハルコン製武器の製造依頼が殺到しているようだ。


「今までは三術士が出ずっぱりだったからな」

「おかげでちょっとは周りも落ち着いたわ。ちょっとだけ」


 幽霊ウナギや幽霊マグロ、そして幽霊カジキ。今まで、物理戦闘職の調査開拓員はそれに対抗する手段を聖水くらいしか持っていなかった。しかし聖水は消耗品であるうえに数十秒で効果が切れ、掛け直す手間がある。トーカの妖冥華のように特殊な武器を作るのも非常に手間と時間と金がかかる。

 そんなわけで、宇宙探索と宇宙魚介類討伐には三術士が重宝がられていたのだ。


「シフォンもやっぱり忙しかったのか」

「もぐもぐっ。はえ?」


 隣でジャイアントビッグバーガーを食べていたシフォンが口の動きを止める。


「忙しかったというか、大変だったというか。占星術師は海図を作ったりするんだけど、ぜんぜん追いついてないんだよね。ミオツクシのカバー範囲に比べて詳細な海図ができてるのは二割くらいだから」


 宇宙用に改良され、点々と撒かれたミオツクシだが、それだけでは地図は完成しない。あれは周辺の情報を集めるだけのものだから、それを解析しなければならないのだ。

 普通ならば地図職人なんかが出番となるのだが、宇宙では星の配置が重要になる関係で、占星術師にオファーが掛かった。とはいえ大量生産されて次々と配置されるミオツクシと比べて占星術師の数はあまりにも少ない。ただでさえ少数派の三術師の中の三分の一、〈占術〉スキル内でも無数に系統が分かれているから、さらに数は減る。

 おかげで詳細な星海図はなかなか埋まらないのが実情だ。

 オリハルコン製武器が普及すればウナギ狩りに行っていた占星術師が海図製作に回れるから、多少はその忙しさも緩和されるだろうというのがアリエスの予測だった。


「今頃、ギガヘルベルスは討伐ラッシュなんじゃないの?」

「聞いた話によるとリスキル状態らしい」


 オリハルコンの主原料となるのは大量の金属素材と、ギガヘルベルスからドロップされる極限圧密霊鍛金属という特殊な金属だ。これらをなんやかんやと独自の配合と手法で合金にすることで、霊体に対抗できる武器が作れる。

 ちなみに極限圧密霊鍛金属単独の方がより霊体特攻の効果は高いのだが、非常に重たい武器になるため、実用性は皆無だとネヴァが言っていた。

 ともかくここにきて極限圧密霊鍛金属の需要が爆発し、唯一の供給源である〈エウルブギュギュアの献花台〉第二階層の中ボスは、再出現リスポーンと同時に瞬殺されるという無間地獄を味わっている。その原因となってしまったこともあって、化けて祟られないか少し心配だ。


「ついでに第二のオリハルコンを探すためのムーブメントも起こってるみたいでな。エミシが輸出してた大量の金属も、自家消費に結構回ってるらしい」


 オリハルコンの欠点は、その製造過程で大量の金属を消費すること。それがコストにも直結している。廉価版オリハルコンを作ることができれば、その利用料だけでかなり稼げるだろうということで、鍛治師たちも躍起になっている。


「第二のオリハルコンねぇ。次はミスリルかアダマンタイトか」


 そう言ってアリエスは笑う。

 今までFPOは他のゲームにはありがちな、そういう定番と言えば定番のファンタジー金属が出てこなかったからな。そういったロマンを追い求めるという意味でも、オリハルコンは随分と話題になっている。


「なんなら、星の金属なんてのもいんじゃないか?」


 対面しているのが占星術師ということもあり、そんなことを考える。

 空から落ちてきた星の欠片。それを鍛えて作った刀が名刀と称えられている例もある。

 そう言うと、アリエスはぱちくりと瞬いた。


「隕鉄とかそういうのになるのかしら。星ごと砕いて資源化してる今になってそういうこと言うのも、今更感があるけど」

「それもそうか」


 言われてみれば、今は星の欠片どころか星そのものを鉄に変えているのだ。

 そう思うとなかなか大胆な採掘――採掘といっていいのかも分からないが――の方法だな。


「でも、そういうのも面白そうね。最近はずっとデスクワークばっかりで肩が凝ってきてたのよ」


 肩を回すアリエスは、本当に疲れているようだ。占星術師筆頭ということもあり、三術連合からも仕事の依頼が殺到しているはずだし、彼女なりに忙しいのだろう。最近は趣味の占い小屋もなかなか開けていないようだしな。


「レッジと話すといい気分転換になっていいわ。突拍子もないことを次々言われるし」

「それは褒められてるのか?」

「とりあえずある程度認めてるわよ」


 アリエスはそう言って立ち上がる。流石に督促のメッセージが無視できないレベルに達してきたらしい。


「じゃ、また会いましょ」

「おう。俺でよければいつでも茶飲み相手になるよ」


 少しすっきりした表情でアリエスは店を出る。俺がそれを見送っていると、シフォンがLLLサイズポテトとLLLサイズコーラを追加注文していた。


━━━━━

Tips

◇オリハルコン

 極限圧密霊鍛金属を5種類の上質精錬鉄鋼と混ぜ合わせ、鍛え上げることで生み出す特殊な金属。高度残留霊体の物質的な干渉をすり抜ける性質を無視し、ダメージを与えることができる。

 精錬の過程で大量の金属を必要とするため非常に高コストになる上、重さも多少嵩む。だが、見えぬものを討つという画期的な力を宿した、最先端科学技術の結晶である。


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