第1258話「カジキ狩り」

 手足に取り付けたスタビライザーが細やかに動き、体勢を安定させる。上下左右の区別もない宇宙空間で、俺は槍を構えて漂っていた。


「シフォン、どうだ?」

『通信良好。周辺にデブリもないね。ビーコンも起動してるから、万が一吹っ飛ばされてもミオツクシの1000km圏内ならちゃんと拾えるよ』

「なら安心だ」


 少しノイズの混ざったシフォンの声。彼女は今、5000kmほど離れた宇宙空間に停泊しているクチナシのブリッジで、俺を見守ってくれている。

 周囲を見渡しても、何もない。この辺りは近くに星もなく、本当に殺風景なところだ。それでも、多くの調査開拓員によって蓄積されたデータは正しいはずだ。


『本当に一人で大丈夫なの?』


 待っている間、暇を持て余したシフォンが何度目かの問いを繰り返す。俺は槍の調子を確認しながら、もちろんと頷いた。


「前の戦いではっきりした。俺はレティやトーカについて行けてない」

『いつもは戦闘は専門じゃないって言ってるくせに』

「それでも、補助くらいはできるように鍛えてたほうがいいだろ?」


 顔こそ見えないものの、シフォンが不満げに唇を尖らせているのがよく分かる。

 しかし、今後更に敵が強くなっていくことを考えれば、ここで諦めてはいけないと思うのだ。何も強さというのはスキルビルドだけで決まるわけではない。装備を整え、武器を用意し、何より技を鍛える。むしろスキル以外の要素が勝敗を左右すると言っても過言ではない。

 だから、今俺はここにいる。


『おじちゃん、来たよ!』


 シフォンが鋭い声を発する。星辰を読み、等間隔で設置されたミオツクシからの観測データを受信した彼女は、俺よりも早くその存在を察知した。俺は思わず笑みが溢れるのを、誰も見ていないのを良いことに抑える事なく槍を構える。


「このためにネヴァに無理いって用意したんだ。ちゃんと効果を発揮してくれよ」


 。元からある腕を合わせて、四対八本。それらに一本ずつ握られた、1メートルと少しの短槍。

 黒々とした鋼鉄だが、傾けると白く輝いて見える。ただ先端を鋭く削り出しただけの無骨で質実剛健とした形状。無駄な装飾を除いたことで、より実戦に適した機能美を手に入れた。


「『記録開始』」


 〈撮影〉スキルのテクニック、撮影機材を起動するコマンドを発声する。それにより、俺の顔面をスッポリと覆ったフルフェイスヘルメットの、八つのカメラが起動した。外から見れば、赤く輝く蜘蛛の複眼のようにも見えるだろう。特殊なレンズと撮影方式を採用したそれは、霊体などを鮮やかに映し出す。


「“三次元高機動補助装置”『起動』」


 〈操縦〉スキルのテクニックによって、スタビライザーと一体化し手足に取り付けられたブースターが動き出す。ベストのような形で増設したLPパックからエネルギーを充填され、青い炎を噴き上げる。

 そして、最後の仕上げがある。


「『野営地設置』」


 土地という概念がない宇宙空間に、テントを建てる。いったいどこに? 俺がいる場所だ。二本の足がそろえば、逆説的に地面が生まれる。とんちのようだが、これでいい。

 足裏から逆算するように、体の表面を這うように、俺の体に最適化されたテントが展開していく。

 着装型テント“帯蜘蛛”――定員一名の狭小なテント。体にピッタリと張り付くような人型で、居住者の身体能力を強くバックアップする。ただし、あまりにも無理を強いる形状設計によって、エネルギー循環に高い負荷がかかってしまう。故に腰のあたりから大きな放熱板を広げ、まるで帯のように見えることからその名が付いた。


『そろそろ目視範囲に入るよ』

「オーケー。見えた」


 武器、腕、足、そして体。全てが揃ったちょうどその時、闇の向こうから小さな白い点が現れる。それは驚異的な速度でこちらへ迫っている。秒を追うごとに大きく、鮮明になっていく。

 複眼の高倍率ズームを起動し、その正体を看破する。


「カジキか」

『気を付けて。結構すばしっこいから』

「分かってるさ。しかし、槍同士とはいい展開じゃないか」


 次の瞬間、数百kmは離れていた距離が一瞬で詰められる。現れたのは全長20mの巨大なカジキマグロ。長く鋭く発達した上顎は槍というより、もはや破城槌のようだ。ビルほどもある巨体にも関わらず、それは宇宙を超高速で回遊している。はるか彼方から俺に気がついたコイツは、トップスピードで飛び込んできたのだ。


「『パリングランス』ッ!」


 だが、馬鹿正直に真正面から突っ込んでくれるならいくらでもやりようはある。

 俺は八本の槍を正面に構え、タイミングを合わせて敵の鼻先を叩き上げた。凄まじい衝撃が左右に広がり、カジキの巨体がくの字に曲がる。


『はえええっ!?』


 遠く背後から見ていたシフォンが驚く。しかし、彼女だってやれと言われたら普通にできるはずだ。俺のように補助の複眼を使わなくてもやるだろう。

 敵の初撃は受け流した。しかし、その程度で終わるほど甘くはない。半透明の白い体をくるりと翻し、カジキは明確な敵意をこちらに向ける。ただの餌だと思っていた奴から思わぬ反撃を喰らったのだ、その苛立ちも大きいだろう。

 カジキは華麗に槍を振り回し、フェンシングのように熾烈な刺突を繰り出してくる。流れるような槍捌きだが、そのサイズから一突き一突きが致命傷だ。なにせ、奴はこれで星を砕いて食べるのだから。


「『旋回槍』ッ! 『アンカースピア』ッ!」


 キィン!

 金属同士を強く打ち付けたような、澄んだ音。俺の槍は問題なく幽霊カジキを捉えていた。


『す、すごい……。霊鍛金属は流石だね』


 少なくとも戦いが成立していることを見て、シフォンが歓声を上げる。

 新たに手にした八本の槍は、聖水を振りかけているわけではない。〈エウルブギュギュアの献花台〉第二階層の中ボスである“悔恨のギガヘルベルス”からドロップする極限圧密霊鍛金属、それを繊細な配合で他の金属と混ぜ合わせた特殊合金によって作られている。

 霊体すらも捉える神秘殺しの聖銀――オリハルコンの名を与えられた、特別にして特異な金属だ。


「せいっ!」


 聖銀の槍がカジキの鱗を散らして深々と突き刺さる。肉を焼くような痛みに、巨大な魚体が震える。だが、八本の槍を固定させた俺は、その程度では振り払えない。


「まずは、その目からだなァ!」


 八本の槍を使い、ジリジリと巨大な目へとにじり寄る。あまりにも巨大な体ゆえに、眼球ひとつ取ってもまるで小屋のような大きさだ。ぎょろりと黒い瞳が俺を捉える。俺もまた、深淵を見返す。


「風牙流、五の技――」


 八ツ槍を澄んだ瞳に突きさす。みずみずしい中身が宇宙へと溢れる。


「――『ツムジカゼ』ェ!」


 ぐりん、と。八本が一斉に回転する。体を捻りブースターを一気に噴き上げて。眼球を捻じ切り、視神経を千切る。幽霊カジキが感じたことのない激痛に、声にならない悲鳴を上げる。


「ふははははっ! 圧倒的じゃないか!」


 俺とカジキの体格を比べれば、俺は羽虫のようなものだろう。しかし、虫を払う手を持たないカジキは、むしろ対抗手段を持たないに等しい。ヒレをバタバタと動かすが、ここまでは届かない。

 俺は槍のうち半分をくるりと反転させる。逆手に持てば、本来石突がある部分に鋭いナイフが付いている。巨大な生物――例えば鯨を解体するときに使うような、長柄のナイフ。長包丁とも呼ばれる解体道具だ。

 今までは片方にナイフを持ち替えなければ〈風牙流〉の技を使えなかったが、このオリハルコン製の短槍は解体ナイフも兼務している。まさに俺のために作られた特注品だった。


「うおおおっとと!」


 片目を失ったカジキは火事場の馬鹿力とも言える剛力を発揮して、強引に俺を払おうとする。暴れ牛を乗りこなすようにそれにしつこく食らいつきながら、俺は更に槍を突き刺し、ナイフで皮を切り込んでいく。

 全長20メートルといえば、シロナガスクジラと同じくらいか。人ひとりで相手にするにはあまりにも大きすぎる相手だ。


「せぇい!」


 だが、今、俺はひとりで互角に戦っている。

 攻撃力は足りないが、八倍の手数があるのだ。血は流れ出ないが、奴も確かに疲弊する。テントで常に休憩もし続けている俺は、いくらでも付き合うことができる。

 数十分。長い長い時間をかけて、じりじりと追い詰めていく。

 だがカジキも馬鹿ではない。このままではやられると考えた彼は、広い宇宙を泳ぎ、近くに岩石惑星を見つける。そして、容赦ない突進を敢行した。


「流石にそれは厳しいな!」


 槍を引き抜き、ブースターを出力全開にして離脱する。カジキの衝突で粉々に砕ける惑星。あそこに挟まれていたら、一発でスクラップだ。

 しかも砕けた岩石が周囲を漂い、大きな障害となる。一方、カジキにとっては埃も同然であるため、気にする様子はない。


「あともうちょっとなんだが……」


 カジキのLPを見る。あともう十分もあれば削り切れるだろう。

 だが、もうそこまでの時間が残されていない。無茶な構造に強引に押し込めた歪なテントである帯蜘蛛は、巨大な放射板を腰のあたりから広げているが、それでも排熱が追いつかないのだ。既に帯の先端から腰のすぐ間際まで赤熱している。これが腰についてしまったら、オーバーヒートで爆発四散だ。

 カジキは砕いた岩石を喰らい、少しでも体力を補おうとしている。冷却を待っている暇もない。


「――なんとかなってくれ!」


 槍を構え、ブースターを噴かす。青い炎の尾を引きながら、傷だらけのカジキへと接近する。残った片目がぎょろりと動き、俺を捉える。長い一本槍がこちらへ向けられる。


「風牙流、四の技――『疾風牙』ッ!」


 繰り出すのは貫通技。

 それで、カジキの腹を掻き切り、中へと飛び込む。白く半透明の不思議な体内へ。

 だがそれで終わらない。まだHPを削り切っていない。

 俺の手には、四本のナイフと四本の槍。つまり、同時に四つの風牙流技を放つことができる。求めるのは最大瞬間風速。全方位へ向けた一斉攻撃。爆発するような、乱気流。


「五の技、神髄――『狂飆』ッ!」


 重なる乱舞。荒れる暴風。幽霊カジキの腹の中、それは猛虎の如く暴れ弾ける。

 槍が突き刺しナイフが切り裂く。烈風が断ち、突風が貫く。

 俺は一直線にカジキの体内を突き進み、そして飛び出す。それと同時に、20メートル級の巨大カジキが絶命し――。


「グワーーーーッ!」


 熱が許容範囲を超えた結果、俺もまた宇宙の小さな花火となった。


━━━━━

Tips

◇ 神髄『狂飆』_

 風牙流五の技の神髄。乱舞を重ね、間断なく繰り出すことで、一切の隙がない全方位に向けた爆発的な攻撃を繰り出す。

 自分中心の全方位範囲攻撃。高確率でダメージを与えた対象に状態異常:裂傷を付与。傷の治癒が著しく遅滞し、出血も大幅に増える。

“槍刃乱舞の神髄。一撃に二撃を重ね、三を繰り出す内に四を当てる。刹那は首に牙を突き立てるに十分な暇であり、故に必中必殺の技となる。”


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