第1257話「虚無料理」

 宇宙ウナギが発見されて数日。初めて宇宙空間で確認されたエネミーに、これまで暇を持て余していた戦闘系の調査開拓員たちが何よりも歓喜した。彼らは各々の武器を手に取り立ち上がり、一斉に船を漕ぎ出してウナギ漁へと向かったのだ。

 しかし、血気盛んな彼らに先んじてウナギを仕留めて見せたのは、〈エミシ〉の内側でじっくりと趨勢を見守っていた三術系の術師たちだった。彼らは星辰を見定め、宇宙を巡る大きな力の流れを分析し、そこからウナギの出現位置を絞り込んだ。そんな地道な分析が、闇雲に飛び出していった他の調査開拓員たちを飛び越えたわけだ。


「エミシ名物、虚無うな丼だよ!」

「一見するとただの白米、しかし一口食べればあら不思議! そこにはしっかりウナギがある。食べたあなたはきっと驚き宇宙猫! さあ、一度ご賞味あれ!」


 占星術によるウナギ予報が精度を高め、安定して漁獲量を挙げられるようになってきたこの頃。〈エミシ〉の街中では“虚無うな丼”という一風変わった名物料理が生まれていた。


「で、これが実物か」

「そうなんですよ!」


 この日、俺はログイン早々待ち構えていたレティに引っ張られるようにして街に繰り出し、件の“虚無うな丼”を提供する店を訪れていた。

 満面の笑みを浮かべるレティの前に置かれたのは、五合はあろうかという大量の白米。立派な丼鉢に盛られたのは特上虚無うな丼だという触れ込みだが、俺の目にはただの白米にしか見えない。

 箸をとってちょんちょんと突いてみても。やはりウナギの蒲焼きの感触はない。

 詐欺という二文字を思い浮かべながらレティを見ると、彼女は自信たっぷりに否定した。


「これがちゃんとうな丼なんですよ。ささ、論より証拠ということで食べてみましょう」


 俺の前にも常識的なサイズの丼が置かれる。そこにあるのもやはり、ただの白米だ。

 半信半疑ながらもレティに勧められるまま丼を手に取る。箸で白米を掬い上げ、口に運ぶ。


「――っ!」

「うーん、美味しいですねぇ!」


 その瞬間、口の中に宇宙が広がった。

 口に迎えたのは確かに白米だった。直前まで、米のほのかな甘い香りすら感じていたのだ。だが、どうだ。口に含んだ瞬間、舌に乗せた途端、それが化けた。肉厚でじっくりと焼き上げられたふわふわの身、丹念に継ぎ足して作られたタレの深い味わい。それらをしっかりと受け止め、下から支える米の芳醇な風味。微かに香る、山椒の刺激。それらが渾然一体となって口腔と鼻腔を埋め尽くす。

 溺れる、と思ってしまった。

 それほどまでに圧倒的で濃厚で、どこまでも際限なく深みを見せる、絶品のウナギだった。


「うまい」

「そうでしょうそうでしょう」


 レティはあっという間に五合を平らげ、もう一つ注文している。次は色々と薬味を載せて風味の変化を楽しむのがオツなのだと言いながら。


「驚いたな、これは。どうやってるんだ?」

「〈料理〉スキルだけでなく〈呪術〉スキルが必要だったり、仕込みに三日掛かる儀式があったり、星の配置が重要だったりするらしいですけど。一番は“星喰い鰻の霊精髄”がキーアイテムらしいですね」


 パクパクと白米――もとい虚無うな丼を食べながら、レティがこの不思議な料理の解説をしてくれる。

 重要なのは俺も手に入れることができた“星喰い鰻の霊精髄”というアイテムで、これは言わば“星喰い鰻”の存在そのものであると言えるらしい。それを呪術的にどうにかこうにか、奇跡論やら存在論といった小難しい論理とともに捏ね上げた結果、完成したのがコレなのだ。

 存在しないが、存在する。存在と不在が同時かつ同位置に両立するという色々な法則がねじれた鰻を錬成したのだ。


「虚無いなりと似たようなものか」

「あれの技術もかなり応用されてるらしいですよ」


 あらゆる分野の最先端技術を取り込んで作り上げたこれは、まさに人々の鰻に対する執念の結果というべきだろう。そこまでして鰻が食べたいのか。


「こちら、虚無う巻きでございます」


 いつの間にかレティが頼んだようで、一見するとただのだし巻きのように見えるう巻きがやってくる。更に丼に付いてくるという鰻の肝のすまし汁も、もちろん具が一切見当たらない。


「ここまでして透明にする理由もないだろうに」

「まあ、実際ないですよ。ちょっと面白いくらいです」


 三杯目の丼を迎えながら、レティは明け透けに言う。次は出汁を注いで茶漬けにするらしい。


「こういうのは実験というか、技術の模索なんですよ。実際、この透明化技術を使って透明マントみたいなものを作ろうという研究もあるようで」

「なるほど。武器とかに使うと不可視の攻撃ができるわけか」


 透明なうな丼というのはただの前哨戦。本命となるのは、鰻以外のものも透明化させる技術そのものだ。例えばうな丼も、白米こそ透明にはなっていないものの、タレや薬味は消えている。この技術を流用すれば、全く目に見えない刀なども作れるかもしれない。


「持っても見えない、重さも感じない。けれど叩かれれば確かに衝撃を受ける。そんな夢のようなハンマーもできるかもしれないな」

「それは逆に、戦い甲斐がなくなりそうですけどね」


 あっという間に出汁茶漬けも食べてしまったレティが、ぽんぽんと腹を撫でながら苦笑する。戦闘に破壊の爽快感を求める彼女にとっては、少し味気のない未来なのだろう。


「そういえば、鰻以外のエネミーも見つかったのは知ってますか?」

「そうなのか?」


 う巻きを摘んでいると、レティが思い出した様子で言う。どうやら俺がログインする少し前くらいに速報が回ってきたようで、レティもさっき掲示板で知ったばかりらしい。

 彼女は既に情報がまとめられているページをウィンドウに表示して俺に見せてくれた。


「幽霊マグロに幽霊カニ、幽霊ホタテか」

「見事にシーフードばかりですよね」

「そこも気になるが……。全部幽霊なんだな」


 ウナギの出現を皮切りに、次々と巨大な幽霊魚介類が見つかった。彼らも例に漏れず星を捕食するほどのサイズ感らしく、その釣り上げに宇宙漁師たちが張り切っている。いずれはこれらも〈エミシ〉の流通に乗るのだろう。


「どうやら、占星術の分析によるとこの幽霊シリーズが回遊している大きな流れがあるようでして。今までの探索はそのラインを外していたから見つけられなかったとか」

「宇宙で探し物をするのも大変ってことだな」


 闇雲に探すだけでは何も見つからない。宇宙は地上はもちろん、大海よりもはるかに探索の難易度が高いということだ。


「次は虚無海鮮丼なんて食べたいですねぇ」


 レティはデザートとばかりに注文したウナギの虚無白焼きを食べながら、そんなことを言うのだった。


━━━━━

Tips

◇虚無うな丼

 “星喰い鰻の霊精髄”を用いて作られた、存在するが存在しないウナギの蒲焼を炊き立てのご飯に載せた豪勢な料理。見た目はただの白米だが、炊き立てのご飯に肉厚な鰻の蒲焼が載っている。載っているが、載っていない。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る